2020

■99.9%の延長線

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「はああ~っ……」
「カナコさん、お疲れさまですー」

 6月に入ってから、カナコさんに対する林原さんのB番研修が始まった。一応、A番専任スタッフという体で採用されているカナコさんだけど、本人にその気があるので林原さん直々にスパルタ教育が行われることになった。
 だけどカナコさんは泣く子も黙る機械音痴。趣味のコスプレで必要になった技能だけは何とか習得したようだけど、その他はからっきし。A番以上にマシンと向き合わなきゃならないB番は茨の道だ。
 もちろん、カナコさんの機械音痴をわかっていて手を緩める林原さんではないので、その指導はもう、苛烈を極めていて。毎回こうやって、教習が終わる度にカナコさんはぐでーっとなっちゃうんですね。気持ちはわかります。

「カナコちゃん、今日はどんな教習だったの?」
「今日は「ログイン時に起こり得る事象とその対応について」ですね」
「パスワード間違いとかCapsLockとかそういうの?」
「それから、カードキーをマシンにどうにか挿入しようとする人に対する説明などもありましたね」
「どう? 出来そう?」
「理屈はわかるので説明自体は出来るんです。でも、いざ実際にマシンに触って対応しようとするとドキドキですね」

 やってることは本当に基礎の基礎。俺にはさらりと説明されて終わったことを、カナコさんは1時間以上かけてみっちり指導されている。やる気はある。だけど適性の問題もある。それでもやるならと林原さんは指導の時間を業務の合間に組み込んでいる。
 カナコさんが受けている教習の様子は、俺を含めたセンタースタッフみんなが応援していて、特に烏丸さんがカナコさんの話を聞いて共感したり、次に向けたアドバイスをしてるような感じ。林原さんに言わせれば、小学校1年生に妹が出来たようなことらしい。

「綾瀬さん、本当によくやりますよね。僕だったらA番専でそれなりのポジションになったらB番の教習なんてしないと思います。何が綾瀬さんをそこまで駆り立てるんでしょうか」
「何だろうね。元々センタースタッフになかなか登用されなかった理由がそれだから、少しでも出来るようになっておきたかったのかなあ」

 有馬くんが、黒豆茶を飲みながらぐでっとしているカナコさんを見てぽつりと言う。よくよく考えてみれば、その詳しいことを俺もよくは知らなくて、そう言われれば何でだろうって思う。わざわざ叱られに行っているようなものだし。
 A番の受付に関しては、今ではマニュアルなしでも大体のことは出来るようになっていて、林原さんによれば俺の次にカナコさんはまあ信用なる、とまで言わしめるレベルになった。それだったらこのままA番を極めてもいいよなあって思う、確かに。
 だけどカナコさんがそれで満足せず、敢えて適性のない、苦手なB番の教習に突っ込んで行く理由だ。教習の内容とカナコさんが話す様子を見ていると、とてもじゃないけど実戦投入なんてまだまだって感じだし。

「そんなの簡単だよミドリ」
「烏丸さん」
「カナコちゃんは叱られて伸びるタイプの子じゃない。99.9パーセントの高みを常に追ってるってコト。A番だけ出来てても、まだまだ50パーセントでしょ」
「そう言えば、次に繋がるポイントを欲しがる人ですよね」
「もっと言っちゃえば、叱られることの延長線上にある罵倒に興奮しちゃう性質だし、趣味と実益を兼ねてるんじゃないかな」
「あ、あー……後半のは聞かなかったことにします」
「ダメだよミドリ、ちゃんと受け止めてあげなきゃ。これもカナコちゃんの性癖なんだから。ユースケはこういう指導に忖度とか気遣いとか出来ないし、カナコちゃんの思う壺だよね。体のいいオナ」
「わー! わー! 仮にもセンターの事務所ですよ! 何てことを言うんですか烏丸さん!」

 カナコさんの辞書に完璧という単語はなく、常に99.9パーセントの高みを追っている、という話までは本当に良かったんだ。だけど、後半部分ですよ! 確かにカナコさんはそういう癖のある人だけど! 何も知らない1年生の前で言うことでもないんだよなあ~……。
 だけど、もしかしたらだけど、カナコさんが烏丸さんにこの指導とかについて何でも相談出来るのって、そういう癖の部分を開けっぴろげに話しても引かないからじゃないかなともうっすら思いますよね。烏丸さんはクローズドの部分がない人だし。

「カナコちゃーん、パンツ今どうなってるー?」
「烏丸さん! さすがにダメです! 普通ならセクハラで訴えられちゃいますよ!」
「川北さん、今日もツッコミが冴えてますね」
「はは……出来ればね、ツッコまずに傍観していたかったんだけどね。さすがにこれ以上はマズいから、止めざるを得ないと言うか」

 言ってしまえば、このテの話題は春山さんがいた頃の方が数段酷かった。だけど、あの頃の俺は本当の下っ端だったし存在感を消すことで何とか回避してた感がある。でも、今の俺はただただ逃げてばかりもいられない立場になってしまって……。

「はああ~っ……林原さーん、早く戻ってきてぇ~……」
「川北さん、お疲れさまです」


end.


++++

ミドリは情報センターのナンバーツーだからね! 存在感を消して逃げることもそうそう出来なくなったぞ!
春山さんがいなくなり、ゆるふわマシュマロ村と化した情報センターでしたが、ちょっとアレすりゃこうよ。ジャブ程度に。
つかダイチとカナコが普段どんな話をしてんのかっていうところになってくるんだが。ミドリがんばえー

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