2016(04)

■血も涙も枯れ果てる

++++

「で、出たー!?」
「出たとは何だ。人が差し入れ持ってきたのに」
「“最強の助っ人”がロイド君とか! 安部ちゃんがレポートの文字数少なくしてくれると思って楽しみにしてたのに!」
「うるせえ、つべこべ言うな」
「クソッ、鬼! 人殺し!」

 例によって飯野のレポートの面倒を見ている。月末までに2万字のレポートを提出という課題だ。飯野のゴミクズレポートをある程度形にすることで安部ちゃんから出席ボーナスをもらえるというわかりやすい制度を活用中。
 今回、“最強の助っ人”として召集したのは星ヶ丘の朝霞だ。モノを書くことに関してはそれこそ鬼とまで呼ばれた男で、なおかつ飯野とは高校の同級生。当時、共に修羅場を潜り抜けたときの緊迫感を演出させるためだ。
 現場は緑大の図書館。俺が普段から勉強場にしている個室で。まず、飯野にレポート以外の物を絶たせる環境作り。それと、ここなら文献に手が届く。ちなみに、朝霞は俺が2ケツでここまで連れてきた。

「シン、かき玉汁でも飲んで落ち着け。ランチジャーに作ってきた」
「あ~、修羅場の味だ~……」
「高崎も。あと飲み物。雪印のコーヒーだったっけ」
「サンキュ」
「シンはこれな」
「うわっ、レッドブルじゃんか。そんなモン飲んでレポート書くとか不健康の塊だ」

 修羅場の味がよほど身に沁みたのか、飯野は渋々パソコンの画面に目を向ける。当然だが文字数は足りていない。ただ、特例により規定は2万字から1万5千字までおまけされている。字数はいいからまずは書けということだ。
 朝霞も自前のノートパソコンを開き、作業モードに入った。当然のように奴の手元にも名刺代わりのレッドブルがある。すると、突如スイッチが入ったかのように目つきからして変わるのだ。
 だが、パソコンに向かって文字を打ち付けるかと思いきや、シャーペンを持った手が紙の上で踊るように動き、視点は自らの足で集めた画像やインタビュー資料、それと参考文献の上を滑る。

「ムリだー! 意味わかんね! デリートデリート」
「おいシン、書いたモン消すなよ」
「だって続けられる気しねーし」
「何のヒントになるかわかんねーんだからどっか別のところに置いとけ」

 少しの時間でわかったのは、朝霞はまず紙の上で論点や書きたいことをまとめてからパソコンに向かい始めるということだ。プロットとかネタ帳をしっかり作ると言うか。
 そして、要らない言葉も決して捨てない。後で見返したときにヒントになるかもしれないからとりあえず置いておくそうだ。飯野が書いた数百字をまるっと消そうとしたのに過剰反応したのはこういうやり方からだろう。

「朝霞、お前飯野のテーマを見てどう思う」
「祭に関する話で、民俗学とはまた別件だろ?」
「一応現代コミュニケーションが専攻だ」
「それなら、最近だとパリピ文化も一般に浸透してきてるから、“祭”から“パーティー”へっていう風に話を遷移させて、性質の変遷や若者にとっての祭とパーティーの違いなんかに目をやっても面白いかもしれないな」
「なるほど。パリピ文化の発想は俺にはなかった」
「そういう系のフェスとかも増えてるって言うし」
「それで言うと音楽フェスなんかはどういう分類だ? 祭に入れていいのか?」
「辞書的な意味では賑やかな催し物も祭でいいみたいだから、入ると思う。待てよ、この定義では――ブツブツ、ブツブツ」

 人のテーマで盛り上がってはみたものの、当人が置いてけぼりにされていたパターンのヤツだと真顔で硬直している飯野の姿に気付く。

「いってるいみがわからない」
「いや、分かれよ」
「いや! 今喋ってたことメモっといてくれ! いつかきっと役に立つから!」

 こんな調子では1万字も危うい。つまり、俺の出席も危うい。

「つべこべ言うな。こないだまで書いてたことから広げろ。新しいことをやるのはその話を着地させてからだ」
「クソッ、さすが高崎、安定の鬼だな!」
「おいシン、お前文献読んでるのか。ただ内容をでっち上げるよりも本の内容を引用した上で経験や知識を上乗せしてでっち上げる方がいい」
「ムリだー、本なんか読めね~!」
「お前がやってるのは作文か。レポートだろ。本を読めないなら足で稼げ」
「ロイド君の人でなし!」
「だからアンドロイドなんて言われてんだろ」
「わー、いっそ殺せ!」


end.


++++

鬼の朝霞Pを見たいなと思った結果がこれ。まだまだ鬼っぷりが足りないのはきっと夏じゃないから。ステージに関係なきゃこんなモンよ
「だからアンドロイドなんて言われてんだろ」に既視感があると思ったら、こっしーさんと朝霞Pの話でこっしーさんが言ってたんだ。ちきしょう越朝ってヤツぁ
しかし高崎と朝霞Pに両サイドからチクチクチクチクお尻を叩かれ続ける飯野がご愁傷様すぎるというかなんというか

.
52/100ページ