2016(04)
■夕餉の支度が憎らしい
++++
「お疲れさまでしたー」
「でしたー」
午後4時、今日のバイトは終了。この事務所では、主に結婚式などのセレモニーで使う映像を撮影したり編集などを行っている。実際に作成した映像を式場で再生するという業務もあるけど、俺は専ら撮影・編集の担当だ。
大学生活も残りは数えるほどになり、そろそろ終わりを迎えるんだなという実感もある。卒業後は地元で義肢の研究開発をするということになっている。就職するまであと少し。今は卒業旅行に行く金だとかをちまちまと貯めている。
「うー……さむっ」
「寒いですー」
「です」
「歩きたくないですー」
「です」
玄関でスリッパからブーツに履き替えているちまい2人組は、寒い寒いと白い息を吐く。赤いマフラーをしている方が諏訪かんな、紫のマフラーの方が諏訪あやめ。青浪敬愛大学に通う1年生の双子だ。
主に文章で意思表示をするのが姉のかんなで、その後について「です」とか「ます」とかで言葉の力を二乗してくるのが妹のあやめ。寒い、歩きたくないの次に来るのは、大体予想出来るから身構える。
「越谷さん車いいなー、私たち、花の名前だけあって寒さに弱いんですー」
「です」
「乗せてけみたいなことか」
「だって雪降ってますしー」
「ますし」
「言っとくけど、雪道運転には慣れてないし事故っても俺の所為にすんなよ。それでも良けりゃ乗ってけ」
「わー、ありがとうございますー」
「ございますー」
諏訪姉妹とシフトがぶつかったときに雨だの雪だのが降っていると大体こうなる。新人の子のお世話をしてあげてねっていう社員さんの言葉を都合良く解釈した2人があれよあれよと俺に集るのだ。
社員さん曰く、俺が優しいから仕方ないらしい。優しさを誉められている気はしない。ただ、俺に集る後輩と言うと戸田もいるし、たまにだけど朝霞も俺を何だと思っているのか。今に始まったことでもないんだろうなと諦めることにした。怒っても仕方ないし、怒るほどのことでもない。
「あーっ」
「わっ。かんな、急に叫ぶな」
「買い物しなきゃいけないの忘れてた! 越谷さんスーパー寄ってください!」
「ください」
「つか、お前ら雪で大変だって時に食料買い溜めしてないのか」
「どうせバイトで外出るからってしてなかったです」
「です」
「2人いるんだからどっちかが慎重になった方がいいぞ」
「双子ですからね、大丈夫だっていう方向にシンクロしたんですよ」
「です」
この2人は2DKのマンションでルームシェアをしている。家賃は月8万円。星港市の中心近くで一人4万と考えるとかなり安い。青敬は4月に一部の学部が新校舎に移転することになっていて、新校舎への通学を考えた場所に住んでいるのだ。
2人で暮らしているのに2人ともバイトで外に出るから食料の買い溜めはしなくていいって思っていたのは多少お気楽すぎないか。いや、きっと雪が積もったらその雪で遊び始める姉妹だから、どっちにしても食料は二の次だっただろう。
「今日の夜は何食べようかなー」
「かな」
「寒いし、あったかい物がいいよねー」
「ねー」
「越谷さーん、あったかいものと言えばなんですかー?」
「ですか」
「えー…? 鍋とか、シチューとかじゃないのか。ああ、おでんとかもいいな」
「煮込み系ですねー」
「ですね」
お肉がごろごろ入ったビーフシチューが食べたいなーとかんなが言えば、あやめはその後に「なー」と続くかと思いきや、静かだ。ちょうど赤信号になったからどうしたと思って後ろを見てみると、あやめが財布を開いている。中身は怪しい。
あやめなりの無言の訴え。自分たちの手持ちで肉がごろごろ入ったビーフシチューは贅沢すぎるぞ、と。かんなはこの時間なら割引シールが貼られないかと攻め気だけど、あやめは財布をパタパタと開いたり閉じたり。肉は食いたいらしいが金はない、と。
「越谷さーん、シチュー作ったら食べますー?」
「ます?」
「私たちが作りますー」
「ます」
あ、肉の費用を集られている。このままだと卒業旅行の金が毟り取られる。
「あー、でも俺も帰りのことがあるしあんま遅くなると凍りそうじゃんな」
「別にうちで食べてかなくてもタッパーとかに入れて持って行けばいいんですよー」
「ですよ」
「肉を! ビーフシチューが食べたいんです!」
「です!」
「ンなトコまで世話しろって言われた覚えはねーぞ」
何だかんだ肉の金を出す羽目になりそうだ。せめて割引シールを狙うとか、国産牛ナントカランクとかいうバカみたいな肉に手を出さないよう手綱を握っておかないと。
end.
++++
ふえるなのすぱんえっくす。諏訪姉妹の登場です。来年度以降もっとグッときてくれるとうれしい。こっしーさんとはバイト先の同僚です。
こっしーさんがつけ込みやすいのか、かんなあやめが案外ぐいぐい行く方なのかはわかりませんが、2人ともお肉が好きなのね……
もちろん青敬でのお話ももうちょっと増やしていきたいし、今ならハマちゃんとのお話なんかもちょいちょいやりつつキャラを固めていきたいのよ
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「お疲れさまでしたー」
「でしたー」
午後4時、今日のバイトは終了。この事務所では、主に結婚式などのセレモニーで使う映像を撮影したり編集などを行っている。実際に作成した映像を式場で再生するという業務もあるけど、俺は専ら撮影・編集の担当だ。
大学生活も残りは数えるほどになり、そろそろ終わりを迎えるんだなという実感もある。卒業後は地元で義肢の研究開発をするということになっている。就職するまであと少し。今は卒業旅行に行く金だとかをちまちまと貯めている。
「うー……さむっ」
「寒いですー」
「です」
「歩きたくないですー」
「です」
玄関でスリッパからブーツに履き替えているちまい2人組は、寒い寒いと白い息を吐く。赤いマフラーをしている方が諏訪かんな、紫のマフラーの方が諏訪あやめ。青浪敬愛大学に通う1年生の双子だ。
主に文章で意思表示をするのが姉のかんなで、その後について「です」とか「ます」とかで言葉の力を二乗してくるのが妹のあやめ。寒い、歩きたくないの次に来るのは、大体予想出来るから身構える。
「越谷さん車いいなー、私たち、花の名前だけあって寒さに弱いんですー」
「です」
「乗せてけみたいなことか」
「だって雪降ってますしー」
「ますし」
「言っとくけど、雪道運転には慣れてないし事故っても俺の所為にすんなよ。それでも良けりゃ乗ってけ」
「わー、ありがとうございますー」
「ございますー」
諏訪姉妹とシフトがぶつかったときに雨だの雪だのが降っていると大体こうなる。新人の子のお世話をしてあげてねっていう社員さんの言葉を都合良く解釈した2人があれよあれよと俺に集るのだ。
社員さん曰く、俺が優しいから仕方ないらしい。優しさを誉められている気はしない。ただ、俺に集る後輩と言うと戸田もいるし、たまにだけど朝霞も俺を何だと思っているのか。今に始まったことでもないんだろうなと諦めることにした。怒っても仕方ないし、怒るほどのことでもない。
「あーっ」
「わっ。かんな、急に叫ぶな」
「買い物しなきゃいけないの忘れてた! 越谷さんスーパー寄ってください!」
「ください」
「つか、お前ら雪で大変だって時に食料買い溜めしてないのか」
「どうせバイトで外出るからってしてなかったです」
「です」
「2人いるんだからどっちかが慎重になった方がいいぞ」
「双子ですからね、大丈夫だっていう方向にシンクロしたんですよ」
「です」
この2人は2DKのマンションでルームシェアをしている。家賃は月8万円。星港市の中心近くで一人4万と考えるとかなり安い。青敬は4月に一部の学部が新校舎に移転することになっていて、新校舎への通学を考えた場所に住んでいるのだ。
2人で暮らしているのに2人ともバイトで外に出るから食料の買い溜めはしなくていいって思っていたのは多少お気楽すぎないか。いや、きっと雪が積もったらその雪で遊び始める姉妹だから、どっちにしても食料は二の次だっただろう。
「今日の夜は何食べようかなー」
「かな」
「寒いし、あったかい物がいいよねー」
「ねー」
「越谷さーん、あったかいものと言えばなんですかー?」
「ですか」
「えー…? 鍋とか、シチューとかじゃないのか。ああ、おでんとかもいいな」
「煮込み系ですねー」
「ですね」
お肉がごろごろ入ったビーフシチューが食べたいなーとかんなが言えば、あやめはその後に「なー」と続くかと思いきや、静かだ。ちょうど赤信号になったからどうしたと思って後ろを見てみると、あやめが財布を開いている。中身は怪しい。
あやめなりの無言の訴え。自分たちの手持ちで肉がごろごろ入ったビーフシチューは贅沢すぎるぞ、と。かんなはこの時間なら割引シールが貼られないかと攻め気だけど、あやめは財布をパタパタと開いたり閉じたり。肉は食いたいらしいが金はない、と。
「越谷さーん、シチュー作ったら食べますー?」
「ます?」
「私たちが作りますー」
「ます」
あ、肉の費用を集られている。このままだと卒業旅行の金が毟り取られる。
「あー、でも俺も帰りのことがあるしあんま遅くなると凍りそうじゃんな」
「別にうちで食べてかなくてもタッパーとかに入れて持って行けばいいんですよー」
「ですよ」
「肉を! ビーフシチューが食べたいんです!」
「です!」
「ンなトコまで世話しろって言われた覚えはねーぞ」
何だかんだ肉の金を出す羽目になりそうだ。せめて割引シールを狙うとか、国産牛ナントカランクとかいうバカみたいな肉に手を出さないよう手綱を握っておかないと。
end.
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ふえるなのすぱんえっくす。諏訪姉妹の登場です。来年度以降もっとグッときてくれるとうれしい。こっしーさんとはバイト先の同僚です。
こっしーさんがつけ込みやすいのか、かんなあやめが案外ぐいぐい行く方なのかはわかりませんが、2人ともお肉が好きなのね……
もちろん青敬でのお話ももうちょっと増やしていきたいし、今ならハマちゃんとのお話なんかもちょいちょいやりつつキャラを固めていきたいのよ
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