2016(04)

■状況変わる春のこと

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「朝倉さんって、いつまでここにいる予定なんですか」
「出来る限りいるつもりだけど、3月になると少し怪しいかもね」
「やっぱりそうですよね」

 バイト終わりに事務所でうだうだとしながら気になることを突っついてみる。朝倉さんは4年生で、ここの学生バイトで一番の古株だ。他にもフリーターの人やパートさんもいるけど、朝倉さんが一番頼りになると言って過言ではない。
 だけど、4年生という都合上、どうしてもタイムリミットがつきまとう。卒業して、就職することになっているからバイトだっていつか籍を抜くことになる。送迎会の話なんかもちらほらと始まっているのだ。

「えっと、次は順番的に浅浦くんになるのかな、長いのって」
「歴で言えば、はい、そうですね」
「あれっ、でも教職課程取ってんだっけ」
「そうですね。なのでシフト入る頻度自体は今までより落ちるかもしれないです」
「そっかそっかー、教職大変だもんねー」

 教職課程なんかを取っていると履修のコマ数も減らないし、実習や試験が入ってくるし、誰だよ文系はラクとか言ってた奴は、というような話になってくる。だけど、それは俺が選んだ道だから文句を言っても始まらない。
 俺とは逆に、サークルも引退して自由な時間が増える伊東はシフトに入ることも増えるだろうと見ている。アイツの場合は結婚資金という意味でも割とガチでまとまった金が要るという事情がある。

「でもさー、俺はツイてるよホントに」
「何がですか?」
「ううん、青敬の新校舎のこと。うちの学部も移転対象だから、すごく遠くなるんだよね通学が」
「えっと、星港駅からもうちょい西よりでしたっけ」
「だね。一応市内ではあるんだけど」
「在学中に移転なんかされてたら思うようにバイトも出来なかっただろうし」

 朝倉さんがいる青浪敬愛大学は、星港市内に校舎を新築して、その新校舎に来年度から一部の学部を移転することが決定している。朝倉さんがいる文学部もその移転対象で、後輩たちはバタバタしているとのこと。
 新しい校舎とか。伊東みたくそういうのが好きなミーハーな奴ならともかく、俺は慣れ親しんだ校舎で落ち着いて勉強したいと思うタイプだ。緑大はそういう心配がないと思うけど、資金力がアレだけに夜が明けたら新校舎が立っていてもおかしくない。

「4年生の1年間だけだったらまだ通えるとは思うんだけどね」
「まあ、それくらいであれば確かに」
「俺の1コ下の後輩がさ、ああ、長篠から出てきてる子なんだけど。入院して半年か1年卒業が遅れることになったんだよ」
「それは大変ですね」
「4年には進級するんだけど、通うのが実質2年でしょ? 引っ越すか引っ越さないか結構悩んでるみたくて。今の家に愛着もあるみたいだし。車はあるから通おうと思えば通えるみたいだけど」
「そうですよね。家賃の都合もありますし。それに、入院してたくらいの病気なら、かかりつけの病院という意味でも大変ですよね」
「本当にそれそれ」

 本当に、なかなか上手いことはいかないよねえ。そう言って朝倉さんは深くため息を吐く。新校舎移転という一見華々しいイベントも、角度を変えれば影があるということだろう。

「ホント、どうすんだろ。早くしないとアパートもなくなっちゃうのに」
「そうですよね」
「えっ、て言うか話戻るけどじゃあフラッと覗きに来ても浅浦くんいないかもしれないってこと?」
「ホント急に戻りますね」


end.


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久々に朝倉さん。青敬のお話の方ではたまに千鶴嬢が性格悪いだのなんだのと言っている親戚のお兄さんの朝倉さんですが、バイト先では優しくて頼れる先輩です。
ただ、浅浦クンと朝倉さんの話に見せかけて、主題は青敬の新校舎移転になってしまったような気がしないでもない。何気に3月までこの話引っ張りそうだし。
しかし緑大の資金力よ。いくら緑大の資金力がアレでも一夜にして新校舎が建つなんてことはないんじゃないかね、簡単なオブジェならともかく

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