2016(05)

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 西京での会社説明会に参加した後、14歳までいた家に立ち寄ることにしていた。理由は、“父”への挨拶。親の離婚で連れ去られるように向島に来て以来、会ったこともなかった父。大学に行かせてくれているのは父だから、そのお礼も兼ねて。
 父は少し年を取ったように見えるけれど、大きく変わったようには見えない。家も変わりないし。私の部屋だったところもそのままなんだそう。だけど、それは私が死んだみたいだから片付けてほしいと伝えた。

「ただいまー」

 ひょっこりと顔を見せたのは、同じ年頃の男。もしかしなくても、彼が後妻の子。嫌なタイミング。前妻の、それも父とは血の繋がらない子が家に上がり込んでるなんていい気はしないわよね。

「あの、私はこれで」
「もしかして、恵美ちゃん?」
「そう。私のことを知っているの」

 父に外してもらうよう、彼は言った。ずっと会いたくて、私に話したいことがあったと。
 自分を生んだ女がそれまで何を疑うこともなく幸せに暮らしていた烏丸の家をぶち壊したこと、その結果、別れさせられた妻の子……つまり私がどうなったのか気になっていたと。

「大人は別に好きにしたらいい。だけど、まだ親の影響を受ける時期じゃない、あれくらいの頃って」
「そうね」
「俺は自分が生きるのに必死で人のことなんて考えられなかったけど、俺の母親と父さんが別れてしばらくして思ったんだ、あの子ってどうしてるんだろうって。俺のせいでこの家から出て行かなきゃいけなくなったんじゃないかって」
「別に、あなたの所為ではないわよ。悪いのは当事者の大人たち。そういうことにでもしないと、やりきれないわ。ところで、生きるのに必死って、どういうこと?」
「話すと長くなるから、見て」

 そう言って、彼は着ていた服を脱いだ。その体には無数の傷が生々しく残っていて、語らずとも状況を察させる。彼は虐待を受けていたのだろう。食事を与えられなかったり、洗濯機で回されたり。生命の危機は幾度となくあったそう。
 男を絶やさなかった母親。そんな女と父の一度の過ちで生まれたのが自分。そう淡々と語る彼は、今まで何を見てきたのだろう。自分の他にもそんな風に生み、捨てられた子がたくさんいて、自分はたまたま亡骸にならなかっただけなのだと。

「今から思えばあれは腐臭だったんだよね。あの人、その辺で産んでたから。俺の子ってことになってる塊もあったかなあ」
「あなた、実の母親と…?」
「あの人の彼氏に犯されながらさせられた。今なら性的虐待って言うんだろうね。それでさ、生まれたことを周りに悟らせないように、外に出てきた瞬間口に布を詰めるんだ。しばらくすると、ぴくりとも動かなくなるんだよ。それを俺は動かない体で見てた。今から思えばあれは栄養失調だったのかな」
「そんな環境から逃げるために、母親にはついて行かないと決心したのね」
「そうだね。それで俺は真の意味で烏丸大地になった。高専にも行かせてもらって、今は星港大学に。生物科学、生殖と遺伝子のことを中心に勉強してるよ」
「……奇遇ね。私も星ヶ丘大学で遺伝子のことを勉強しているのよ。尤も、私は農学部。食に通じる分野だけれど」

 研究の一環と趣味で漬け物を作っているのだと言えば、彼が身を乗り出してくる。バイト先の後輩に漬け物が好きな子がいるんだそう。彼はアルバイトもして、社会に馴染もうとしている。遅れた分を取り戻さんばかりに。

「今度、漬け物の試食会をする予定なの。良かったら来てくれる?」
「うん! 行くよ! 白いご飯はある?」
「もちろんよ。ただし、研究という意味での検証が終わってからだけど。私の友人が作った野菜を使った料理も出るわ」
「へー、いいなー。ねえねえ、俺の友達も誘っていい?」
「ええ、歓迎するわ。私も友人を招待しているの。後輩の子も良ければ」
「やったー! 誘ってみるよ!」

 同じ“家”を持つけれど、私たちは他人。面倒なのは大人たち。そう思わないとやっていられないのだけど、ここまで飄々としているとこちらが毒気抜かれると言うか、何か恨み言を探してやろうという気にもならなくて。事実、彼は悪くないもの。

「ねえ恵美ちゃん」
「何?」
「親のこととか出自は複雑だけど、俺のことも友達にしてくれる?」
「ええ。あと何度か顔を合わせて、自然とそうなっていればいいわね」


end.


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宇部Pとダイチの対面。ただ、短編のライフ・イズ・ビューティフルでも語られたように子供同士は特にわだかまりもなく。
ただ、それはきっと宇部Pとダイチだったから良くも悪くもすとんと落ち着いたんだろうなとは思うし、共通の友人(ひかり)の存在がどう働くか。
きっとダイチには炊き立てほかほかでほんのり甘い白いご飯もご馳走だし、そこに漬物という保存食を組み合わせるというのはいろいろと革命だったんじゃないかと思ってみる

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