2020

■照準は6月6日の土曜日に

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「ゲンゴロー、マリーン、練習行くよー」
「はーい」
「はいですー」

 ファンフェスが終わってしばし。もうそろそろ星ヶ丘放送部の一大イベント、丸の池ステージに向けた話し合いが始まる頃合いだろうか。まあ、そんなことには関係なく、日々の鍛錬は忘れない。それでなくても人数が少ない上に、マリンは戸田班に加入したばかり。意思疎通が取れるようにならないと。
 年度が変わる頃に緑ヶ丘から譲ってもらった機材一式を台車で運び出す。練習の出来る場所がないなら用意すればいいじゃないということで、部室棟の過疎ってる教室を班で個人的に借りることに成功した。あの狭っ苦しい班のブースじゃ何も出来やしない。

「そしたらゲンゴロー、機材の組み立てよろしく」
「わかりました」

 自前の機材があることの何がいいかって、いちいちお上に伺いを立てなくていいところだ。この部のめんどくさいシステムなんだよな、機材を使う時にはいつ、誰が、どのように使うかってのをいちいち申請しなきゃいけないってのは。しかも時間制限もあるし。だけどこの機材は戸田班の所有だからそんな制限一切なし。
 アタシらが個人的に談話室Aという部屋で練習しているのは一応幹部にも伝えてある。こちらの動きを伝えておいた方が後々面倒なことにならないからだ。部長の柳井はいけ好かない野郎だけど、ステージのことに関してはまだ理解がある。談話室で練習をすると言えば、片付けだけはきちんとしておけと言われたくらいで、他には特に何もなかった。

「おーい、戸田ー」
「誰ー?」
「俺だ俺」
「何だ、白河。何の用?」
「いや、今1年らを連れてどこがどんな班かっていう紹介をしてるトコなんだ」
「ふーん。今年はそんなコトしてんだ。遠足の引率じゃん」
「ちょっと見学してくな」
「邪魔さえしなきゃどーぞご自由に」

 談話室に顔を出してきたのは監査の白河。白河は、派閥によっていろいろめんどくさい放送部の中において「中立」の立場をとっている。幹部寄りだとか、反体制派とかめんどくせーのよ。それによって班の扱いも変わるし。ちなみに戸田班は「流刑地」と呼ばれてロクでもない扱いを受ける班だね。
 白河の後ろからは、このひと月ちょっとで放送部に入った1年生がわらわらと出て来る。1年生はまだどこか特定の班に属してないんだけど、今後それとなく分かれていく。やりたいことと班のテイストが合えば、自然と居つくようになっている。

「ここは戸田班。インターフェイスの行事にも積極的に出てて、ステージだけじゃなくてラジオ的な活動もやってる。人数は少ないけど、個々の能力は高いのが特徴だな。それから、現場の叩き上げで技術を磨ける。他校の人とも知り合えるし、アクティブに活動したいならオススメだ」

 白河の班説明を受けながら、よくもまあこの班をそんないい風に言えたモンだと変に感心する。確かに物は言い様だけど。ある意味、白河が中立の人間だから言えることなのかもしれないけど。1年らはその話を聞いてへーとかほーとか言いながらこっちを見ている。
 その視線を意識しているのかいないのか、ゲンゴローとマリンも至って普段通り。マリンが前に書いてきた台本を手に、3人だとここはこういう風にするのがいいかななどと小人数ステージの動きを確認している。現状だとステージ中はプロデューサーが実質的に存在しないから、各々が自分で考えられるようになる必要がある。

「白河さん、今見ているこれはラジオ的な活動ですか?」
「いや、これはステージの段取りを確認してるのかな。機材はセットしてあるし、ラジオ的な練習もすぐに出来そうだけど」
「そうですか」
「気になるならやって見てもらおうか」
「いえ、大丈夫です。練習の邪魔になりますしそれはまた機会があればで」
「そう。そしたら、部室に帰るかー。戸田ー、お邪魔しましたー」
「はいはーい」

 白河と遠足の一団が帰っていくと、一気に静かになった。狭い部屋に結構な人数が詰め込まれてたから、新鮮な空気が欲しい。ちなみに、物置兼ヤリ部屋と化した部室はちょっと整理されて、少しくらいの人数なら収容できるようになったし窓から明かりも入って如何わしい事は出来なくなったらしい。

「つばめ先輩、戸田班に1年生は入ってくれますかね」
「だから前から言ってんじゃん。アンタが釣るんだよ」
「釣れますかねー」
「ゲンゴロー、今年の講習会の講師は誰になったですか?」
「全体講習が野坂先輩でアナが果林先輩、ミキがL先輩だよ」
「まあ順当ね」
「野坂先輩です!? ゲンゴロー、講習会に2年生の参加権はあるですか!?」
「一応あるけど、マリン、出るの?」
「野坂先輩の講習とか受けた過ぎるですよ…!」
「はー、野坂にも熱狂的な信者が出来る時代か」
「あやめにも知らせるですよ。あと、私はプロデューサーとしての訓練はしてきてますけどアナウンサーとしてはペーペーですから、勉強は必要ですよ」

 まあ、マリンは根が真面目なのはわかるんだけどね。たまに制御不能になるのが何ともね。去年も一応ハマ男が講習会に参加してたしマリンやあやめが参加する分にはいいんだろうけどね、現場の対策委員さえ良ければの話だけど。

「そしたらマリン、ラジオの練習やる?」
「やるですよ。ラジオの練習はアドリブ力が付くですよ」
「それなら、このつばめサンがみっちりと扱いてあげよう」
「えー! つばめ先輩が直々に…!? 何と言う贅沢です!」


end.


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フェーズ2の星ヶ丘、戸田班は談話室という教室を個人的に借りてそこを拠点に活動しているようです。機材一式が強い。
そして監査に就任したマロは前監査の宇部Pよりは大分フレンドリーと言うか、距離の近い幹部のようです。
マリンも安定でノサカの信者……もとい3番目に憧れてる先輩だけあってその動向には敏感。講習会、本当に出るの?

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