2018(02)

■普通が良質

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 テストが近くなってくると、情報センターにも課題やレポートに追われた学生が増えてくる。これくらいの時期になってくるとちょっと事務所へと言って休憩しに行く隙も減るし、スタッフの切れ目がないようにしていないといけない。
 オレは今朝の9時から自習室にこもっていた。朝の9時からセンターに来るような奴は基本的に真面目な奴が多い。9時というのは1限の始まる時間で、ロクでもない奴は起きてすらいない時間帯だからだ。

「あの、すみません。ご飯食べてきたいので少し退室していいですか?」

 9時からずっといた男に話しかけられて現在の時刻を確認すれば、1時過ぎ。オレと同時に自習室に入り、それからずっと作業をしていたのだから、そろそろコイツも腹が減ったのだろう。オレも空腹を意識し始めてしまう。
 センターの規約では、20分間に限り手続きなしでの途中退室が認められる。その際、厳密にはスタッフに対する申告などは要らないのだが、言ってくる辺りが真面目だ。まあ、こちらとしても助かるが。

「どうぞ。20分以内に戻らなければ強制退室になります。それと、貴重品の管理は各自でお願いします」
「わかりましたー」
「おーうリン、交代だ。1時間やるから飯でも食って来い」
「ありがとうございます。あ、今出て行ったB-8、途中退室です」
「あいよ」

 自習室に戻ると、川北がA番に入っていた。これでオレは心置きなく飯が食える。とは言え、3限の時間帯になって食堂のピークは過ぎたかもしれないが、食堂に行くのは面倒だ。持参していた菓子パンを食む。

「あっ、林原さんお疲れさまですー」
「ああ。オレは飯を食うぞ」
「どうぞー。あっ、紅茶淹れましょうかー?」
「いや、この時期はいつ何が来るかわからん。お前は受付に専念していろ」
「はーい。あっ、今日何かありましたー? ブラリ案件とか」
「いや、今日は真面目な奴が多いくらいで、放置でも問題ないレベルだな」
「平和ですねー」
「ああ」

 そもそも、今くらいの時期であればまだテスト期間には少し早い。少し早いくらいの段階から課題だのレポートだのをこなしておこうと考える真面目な奴にブラックリストに登録されるような荒れた連中は少ない。
 これがギリギリになってくると切羽詰まって精神的にもピリピリしてくるのか、人口密度に耐えられないのか暴れ回る連中が出てくるのだ。オレはセンター規約に反するような連中は片っ端からブラックリストに突っ込んでいく。
 ブラックリストに登録されると情報センターの利用に制限がかけられるようになる。リストにも程度があって、要注意のC、警告のB、センター利用停止のAの三段階に分けられる。稀に本当にヒドい奴がいるのだ。

「そう言えば、テスト前になるとどんなヒドい人が出てくるんですかー?」
「暴れ回る論外な連中の他には最近はワードやエクセルを使えん奴が普通にいてな。日本語入力の仕方から教えてだな」
「えっ」
「パソコンが動かんと言うから見に行ってみたら、マウスで操作するのではなくディスプレイを一生懸命タッチしていたり」
「ええと……そんなことは本当にあるんですか?」
「言ってしまえばパソコンなど、少し難しい物を作る人間でなければ必要がないからな。これまでパソコンでやっていた最低限の事はスマートフォンでも可能になっている。パソコンに触らなくても生活は出来るのだ。オレやお前には信じ難いがな」

 B番ってそういう人に教える大変さもあるんですねー、と川北は疑いを消しきれないような表情を浮かべている。理工学部建築学科の川北は授業でパソコンを日常的に扱う。だから、最低限の操作が出来ない奴がいるとは思えないのだろう。

「ちょっと、寒気がする話ですね。あったかいお茶が飲みたいです」
「ああ、飲むといい」
「あのー、すみませーん。戻ってきましたー」
「はい、そのままどうぞ」
「はーい」

 さっきのB-8が戻ってきた。まだ15分しか経っていないから、オレの休憩時間はあと45分か。

「あ、大石先輩だ」
「あの真面目な奴はお前の先輩か」
「前にアンツ・フィオーレのクッキーもらったじゃないですか、あの先輩ですよー」
「そんなこともあったな」

 ああ、あのデミサイコパスに利用されたバカお人好しな男か。確かに人が良さそうではあるが真面目でもあったか。

「ああいう奴ばかりならセンター業務も楽になるんだがな」
「先輩はいいタイプの利用者さんなんですねー」
「最低限パソコンを扱えるし、静かだ。それに怒鳴らないし礼儀もある。春山さんは人にブラリが見境がないだの何だのと言うが、利用者側にそうされるだけの原因がある。真面目にやっている奴にはオレだって十分サポートすると言っているのに」
「クレーマーみたいな人が増えてるんですねー」
「普通の奴が優良扱いされるくらいにはな」

 きっとこれから面倒事が増えてくるのだろう。今のうちに平和を謳歌しておかねばならん。その頃にはまとまった休憩すら与えられんだろうからな。


end.


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繁忙期前の情報センターです。どうやらちーちゃんがお勉強をしていた様子。家よりも大学の方が光熱費の節約とかになりそうですね
情報センター(と言うかリン様)的にはちーちゃんのような人畜無害な人ばっかりだといいなあというようなお話。
ミドリは1年生で授業も結構入ってるので、コマが変わるごとにいたりいなかったりするんだろうなあ

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