2016(05)

■原石を掘り起こせば

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「ゴメンね朝霞クン、いつも売り子頼んでる子、具合悪くなっちゃって来れなくなったんだってー」
「具合が悪いならしょうがない。お大事にしてもらって」

 イベント当日。うちは既刊をいくらかと、新刊2冊。朝霞クンの方も何か盛り上がっちゃって文庫本サイズの本が1冊とコピー本が1冊上がってますよね。
 元々2スペで取ってたから並べられてるけど、もしかしたらもしかしたねこれ。肩からかけたカーディガンを前で結ぶプロデューサースタイルは嘘をつかないって感じ。

「初めてにしては完璧過ぎでは……実は本出したことあるでしょ」
「個人では初めてだよ。高校の時に部誌で出したことはあるけど」

 朝霞クンは高校で文芸部だったらしく、基礎が出来ているのも納得。2段組で、文字の大きさもフォントもすっごく見やすい。うちのより粗がないかも。イベントに出ないだけの人っているんだなあって、改めて思いますよ。

「いや、言うほどでもない。部誌出す頃にやっとみんな来始めるって感じで、俺も他の部に首突っ込んだりしてさ」
「兼部してたの?」
「兼部とはちょっと違うけど、演劇部に台本書いたり演出させてもらったり」

 本当に外さないなあ。仕事抱えてなきゃ死ぬタイプってこれだから! 舞台演出までやっちゃうか。演出に首を突っ込むことに演劇部サイドからの反発も大きかったけど、納得してもらうまでの話も熱い。

「最近まで高校の頃の記憶って曖昧だったんだけど、ちょっと思い出してきて」
「何か創作のネタ的にオイシイ話はありますか」
「うーん、どうだろ」
「じゃあ、カップルとかいなかったですか。演劇部あるあるとかでも」
「あー……高校の友達から聞いた話なんだけど」
「うんうん」
「俺、演劇部にいた学校のマドンナ的な後輩と付き合ってたらしくて」

 らしくて?

「ちょっと待って、自分のことなのに伝聞って」
「大学に上がって部活に打ち込んでたら、高校までのことが結構記憶トんでて」
「そうなんだ。えっでもそのマドンナ的な後輩の子? 本当に覚えてないの?」
「ここまで来てるけど」
「つっかえてんだ」
「確か、卒業式のときに俺のことを捜すって言ってた気がするんだよ。向島の星ナントカ大学に進学するっていう情報だけで、他には誰からも情報を得ずに探すとかって」

 ちょっと待って。えっ、ちょっ、えっ。
 うち、向島の星ナントカ大学に進学した先輩を、他に誰からの情報も得ずに探してる後輩の女の子を知ってるよね! 情報を得ちゃったらそれは運命じゃなくなるからって言ってさ。

「えーと……ちなみに、その子の名前とか、他に覚えてることってあるかな。記憶喪失ネタオイシイです」
「名前? 友達曰くカナコ。確か。すげー美人らしいけど思い出せなくて。写真も残ってないし」

 ちょっと待って。アヤちゃんて確か本名、綾瀬香菜子だよね? カナコだよね! で、すっごい美人だよね!
 カズー! 事件が発生した! うち、もしかしたらアヤちゃんの“先輩”見つけちゃったかもしんない! でもアヤちゃんノーヒント希望だし、言えないヤツだこれ。うわ、吐きそう。胃酸上がってくる。

「へ、へえ……そうなんだ」
「その話をこないだ言ってた奴に言ったらさ、女の話はいいから今は目の前にいる俺を見ろよって拗ねやがってさー、大変だったなーあの時は」
「朝霞クンいい刃物持ってるね…! 死ぬ……その相棒の子とのなれそめとか直近のデートの話などをプ、プリーズ……」
「なれそめやデートとは違うけど、卒業する先輩への贈り物を買いに行った話とかでいい?」
「なにそれくわしく!」

 ああ~、また本にしたい話が積み重なる~、朝霞クン罪すぎる~!


end.


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ここにきて慧梨夏の中で何かが繋がった様子。ただ、いつも売り子を頼んでる子が来てたらもっと事件だったかもしれないヤツ。
なかなか記憶が呼び起こされる様子がない朝霞P。きっとクレイジーサイコナントカさんが記憶を押さえつけてるのであろう……
って言うか朝霞P、部屋に過去の台本持ってるんだったらそれを読み返すとかしないんですかねえ

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