2016(05)

■泥水の底

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「あーさーかークン」
「おっ、山口。どうした?」

 珍しいことがあったなと思う。確かに山口は夜より昼の方が時間に余裕があるけど、それでも連絡もなしにうちに来ることは少ない。こうしている分には普段と何ら変わりないように見える。何の用だろうか。

「ん~、これっていう用事があるワケじゃないんだ~」
「まあいいや、上がってけよ」
「それじゃあ、お邪魔しま~す」

 どこか飄々とした声に、顔。“ステージスター”をやっているように見える。部活を引退した今、そうある必要はないはずなのに。違和を吹っ切るように、お茶を用意する。しまった、茶菓子的な物がない。いいか、急に来たコイツが悪い。

「山口、お茶だけど」
「ありがと~。朝霞クン、これってクラシックのCD?」
「ああ。こっちがクラシックで、こっちがジャズ。そんでこっちがゲームのサントラ」
「朝霞クン、ゲームなんかやったっけ」
「やってないけど、最近仲良くなった人に貸してもらってて」

 あー、しまった、リン君のCD。来るのが急すぎんだ。部屋が片付いてない。いや、割といつも片付いてないけど、それでも事前に連絡があれば何となく片すのに。
 イベントの戦利品も無造作に置かれたままだ。本は全部なくなったから在庫に追われて~ということはないけど、ああいう場はダメだ。ついあれもこれもって手が伸びる。

「あれは? あの本の山」
「あれはこないだ行ったイベントで買った同人誌だ」
「朝霞クン、そういうイベントに行くっけ」
「就活で仲良くなった人に誘われて。俺がいろいろ書いてたって話をしたら本を出そうって」
「えっ、朝霞クンの本!? 読みたい!」
「悪い、全部はけた」
「え~、じゃあデータ出して~」

 ファイルを開くと、山口は失礼しま~すとパソコンの前に陣取ってしまった。コロコロとマウスホイールを転がしながら、淡々と読み進めている。何を言うでもなく、ただ淡々と。

「うん、面白かった~。さすが朝霞クンでしょでしょ~」
「そうか、ならよかった」
「朝霞クン、いろいろ出歩いて、新しいことに挑戦して、人脈も増えてて、さすがだネ。うん、さすが朝霞クン、でしょでしょ」

 何か引っかかる。どうして今、山口洋平はステージスターをやっているのか。
 半年前なら胸倉を掴んで睨み上げればいいだけの話だったけど、今はそうじゃない。何かおかしい。気のせいか?

「山口。お前、何しに来た?」
「え? 朝霞クンの顔が見たくなっただけだよ~」
「声が震えてるぞ、自称ステージスター」
「急に朝霞P仕様の覇気を出すとか反則デショ……」
「あくまでお前が“ステージスター”を貫くなら俺もプロデューサーとして向き合うまでだ。言え。お前がここに来た目的は何だ」

 すると山口は、「ゴメンね?」と温くなったお茶を含み、一拍おいた。ふう、と吐いた大きな息はそれこそらしくなく、モードチェンジと言うのが適しているだろう。俺も緊張を解く。

「朝霞クン。俺って、朝霞クンの何?」
「何って、友達だろ」
「……うん、そうだよね」
「お前、まだそんなこと言ってんのか」
「だって朝霞クン、俺に何も言ってくれないよね。確かにこれから進む道も違うし、新しい出会いもあるのはわかる。それはいいんだけど、最低限言ってほしかったことがある」
「何だ」
「追いコンの件。費用を請求されてたんだよね? 実際にお金は出さなかったとしても、せめてこういうことがあったんだって言ってほしかった」
「その件については、お前たちを巻き込みたくなかった。所詮日高の私怨だろうし」
「つばちゃんとゲンゴローには言わなくてよかったと思うよ。でもさ、俺は違うじゃん。力になれるかはわかんない、でも一言欲しかったよ。朝霞クンの悪いトコだよそれ、1人で全部受け切ろうとするの。それでいつもボロボロになってるじゃん結果。部活引退したら無関係? 違うでしょ?」

 きっと山口はこれを言いに来たのだろう。追いコンの金がどうこうと言うよりは、何かあったなら俺を頼れとか、1人で抱えるなとか、そんなようなこと。
 イブの時は「朝霞クンと純粋な友達になりたくて」などと、俺との関係にどこか線を引いていたように見えていたのに、こういうところでは踏み込んでくるのか。

「……悪かった。俺は、本当にお前たちを巻き込みたくなかっただけなんだ」
「ううん、俺もゴメン。感情的になっちゃって」
「いや」
「……ふふっ」
「何がおかしい?」
「ううん。ねえ朝霞クン」
「ん?」
「今度、飲もっか。31日」
「了解。部屋、片しとくし」
「ありがと」
「ああ、それと。次からは来るなら事前に連絡してくれ。やっぱある程度片したいだろ」
「うん、ゴメンね」


end.


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今年度のクレイジーサイコナントカさん。どのようにして短編のライフ・イズ・ビューティフルに落ち着くのか!!
洋平ちゃんがあからさまにステージスターから素の山口洋平さんのモードになれるように、朝霞Pも朝霞クンから朝霞Pになれるのか……便利だなお前ら
多分、洋平ちゃんのこの訴えは3年で積もり積もって今に至ってるんだと思うと、どんだけ朝霞Pは一人でムチャしてたかという話で

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