2016(04)
■必殺の先輩バリアー!
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ひっきりなしにかかってくる電話。携帯は充電しなきゃいけないけれど、充電してもすぐなくなっちゃうからなあ。音は鳴らないようにしてるけど、振動音がしんどい。
林原さんがタオルを手渡してくれた。前にこのことで相談したことがあって、事情は伝わっている。俺の気持ちの面では少し楽になったけど、電話に対する対処は何も出来ていない。
電話の主は大学に入るまで5年付き合った彼女だ。彼女と同じ地元の国立大に行くはずだったけど、目標が変わった。それを言えずに黙って星大を受けて喧嘩別れ。無言電話が始まったのはそれから。
「川北、携帯の契約を見直したらどうだ。格安で2台目を持つなど」
「うーん、そうですねー。そろそろ考えた方がよさそうですねー」
「ミドリ、眠そうだね~。はい。春山さんのだけど」
「あ、烏丸さんありがとうございますー」
烏丸さん特製の、粉が多めのコーヒーをすすって。うん、濃ゆい。苦い。はー、でも、この香りで気持ちが落ち着いたらいいんだけど。うう、でも苦い。林原さんに牛乳分けてもらいたいなあ。
「ミドリ、夜更かししてるの?」
「以前付き合っていた女が無言電話をひっきりなしにかけてくるおかげで眠れんそうだ」
「えー、ストーカーってヤツ!? 悪質だね!」
元気だったら「烏丸さんは人のことを言えないと思いますよ」と言えただろうけど、今はそんな元気もない。タオルでくるんだスマホは相変わらずうるさい。
「しんどいでしょ? 受付は俺が見てるからちょっと休みなよ」
「でも、仕事中ですし、これくらいでしんどいとか言ってたら。もっとしんどい人もいるでしょうし、これからもっとしんどいことがあるかもしれないですから。我慢しないと」
「ミドリ、そういうのよくないと思う!」
「烏丸さん」
「だって今のミドリがしんどいんでしょ? 他の人とかこれからとか気にしてたらもっとしんどいよ」
「烏丸の言う通りだな。しんどいの度合いは人によって違う。比較するものではない。それまでの経験も同様だ。烏丸を見てみろ。烏丸の生い立ちを聞いたらオレたちは弱音を吐くことを禁じられるぞ」
烏丸さんの生い立ちを出してくるのは反則だと思う。烏丸さんがフルオープン過ぎるから大体聞いてしまっているんだけど、親から外に出してもらえなかったとか、母親やその恋人が烏丸さんを殴る蹴るは当たり前だったとか。
小学校も中学校も行けなかったし、体には今でも生々しい傷が残っている。食事も与えられず、思わず耳を塞ぎたくなるような酷いこともされてきている。しんどいとか、そんな言葉では表せない絶望。
「何をどうしんどいと思うかって個人差があるでしょ? ストレス耐性もそう。俺は母親のことを思い出してもたまにだしすぐ忘れるけど、ミドリはそのストーカーの人をずーっと意識しちゃうワケでしょ? かかってる負荷が全然違うよね」
「うーん」
「俺も確かに昔はしんどかったけど今は大学にも来れてるし、学内だけどバイトもして社会生活ってヤツ? 少しずつ馴染もうとしてるし、毎日新しい発見があってすっごく楽しいんだ!」
息を吸えるとか、吐けるとか。そんなことにも発見があって毎日が楽しいと言う烏丸さんだ。いいなあ。確かにそれまでは辛かっただろうけど、俺も楽しいことを見つけよう。
「ユースケ! 俺たちでミドリに憂さ晴らし? させてあげようよ!」
「それは構わんが、当てはあるのか」
「うーん。あっ! ユースケ! 車出して! 西京行こう!」
「西京だと?」
「美味しいお茶屋さんを知ってるよ! ほうじ茶もあるよ! ミドリほうじ茶好きでしょ? ほうじ茶パフェもあるよ! 漬物屋さんも知ってるし、あっ、それとも伝統工芸とか建築物の方がいい?」
「決まりだな。センターを閉めたら出発するか」
「えっ、今日ですか!?」
「当然だ。明日は建物のメンテナンスでセンター自体休みだし、ちょうどいい」
先輩たちには感謝しかない。申し訳ないとかじゃなくて、単純に嬉しい。
しんどいって言うことは悪いことだとばかり思っていたけど、しんどいって言ってなかったら先輩たちと遠出することにはならなかったと思う。何がどうやって回るのか、案外わからないなって。
「川北、土産などを買う支度もいるぞ」
「あっ、そうですねー」
「誰に、とは言わんがな」
end.
++++
リン様的には冷やかしのつもりだったであろう最後の進言である。そういやミドリ、ユキちゃんにホワイトデーギフト的な物は用意してるんだろうか
ダイチの生い立ちについては、ダイチだからフルオープンなんだろうなあ……聞いてる方が「あれっ? そんな軽いノリで言うことじゃねえよな?」ってドン引きするような感じ
春山さんのコーヒー……まあ、一応春山さんそろそろいなくなるし残ったのは好きにしてくれーってスタンスだろうから大丈夫か
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ひっきりなしにかかってくる電話。携帯は充電しなきゃいけないけれど、充電してもすぐなくなっちゃうからなあ。音は鳴らないようにしてるけど、振動音がしんどい。
林原さんがタオルを手渡してくれた。前にこのことで相談したことがあって、事情は伝わっている。俺の気持ちの面では少し楽になったけど、電話に対する対処は何も出来ていない。
電話の主は大学に入るまで5年付き合った彼女だ。彼女と同じ地元の国立大に行くはずだったけど、目標が変わった。それを言えずに黙って星大を受けて喧嘩別れ。無言電話が始まったのはそれから。
「川北、携帯の契約を見直したらどうだ。格安で2台目を持つなど」
「うーん、そうですねー。そろそろ考えた方がよさそうですねー」
「ミドリ、眠そうだね~。はい。春山さんのだけど」
「あ、烏丸さんありがとうございますー」
烏丸さん特製の、粉が多めのコーヒーをすすって。うん、濃ゆい。苦い。はー、でも、この香りで気持ちが落ち着いたらいいんだけど。うう、でも苦い。林原さんに牛乳分けてもらいたいなあ。
「ミドリ、夜更かししてるの?」
「以前付き合っていた女が無言電話をひっきりなしにかけてくるおかげで眠れんそうだ」
「えー、ストーカーってヤツ!? 悪質だね!」
元気だったら「烏丸さんは人のことを言えないと思いますよ」と言えただろうけど、今はそんな元気もない。タオルでくるんだスマホは相変わらずうるさい。
「しんどいでしょ? 受付は俺が見てるからちょっと休みなよ」
「でも、仕事中ですし、これくらいでしんどいとか言ってたら。もっとしんどい人もいるでしょうし、これからもっとしんどいことがあるかもしれないですから。我慢しないと」
「ミドリ、そういうのよくないと思う!」
「烏丸さん」
「だって今のミドリがしんどいんでしょ? 他の人とかこれからとか気にしてたらもっとしんどいよ」
「烏丸の言う通りだな。しんどいの度合いは人によって違う。比較するものではない。それまでの経験も同様だ。烏丸を見てみろ。烏丸の生い立ちを聞いたらオレたちは弱音を吐くことを禁じられるぞ」
烏丸さんの生い立ちを出してくるのは反則だと思う。烏丸さんがフルオープン過ぎるから大体聞いてしまっているんだけど、親から外に出してもらえなかったとか、母親やその恋人が烏丸さんを殴る蹴るは当たり前だったとか。
小学校も中学校も行けなかったし、体には今でも生々しい傷が残っている。食事も与えられず、思わず耳を塞ぎたくなるような酷いこともされてきている。しんどいとか、そんな言葉では表せない絶望。
「何をどうしんどいと思うかって個人差があるでしょ? ストレス耐性もそう。俺は母親のことを思い出してもたまにだしすぐ忘れるけど、ミドリはそのストーカーの人をずーっと意識しちゃうワケでしょ? かかってる負荷が全然違うよね」
「うーん」
「俺も確かに昔はしんどかったけど今は大学にも来れてるし、学内だけどバイトもして社会生活ってヤツ? 少しずつ馴染もうとしてるし、毎日新しい発見があってすっごく楽しいんだ!」
息を吸えるとか、吐けるとか。そんなことにも発見があって毎日が楽しいと言う烏丸さんだ。いいなあ。確かにそれまでは辛かっただろうけど、俺も楽しいことを見つけよう。
「ユースケ! 俺たちでミドリに憂さ晴らし? させてあげようよ!」
「それは構わんが、当てはあるのか」
「うーん。あっ! ユースケ! 車出して! 西京行こう!」
「西京だと?」
「美味しいお茶屋さんを知ってるよ! ほうじ茶もあるよ! ミドリほうじ茶好きでしょ? ほうじ茶パフェもあるよ! 漬物屋さんも知ってるし、あっ、それとも伝統工芸とか建築物の方がいい?」
「決まりだな。センターを閉めたら出発するか」
「えっ、今日ですか!?」
「当然だ。明日は建物のメンテナンスでセンター自体休みだし、ちょうどいい」
先輩たちには感謝しかない。申し訳ないとかじゃなくて、単純に嬉しい。
しんどいって言うことは悪いことだとばかり思っていたけど、しんどいって言ってなかったら先輩たちと遠出することにはならなかったと思う。何がどうやって回るのか、案外わからないなって。
「川北、土産などを買う支度もいるぞ」
「あっ、そうですねー」
「誰に、とは言わんがな」
end.
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リン様的には冷やかしのつもりだったであろう最後の進言である。そういやミドリ、ユキちゃんにホワイトデーギフト的な物は用意してるんだろうか
ダイチの生い立ちについては、ダイチだからフルオープンなんだろうなあ……聞いてる方が「あれっ? そんな軽いノリで言うことじゃねえよな?」ってドン引きするような感じ
春山さんのコーヒー……まあ、一応春山さんそろそろいなくなるし残ったのは好きにしてくれーってスタンスだろうから大丈夫か
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