2016(04)
■お久し振りにヘイ、タクシー
++++
例によって菜月さんにおつかいを頼んでいた僕は、電話ひとつで彼女を駅まで迎えに出ていた。普段ならそんなことをしようとも思わないんだけど、今日は特別。おつかいを頼んでいたし、これから買い物にも付き合ってもらわなければならない。
ヘイ、タクシー。そんな声が聞こえてきそうな駅のロータリーで、大きな荷物を足元に置いた彼女を拾う。あけましておめでとうございますという挨拶をして、重い割れ物を後部座席の安定した場所に。
「しかし、随分と買い込んできたね」
「年末年始はオードブルの仕事をしてたんだ」
「夏にもやっていた仕事だね」
「それそれ。そんなこんなで若干の余裕があったし、お前が謎に芽依ちゃんから気に入られてるしで援助は得られたんだ」
「お母様によろしくお伝えください」
菜月さんが大量に買い込んできてくれたのは緑風のお酒。夏に買って来てくれたそれが美味しかったので、冬にも頼んだのだ。お金は後払い。菜月さんはサークルの交通費のようにしっかりと領収証を切って来る。宛名は松岡様で。
ただ、今回はそれだけじゃない。明日に村井サンが誕生日を迎えるということで、誕生会ついでの新年会を開催することになっている。幸い翌日は休みだし、しこたまやったって何ら問題がない。そのお酒も調達してもらったという事情。
そもそも、村井サンが日本酒を嗜むようになったのは菜月さんが原因だと言っていい。元々日本酒が飲めなかった村井サンだけど、菜月さんが適当に緑風で買ってきた物を呑んですっかりハマってしまったのだから。
「この梅酒がなかなか手に入らなくてね。僕は酒を買うのに出来れば通販は使いたくない方で」
「出来れば現地で買いたいみたいなことだろ? めんどくさ」
「ん、何か問題があったかい?」
「いや、ないけど」
これから向かうのはこの近くのスーパーだ。明日に向けて僕は角煮を作る予定でいる。今から作り始めないとなかなか味が染みないだろうからね。せっかくだし、菜月さんの希望メニューも聞いてみようか。
「菜月さん、何か食べたいものはあるかい?」
「うち、ぶり大根って食べたことがないんだ」
「……緑風と言えばブリみたいなところがあるんじゃないのかい?」
「うちではやらないんだ。うちじゃブリは刺身か塩焼きで食べることが多いな。日によっては照り焼きで。あっ、素揚げにしたりもするぞ。でもぶり大根は食べたことがないんだ」
「なるほど。でも、こんなところでブリなんて手に入るかな」
「ただのブリじゃないぞ。緑風の寒ブリじゃないと。って言うか、ブリを買うといくらするんだ?」
「菜月さん、相場を知らないのかい?」
「ブリは買うものじゃなくてもらうものだからな。値段は知らないんだ」
インターネットで調べると、養殖物ならふた切れ400円くらいだった。緑風のブランド物(天然)になると、刺身2~3人前が15000円ほど。ふむ、100グラムで2500円。
えっ、これを菜月さんは買うものじゃなくてもらうものだって言ってるのかい? 野坂のヤツを借りると、「意味が分からない」に尽きるじゃないか。
「ぶり大根の作り方も載ってるね。へえ、あらを使うと安く美味しく作れるのか」
「食べてみたい!」
「わかった。きっとあの人たちも好きだろうし、ぶり大根にしようか。そうとなったら材料を探さないと」
「やったー」
「でも、角煮も作らないと。ええと、ゆで卵がいるね。久々にコンロフル稼働だな」
「場合によっては、うちの卓上コンロでも持ってこようか」
「その手があったね。よし、あとで菜月さんの部屋に寄ろうか」
意図せず僕ら3年生が4年生方をもてなす宴となりそうな様相。だけど、こんな風に菜月さんと協力して何かをするということもそうないし、これからはさらに機会が減っていくだろう。先輩方には心置きなく楽しんでもらいたい。相応のお金は取るけど。
「あれっ、そういや圭斗、村井サンて海産物ダメじゃなかったっけ。確かノサカとそんな話で意気投合してた気がする」
「ん、あの人がダメなのは生ものだけだよ。ぶり大根になっていれば大丈夫なはずだ」
「そっか。くそっ、あのヘンクツめ。紛らわしい」
end.
++++
菜月さんが少し早めに向島に戻ってきました。今期の圭斗さんは菜月さんのために車を動かしてあげているような気がするけどお酒を持ってる時だけだなよく考えたら
いつか圭斗さんが回転すしを食べたことのない菜月さんに対して「向島で食べる物じゃないよ」と言っている話がやりたいです
村井サンと言えば、誕生日よりも何よりも卒業は大丈夫なのだろうか……単位と卒論……
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例によって菜月さんにおつかいを頼んでいた僕は、電話ひとつで彼女を駅まで迎えに出ていた。普段ならそんなことをしようとも思わないんだけど、今日は特別。おつかいを頼んでいたし、これから買い物にも付き合ってもらわなければならない。
ヘイ、タクシー。そんな声が聞こえてきそうな駅のロータリーで、大きな荷物を足元に置いた彼女を拾う。あけましておめでとうございますという挨拶をして、重い割れ物を後部座席の安定した場所に。
「しかし、随分と買い込んできたね」
「年末年始はオードブルの仕事をしてたんだ」
「夏にもやっていた仕事だね」
「それそれ。そんなこんなで若干の余裕があったし、お前が謎に芽依ちゃんから気に入られてるしで援助は得られたんだ」
「お母様によろしくお伝えください」
菜月さんが大量に買い込んできてくれたのは緑風のお酒。夏に買って来てくれたそれが美味しかったので、冬にも頼んだのだ。お金は後払い。菜月さんはサークルの交通費のようにしっかりと領収証を切って来る。宛名は松岡様で。
ただ、今回はそれだけじゃない。明日に村井サンが誕生日を迎えるということで、誕生会ついでの新年会を開催することになっている。幸い翌日は休みだし、しこたまやったって何ら問題がない。そのお酒も調達してもらったという事情。
そもそも、村井サンが日本酒を嗜むようになったのは菜月さんが原因だと言っていい。元々日本酒が飲めなかった村井サンだけど、菜月さんが適当に緑風で買ってきた物を呑んですっかりハマってしまったのだから。
「この梅酒がなかなか手に入らなくてね。僕は酒を買うのに出来れば通販は使いたくない方で」
「出来れば現地で買いたいみたいなことだろ? めんどくさ」
「ん、何か問題があったかい?」
「いや、ないけど」
これから向かうのはこの近くのスーパーだ。明日に向けて僕は角煮を作る予定でいる。今から作り始めないとなかなか味が染みないだろうからね。せっかくだし、菜月さんの希望メニューも聞いてみようか。
「菜月さん、何か食べたいものはあるかい?」
「うち、ぶり大根って食べたことがないんだ」
「……緑風と言えばブリみたいなところがあるんじゃないのかい?」
「うちではやらないんだ。うちじゃブリは刺身か塩焼きで食べることが多いな。日によっては照り焼きで。あっ、素揚げにしたりもするぞ。でもぶり大根は食べたことがないんだ」
「なるほど。でも、こんなところでブリなんて手に入るかな」
「ただのブリじゃないぞ。緑風の寒ブリじゃないと。って言うか、ブリを買うといくらするんだ?」
「菜月さん、相場を知らないのかい?」
「ブリは買うものじゃなくてもらうものだからな。値段は知らないんだ」
インターネットで調べると、養殖物ならふた切れ400円くらいだった。緑風のブランド物(天然)になると、刺身2~3人前が15000円ほど。ふむ、100グラムで2500円。
えっ、これを菜月さんは買うものじゃなくてもらうものだって言ってるのかい? 野坂のヤツを借りると、「意味が分からない」に尽きるじゃないか。
「ぶり大根の作り方も載ってるね。へえ、あらを使うと安く美味しく作れるのか」
「食べてみたい!」
「わかった。きっとあの人たちも好きだろうし、ぶり大根にしようか。そうとなったら材料を探さないと」
「やったー」
「でも、角煮も作らないと。ええと、ゆで卵がいるね。久々にコンロフル稼働だな」
「場合によっては、うちの卓上コンロでも持ってこようか」
「その手があったね。よし、あとで菜月さんの部屋に寄ろうか」
意図せず僕ら3年生が4年生方をもてなす宴となりそうな様相。だけど、こんな風に菜月さんと協力して何かをするということもそうないし、これからはさらに機会が減っていくだろう。先輩方には心置きなく楽しんでもらいたい。相応のお金は取るけど。
「あれっ、そういや圭斗、村井サンて海産物ダメじゃなかったっけ。確かノサカとそんな話で意気投合してた気がする」
「ん、あの人がダメなのは生ものだけだよ。ぶり大根になっていれば大丈夫なはずだ」
「そっか。くそっ、あのヘンクツめ。紛らわしい」
end.
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菜月さんが少し早めに向島に戻ってきました。今期の圭斗さんは菜月さんのために車を動かしてあげているような気がするけどお酒を持ってる時だけだなよく考えたら
いつか圭斗さんが回転すしを食べたことのない菜月さんに対して「向島で食べる物じゃないよ」と言っている話がやりたいです
村井サンと言えば、誕生日よりも何よりも卒業は大丈夫なのだろうか……単位と卒論……
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