2016(04)

■I don't know where I am

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 今日は緑風旅行1日目。厳密には前乗り日。明日の朝にガイドという体の菜月さんと合流して、そこからは菜月さんの案内で緑風を回るというプランだ。
 野坂が菜月さん欠乏症を拗らせて対策委員でもポンコツと化していると聞いていたし、菜月さん本人の消息も気になった。僕はお酒も仕入れたい。学生の長い休みはこうあるべきだと僕は思う。
 さっそくホテルにチェックイン。キーを握り、ドアを開ければそこには立派なセミダブルベッド。隣の野坂を見れば、ベッドがひとつしかありませんが、と硬直している。

「あれ。ツインで予約しなかったかな」
「ホテル側の過失であれば今からツインの部屋に」
「――いや、僕のミスだね。セミダブルで取っていたらしい。まあ、宿代が少し安いと思えば」
「俺の寝相で圭斗先輩と同じベッドで眠るなど出来っこない……俺は雑魚寝をしますのでどうか圭斗先輩は王様らしく優雅にお眠りください」
「いや、最近のお前は割と大人しいだろう? お前も夜はベッドで寝るんだ」
「ファー」

 焦点が定まってないな。僕と同じベッドで眠るのがそんなに動揺することなのか。僕でそうなると、もし彼女とそうなろうものならどうなるんだコイツは。

「ところで、夕飯はどうする?」
「そうでした。全く考えていませんでしたが、この辺りに何かいい店はあるのでしょうか」
「当てもなくふらつくか、ネットで調べるか。生きた情報を頼るか」
「生きた情報を頼りましょう!」

 訳すると、菜月さんに聞いてみようということ。菜月さんにいい店を知らないかとメッセージを送ると、タウン情報誌を買えと返ってきた。菜月さんは出不精故にあまり店を知らないらしい。
 コンビニに行けばタウン情報誌や緑風のラーメン本にクーポンブックやなんかが置いてあるはずだからと。それが彼女に出来るせめてもの助言だったのだろう。
 彼女からの助言をありがたく受け取り、目と鼻の先のコンビニへ。しかし寒いね。本の陳列棚の前で、目当ての本をいくつか発見。あれっ、野坂はどこへ行った。

「圭斗先輩!」
「どうした」
「すごいですよ、レンチンのラーメンなんですけど、地域限定で野菜塩ラーメンという物が!」
「実に菜月さんらしい物じゃないか」

 チルド弁当コーナーへ行くと、確かに地域限定メニューと書かれたそれがある。野菜塩ラーメン。菜月さんが「野菜を食べたい」と言うときに決まって食べる物だ。懐かしさすら覚えるね。
 だけど今は夕飯の店を決めるのが最優先。野菜塩ラーメンは何もコンビニで食べなくとも、菜月さんから元ネタになっている店を教えてもらって足を運べばいい。

「さ、どこへ行くか決めようか」

 タウン情報誌を前に始まる夕飯会議。寒さの残る緑風という海の幸が絶対に美味しいであろう場所だ。それなのに海産物全般がアウトの男を連れていることが少し残念だけれども、そんなことにはお構いなく僕は刺身が食べたい。まあ、明日でもいいんだけど。

「何系がいいかとか、大体目星はついたかい?」
「申し訳ございません、圭斗先輩とホテルの密室にいるという非日常な状況が正常な判断力を奪ってしまって何が何やら」
「何度でも言うけど、僕に男を抱く趣味はないからな?」
「もちろんわかっています、俺が勝手に中てられているだけで。視線や意識の逃がし場所がなくて少々困っています」
「なあ、もし“彼女”とこの状況に陥ってもお前はテンパってるのか」
「逆に落ち着くと言うか、安らぐと言うか……」

 つい出てしまった質問に答える野坂の様子は、今までの浮き足立った男とは全くの別人。確かに、野坂が菜月さんにとってのお守りであるのと同じように、菜月さんが野坂にとってのお守りでもある。

「で、食欲は」
「あります」
「さすがだな。何系を食べたいんだ」
「あのですね、菜月先輩から地元の美味しい店を紹介しているテレビ番組のアーカイブスをもらっていまして」
「もっと早く言ってくれないか」
「申し訳ございません。少しだけ冷静になって思い出しました」

 手元には、開いたままのタウン情報誌。今日は菜月さんからの情報に踊らされすぎたけれど、明日以降のどこかで役に立てばいいね。


end.


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ノサカと圭斗さんの緑風小旅行、1日目。厳密には前乗り。だってノサカがポンコツなんだもの。前乗りしないと時間ばかりがなくなるよ!
例によって圭斗さんと二人きりなことにぎゃあぎゃあうるさいノサカである。圭斗さんの魔性の何かがそうさせるのだろうか
そうよね、よく考えれば海鮮が食べたいなーってのにノサカを連れてるとか結構ネックなんだけど、刺身がダメな村井サンと同席してるのに平気で刺身を食べてるんだから別にいいんじゃねーの圭斗さん

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