2020

■心を開いて

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 いつか定例会メンバーでお邪魔したその一軒家の前に立ち、ひとつ大きく息を吐いたらインターホンを押す。1回、ピンポーンと鳴らせば、少しして玄関のドアが開いた。

「はーい」
「よう」
「朝霞」
「ちょっと頭冷えたし、改めて話しに来た」
「……ここじゃ難だし、上がって」
「お邪魔します」

 今日この時間に大石が家に1人でいるのは伏見や塩見さんから聞いて知っていたから、アポなしで家に来た。連絡を入れると逃げられる可能性もあったからだ。喧嘩が勃発してから2週間ほどが経っただろうか、頭が冷えたらもう1度話すとは決めていたけど、いろいろな都合でここまで日が伸びてしまった。

「粗茶だけど」
「どうも」

 一瞬の沈黙。お茶を一口飲んで、さっそく話を切り出す。

「こないだは悪かった」
「……俺の方こそ。元はと言えば、俺が周りの人に何も言わなさ過ぎたから始まったことだし、朝霞の言ってることはそんなに間違ってないよ」
「いや、“自分を持て”はさすがに言い過ぎた」
「ううん、今の俺は自分っていう自分がなかったのは本当だから。あのね朝霞」
「ん?」
「俺ね、ああいう風にわーっと感情のままに物を言ったのがいつ振りかなって考えてたんだよ。そしたら、それこそ11年前だったんだ」
「11年前?」
「そう。父さんと母さんが亡くなって、親戚の家に引き取られそうになって以来。あずさか誰かから聞いてるかな、親戚の人たちが兄さんを馬鹿にしてきてさ。別に、どんな格好だっていいじゃない。兄さんは兄さんだ。真っ当に生きてる普通の人だよ。それなのに、兄さんといたら俺に悪影響だからって。冗談じゃないって思って。兄さんを馬鹿にする人となんか一緒に暮らせないし、大っ嫌いだって思って。だから伯父さんと伯母さんにあなたたちは親戚でも何でもない、俺の家族は兄さんだけだーって言ってさ」

 両親が亡くなった時に、大石は親戚の家に引き取られて養子縁組を結ぶことになっていたという話は聞いたことがあった。伏見からだったか、ベティさんからだったか。ベティさんは女装家ではあるけれど、別にそれは犯罪でもなんでもないし、特殊な性的嗜好があるとか強要するとかでもない。
 親戚の立場になってみれば、20代前半の兄が小学生の弟と2人で暮らすというのはいろいろ厳しいと思って弟を引き取ろうとするのはわからないでもない。弟を食わせるためにそれまで以上に働かなければならなくなる。働く間小学生が1人で過ごすことになるなら心配にもなるだろう。
 俺はその時のことを見たわけでも、その親戚を知っているわけでもないから軽々しく言うことは出来ない。だけど、残されたたった一人の家族を馬鹿にされて、一緒にいるなんてとんでもないと引き裂かれそうになったなら。

「ホントにあれ以来だったんだ、感情のままにわーっと言葉を発して、ちょっと冷静になった後にそれがどういうことなのかって気付くんだ」
「11年振りか。俺なんかしょっちゅうだぞ。11年もあればお前の一生分くらいはやってるかもな」
「そうかもね」
「バカにしてんのか」
「バカにはしてないよ。朝霞のそういうところはちょっと羨ましい。本能のままにただただ前だけ見て突き進む力っていうのかな」
「お前、こないだと言ってることが違わないか。こないだはそれで俺の知らないところでみんな傷付いてる的なこと言ってただろ」
「そう見えてたんだよ、俺には。だけど、あずさに怒られちゃったよね」
「伏見に?」
「ああじゃなきゃ朝霞じゃないって。言葉を選んで、事なかれ的な感じで人や物事に対して妥協する様が、凄く嫌だったって」

 確かにこないだ伏見に対して怒鳴り散らかすことなく映研の台本を書くのを見守っていた。我ながら気色悪かったし正直本にはツッコミどころがいくらでもあったけど、大石から伏見の気持ちも考えてやれと言われて少し甘口にして言葉を投げていた。

「俺ね、ストレートに気持ちを言うってワガママだと思ってたんだ」
「自分の気持ちばかり通すことに罪悪感でも覚えてたのか」
「そうかも。だけど、もしかしたら俺もそれを皆に押し付けてたかもしれない。誰も傷つかずにみんなが納得出来る道は、もしかしたらみんなが傷ついて妥協してるけどそう思わせないよう見せているだけかのかなって」
「俺の道もお前の道も、正解だけれど間違ってもいる。どっちが正しいなんてことはないんだろうな」
「朝霞にも、あずさにも言われてちょっと吹っ切れた。俺、少しずつ気持ちを出してもいいのかなって」
「いいことじゃないか」
「だけど、いきなりみんなに対しては出来ないから、まずは朝霞から始めさせて。これからも仲良くしてくれると嬉しい」
「言っとくけど、俺は言いたいことなんか遠慮なく言うからな。それで良ければよろしく」
「うん。よろしく」

 それでも、やっぱり自分はみんなが傷つかず納得して物事と向き合って行く方が性に合ってるなあと大石は言った。俺は俺の善しとする道に賛同してもらえるよう時には戦いながら周りを説いて引っ張って行くタイプだから、やっぱりやり方が全然違う。ただ、やり方が違うだけで行きつく先は同じなんだろう。
 正直に言えば、勢いのままに言葉を発する前に一度立ち止まって、これを言ったらどうなるかなって考えることの出来る大石のことを少し羨ましいと思う。お互いに隣の芝がどうしたというヤツだ。ただ、俺は11年もそれを我慢出来ないだろう。

「ところで朝霞、さっそくだけど今思ってること言っていい?」
「ああ。何でも来い」
「晩ご飯の支度してたんだよね。お腹空いたし途中だし」
「あっ、悪い。それは邪魔したな」
「ううん。続き作るし、せっかくだから朝霞も食べてく? 1人じゃ味気なくてさ」
「ああ、それじゃあ遠慮なく。何か手伝うか?」
「あー、それは大丈夫かな。あっ、お酒飲みたいなら飲んでもらってもいいし」


end.


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ちーちゃんと朝霞Pの件は一応これで元鞘に収まりましたという体で。ここからまた新しい友情が始まるのかな。
毎年4月に何かしらのトラブルを起こす男、朝霞Pである。今回は怪我しなくて良かったね!
ちーちゃんも今までのスタンスは崩さずに、少しずつ気持ちを前に出していくようになるのでしょうか。見ものですね。

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