2020

■Brilliant Saturday

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 今日が土曜日であるという感覚を、おおよそ半年振りくらいに思い出すのだ。今、俺の目の前には菜月先輩がいらっしゃる。去年12月までは当たり前だった土曜午後の時間も、今となってはとても貴重な事柄になってしまっている。
 場所は豊葦市駅前の百貨店。その中にあるカフェだ。初心者講習会に向けて今日は午前中から果林やLと打ち合わせ兼見本番組の練習をやっていたんだ。3時になると、緑ヶ丘勢がそろそろ次の用事が、とのことでお開きになり、俺はせっかく豊葦にいるのならと菜月先輩に連絡をとって現在に至る。
 菜月先輩に話したいことはいろいろある。この時期だし、初心者講習会のことを相談したい気持ちもあるけど、いざ先輩を目の前にするとお会いすることが出来たという事実が嬉しすぎて言葉にならないのだ。あー、ダメだ。この感覚、久々過ぎて。健康診断で引っかかりがちな不整脈は今年も要経過観察だった。

「何か、物凄い勢いでドリンクが減ってるけど」
「申し訳ございません、緊張で。何を話したら良いやらわからずストローに逃げてしまいまして」
「緊張って。今更うち相手に緊張なんかするか? 今までは嫌になるほど顔を合わせてたのに」
「しかし、この頃ではめっきりその機会もありませんでしたので。あの、その……菜月先輩、少し雰囲気がお変わりになられましたか?」
「雰囲気?」
「ええと……端的に申しますと、お綺麗になられたなと」
「おいおい、どうした」

 菜月先輩は苦笑交じりに言うけど、実際そうなんだ。今までも素の透明感が際立つ綺麗な顔立ちでいらっしゃったんだけど、何かそれがパワーアップしたような気がして。正直に言ってみたものの、もしかしなくてもとんでもないことを言ったのでは。

「目の感じも今までとは少し違うなと」
「あー……実は、本当にごくちょっとだけど化粧をだな。ほら、これから就活で説明会とか面接とかが始まるとな。レタリングとかと一緒で、練習しないと上手くならないし」
「そういうことでしたか」
「その……変じゃないか?」
「全く問題ありません」
「ならよかった」

 慣れない化粧の出来を気にしてる菜月先輩が可愛すぎて死ぬ! はー懐かしい、昔の俺、こんなのがほぼ毎日でどうやって生き延びてたんだ! うん、微量の毒を受け続けて耐性が出来てたみたいなアレか!? はー、可愛いやら綺麗やら、実は天然やらでこの人あざとすぎるぜ。

「ところで、何か話があったんじゃなかったのか? しかもこんな中途半端な時間に豊葦にいたとか」
「あの、そのですね。初心者講習会の講師をやることになりまして」
「そうか、そんな季節か。まあ、対策委員の前議長だし覚悟はしてただろ」
「ええ。正直、少し」
「全体講習か?」
「はい。去年菜月先輩から頂いたレジュメに毛を生やさせていただいて、講習内容にしようと」
「緊張しいが至近距離にいる何十人の注目を受けながら講習出来るかな」
「脅すのは反則です」
「冗談だ。何千人の前で新成人の誓いを述べたことを思えば何十人くらい大したことないよな」
「あーもう、それも勘弁していただけませんか」

 成人式で新成人の誓いを壇上で述べた時にはクリスマスに菜月先輩から頂いたメガネケースをお守り代わりにしていたのだけど、今回は菜月先輩から頂いたレジュメがお守りだ。去年頂いたレジュメには直書きでメモを加え続け、今ではその紙も結構ボロボロになって来ているけれども。
 対策委員の前議長が初心者講習会の全体講習を、という流れは去年のそれと全く同じだ。だけども、去年の菜月先輩のケースと今年、俺のケースの決定的な違いは準備期間だ。下手に準備期間があるだけにやけくそにはなれないし、しっかりしなければという重圧がのしかかる。

「講習はともかく、見本番組もありますし、緊張がマックスです」
「あー、番組か」
「今期は昼放送も出来ていませんし、実戦から離れているということで緑ヶ丘勢が練習をさせてくれてですね。今もそれが終わった後でして」
「ああ、確かに昼放送事情は厳しい物があるな。カンザキまでアナウンサーとして投入されてるくらいだしな」
「はい? 今何と」
「何だ、知らないのか。金曜日にカンザキとりっちゃんの番組がやってるぞ」
「ナ、ナンダッテー!?」
「お、久々に出たな」

 いや、驚きもするだろう。こーたがアナウンサーで番組をやってるだって!? しかもそれを菜月先輩から聞かされるという衝撃だよ。何で現役がOGの先輩から聞かされてるんだよ。

「は!? 律とこーたがですか!?」
「ああ。毎週コンセプトが違うしオムニバス形式って言うのが適してるのかな。パーソナリティーのキャラも毎週変えててだな」
「え、それじゃあガチで昼放送ハブられてるのは俺だけ…!?」
「ドンマイ」
「ええー……まだ1年生も入らないし、このままだったらガチで今期番組やらずに引退とかもあるヤツじゃねーの、うわー……不安で仕方ない…!」
「ああ、何か1年生に関してはバドサーの1年生がMMPに興味ある的なこと言ってたらしいからそのうち見学に来るんじゃないか? バドサーの子から相談されたし」
「ナンダッテー……」

 ワケがわからなくなった俺はドリンクとケーキをもう1セット注文した。やけ食いするなら付き合うぞと菜月先輩が仰るので、この後5時オープンの居酒屋で少し付き合っていただけませんかと。快く了承いただけたので突発的な飲みが始まる。えーと、手持ちはあったかな。ATMに寄るかあ。


end.


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例によってノサカが菜月さんに対してきゃっきゃしてるだけの回。最近ノサカの心中で荒ぶらせ過ぎである。
しかしまあ菜月さんから告げられたいろいろな事実よ。ノサカ的には結構な衝撃だったはずだ。昼放送やってないのが自分だけっていうショックよ。
ところでノサカのやけ食いは規模がとんでもなさそうですね。さすがの菜月さんでも後輩を財布にはしないはずだけど、どれっくらい食べるの?

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