2020(03)

■紙皿と生活の質

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「それじゃあタカちゃんまた後でね」
「呼んでくれてありがとねタカシ。またいつでも呼んでなー」
「はい、お疲れさまでした。あ、果林先輩はまた後程」

 宅飲みを終えて朝の10時。果林先輩と伊東先輩は次の予定のために帰って行った。俺の部屋にはまだ高崎先輩が眠っている。昨日は高崎先輩と伊東先輩、それから果林先輩を家に招いて飲んでたんだ。久々に、去年の感じでとても楽しかった。
 朝型の伊東先輩と、オール明けでもいつも元気な果林先輩が片付けをしてくれている中、俺は9時前頃に目が覚めた。睡眠時間は3時間くらいかな。先輩たちに片付けさせるのも悪いし、高崎先輩を起こさないように片付けに参加していた。
 さて、これからどうするか。高崎先輩はちょっとやそっとじゃ起きない人だし。かと言って放置するワケにもいかないし。正直、授業は別に、先生の授業があるとかでもないから1回飛ばすくらいはまあって感じなんだけど。ゼミに誰か1人くらい一緒の授業取ってる人はいるでしょう。

「あー……何か食べよ」

 ちょうど、うちにはいい食パンがある。朝ごはんにしようと思って果林先輩の手が届かないところに隠しておいたんだ。この食パンは、彩人がバイトをしているコーヒースタンドの物。特に何か理由があったとかでもなく、一昨日彩人がうちに持って来たんだ。
 彩人はこうしてたまにパンをくれる。だけど、あんまりお返しとかしてあげてないのにいいのかな、とはさすがの俺でもちょっとは気にする。星ヶ丘さんはこの時期忙しいだろうし、学祭が終わったら彩人を誘ってご飯でも行こうか。あー、でも、ササに言わないと。すぐ妬くからなあ。

「ん……あー……」
「あれ、高崎先輩。起こしちゃいましたか」
「今何時だ…?」
「10時過ぎですね。伊東先輩と果林先輩はついさっき帰って」
「そうか」

 思ったより高崎先輩の起床が早かった。先輩は起き抜けに水を飲み、しばらく微動だにせずボーっとしている。起きたばっかりではなかなか動けないタイプの人だし、そうやって自分をチューニングするのは大事だと思う。

「高崎先輩、起きたなりですけど、何か食べますか? あと、コーヒーなら淹れられます」
「それなら、食わしてもらおうか。コーヒーも欲しい」
「ちなみに、今日は食パンです」
「何枚切りだ?」
「6枚切りですね」
「……まあ、昼前だしそれでいいか」
「コーヒーの砂糖とミルクはどうします?」
「砂糖はティースプーン2杯で、ミルクはお前の2倍」
「了解です」

 自分のコーヒーと、高崎先輩用の少し甘めのミルクコーヒーを作って、机の上に出す。コーヒーは朝はちょっと濃い目に作ってるから、ミルク多めでもちゃんとコーヒーらしさは残ってるはずだ。高崎先輩はブラックコーヒーが飲めないと最初に聞いた時は驚いたよね。

「あ、パンが1枚焼けましたね。今取ってきます」
「わりィな。お前の朝飯だったんだろ」
「まあ、また焼けばいいので。はい、出来ました。あ、マーガリンもあります」
「紙皿なのがお前の性格を表してんな」
「すみません」
「いや、それもお前の生活の仕方だろ。手を抜けるところは抜いて、本当に力を入れたいところに入れた方が生活の質は上がる。それじゃ、いただきます」
「どうぞ」

 まだトーストのいい匂いの残る台所で、次は自分が食べるパンをトースターにセットして時間を合わせる。2、3分もすれば俺が食べるパンは焼けるから、それまで待機。ただ、高崎先輩がパンを食べてる音がまた、カリッ、カリッていい音なんだよなあ。

「高木、お前これ、やたら美味いけど何のパンだ?」
「これは花栄にあるコーヒースタンドで売ってる食パンです。夏合宿で一緒になった星ヶ丘の子がその店でバイトしてるんですけど、近所に住んでるからかたまに持って来てくれるんですよ。俺が食パン好きだって言っちゃったばっかりに」
「へえ、そりゃ美味いワケだ。このコーヒーはそのコーヒースタンドの豆か?」
「いえ、それは普通のコーヒーです」
「そうか」
「でも、美味しいパンですよね」
「ああ。美味い」

 高崎先輩はこの食パンを気に入ってくれたようだ。良かった、これがあって。いや、普通にスーパーで買えるパンも美味しいしお腹は膨れるけど、先輩に出す物としてはね。あんまり安いのでも「お前ちゃんと食べてるのか」って心配されそうだし。
 MBCCの先輩たちって、食べることに重きを置いてる人が結構いるんだよね。だから、俺みたくお金を節約するためにまず食費を削るっていうのは価値観としてはあまり理解されなくて、ちゃんと食べないとダメだって物凄く怒られるんだよね。

「高木、お前も大学には行くんだろ」
「そうですね。授業は3限から出ようかと」
「だったら、昼飯行くか。俺も帰るし後ろに乗ってけ。地下鉄じゃ行けねえようなトコに行こうぜ」
「いいですね、ぜひ。あ、焼けた」
「トーストの匂いって最高だよな」
「ですね」
「これが去年までいた伊東の部屋だと、食パン自体を焼き上げる匂いになるからなお贅沢だっていうな」
「伊東先輩の生活の質は、学生のそれじゃないですし」


end.


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夏合宿のときに彩人が食パンの件を言ってたと思うんですけど、本当に持って行ってたのね。さぞ美味しかろう
高崎は朝食には食パン派ですが、5枚切りを2枚食べてます。朝っぱらから結構食べるわね。パンまつりとかめっちゃシールたまるもんね
MBCCの先輩と言うか、タカちゃんが特に仲良くしてる3人がそうだから食に重きを置く人が多いように感じるのね。Lはそうでもないもの

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