2016(03)
■Though I wanna escape
++++
「ふーゆのきーっすはー、ゆきーのよーうなくちーどけー」
そんな歌を歌いながら、菜月先輩がチョコレートの袋を破っている。今日は火曜日でこれから始まるのは昼放送のオンエア。先輩のいつものパターンで言うと購買でパンを買って持ってきているはずだけど、何故今このタイミングでチョコレートなのか。いや、いいんだけど。
しかし歌を歌いながらチョコレートを口に含む菜月先輩の可愛さたるや! ああ……いっそ殺せ、殺してくれ。いや、ダメだ。まだ昼放送は回が残っている。今ここで俺が死んでしまうと昼放送はどうなる。一番近いミキサーとして菜月先輩を支える立場にあるのは俺であるべきだ。軽々しく殺せなどと願ってしまった浅はかさだ。
「あの、菜月先輩」
「お前も食べたいのか?」
「ああ……ええと、後でもよろしいですか? 今は手が離せないもので」
そう、今は機材のセッティング中。MDプレイヤーを食堂の機材につなぐという作業の真っ最中。菜月先輩はチョコレートを口に含んでいるから事務所の中ではなく通路から、窓の枠越しに俺の作業を見つめていらっしゃる。いつもとは違う角度で見られるというのもなかなか恥ずかしい。
すると、またカサカサと袋を開ける音がする。菜月先輩、もしかして無性にチョコレートを食べたい周期にでも入られたのだろうか。女子には稀にそんなことがあると言うし、チョコレートにはいろいろな健康効果があるとも言われている。食べ過ぎはよろしくないかもしれないけど少し食べる分には幸せになれるしいいこともあるんだ。
「ノサカ、はい」
「えっ」
「ほら」
目の前には、菜月先輩がつまむ正方形のチョコレート。それが口元に運ばれているということは、そういうことなのだろうか。思い切って口を開けてみると、薄く粉のかかったそれが口の中に放り込まれる。うわあああああ甘いいいいい! 美味しいいいい! 一瞬で溶ける、なくなる! 落ち着け、落ち着け俺。
「どうしたんだ、目が潤んでるぞ。そんなにお腹が空いてたのか」
「え、ええ。そんなところです。チョコレートのもたらす多幸感、そして講義で用いた糖分を補給出来たという充実感が形として目に現れたのではないかと考えられます」
「ノサカ、幸せっていうのはな、そんな言葉や理屈じゃ表現しきれないんだぞ」
「ご尤もです」
事実、多幸感だの講義で使った糖分などというのは言い訳に過ぎない。俺は菜月先輩直々に食べさせてもらったチョコレートの口どけがもたらす幸せをどう表現すればいいのかを知らない。その事象は新しすぎてノサペディアに記述がないのだ。
「それでは、オンエア開始します」
オンエアが始まれば食堂の音量レベルをチェックして、問題がなければそのまま待機するし、問題があれば適切に調整したりして待機することになる。事務所内はダメだけど、通路でなら食事することが出来る。菜月先輩はいつもこの時間を利用して購買で買ってきたパンを召し上がるのだ。
「あの、菜月先輩。どうされたんですか唐突にチョコレートなんて」
「パンを買いに購買に行ったら商品の入れ替えとかで安くなってたんだ。メルティーキッスの箱なんて贅沢品だからな。120円になってたし即買いしたんだ」
「それは買いですね」
「それはそうと、お前は昼ごはんを食べないのか? 3限だってあるのに」
「今日は授業が終わるのがギリギリで用意できませんでした。気合で3限を乗り切るしかなさそうです」
「この時間に買って来るとかすればいいのに」
「ですが、もし機材トラブルなどが起こった場合、対処しなければなりませんし」
「なら、何か買ってこようか」
「いえ、菜月先輩にそんなことはさせられません」
するとどうだ、空気の読めない腹の虫はきゅるきゅると鳴きやがる。いや、きゅるきゅるなんていう可愛げのある声でまだよかったのかもしれない。菜月先輩と目が合って、恥ずかしくてどうしようもないじゃないか。逃げ場だってない。
「あの、菜月先輩。大変申し訳ないのですがチョコレートをもう1粒いただけると助かります」
「ったく、しょうがないな。1つでいいのか?」
そう言って菜月先輩は俺の手にチョコレートを3つよこしてくれた。チョコレートは食べ始めると幸せに貪欲になるから足りなくなるんだぞ、と。ご尤も。俺は最初に味わったあの幻影を追い続けることになるし、それを思い出して脳内からそのような物質を分泌することで己を慰める事しかできないだろうから。
「言っただろ。ミキサーとしての責任も大事だけど、自分の体を大事にしろ。お前はただでさえ大飯喰らいなんだ」
「はい。以後気を付けます」
end.
++++
ノサカがどったんばったんしてるだけのヤツ。ノサカは菜月さんが何かする度にどんがらがっしゃーんってなってるな
たまにチョコレートを食べたいなーって思っても、なかなか手の出ない高級チョコレート(菜月さん比)というのが安くなっていたという幸運らしい。最近のチョコは美味しいけど単価がね
きっとノサカが時間ぎりぎりになってしまったのはヒロが課題教えろだのなんだのと引き留めてたんじゃないかと思ってしまうのがまたなんとも
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「ふーゆのきーっすはー、ゆきーのよーうなくちーどけー」
そんな歌を歌いながら、菜月先輩がチョコレートの袋を破っている。今日は火曜日でこれから始まるのは昼放送のオンエア。先輩のいつものパターンで言うと購買でパンを買って持ってきているはずだけど、何故今このタイミングでチョコレートなのか。いや、いいんだけど。
しかし歌を歌いながらチョコレートを口に含む菜月先輩の可愛さたるや! ああ……いっそ殺せ、殺してくれ。いや、ダメだ。まだ昼放送は回が残っている。今ここで俺が死んでしまうと昼放送はどうなる。一番近いミキサーとして菜月先輩を支える立場にあるのは俺であるべきだ。軽々しく殺せなどと願ってしまった浅はかさだ。
「あの、菜月先輩」
「お前も食べたいのか?」
「ああ……ええと、後でもよろしいですか? 今は手が離せないもので」
そう、今は機材のセッティング中。MDプレイヤーを食堂の機材につなぐという作業の真っ最中。菜月先輩はチョコレートを口に含んでいるから事務所の中ではなく通路から、窓の枠越しに俺の作業を見つめていらっしゃる。いつもとは違う角度で見られるというのもなかなか恥ずかしい。
すると、またカサカサと袋を開ける音がする。菜月先輩、もしかして無性にチョコレートを食べたい周期にでも入られたのだろうか。女子には稀にそんなことがあると言うし、チョコレートにはいろいろな健康効果があるとも言われている。食べ過ぎはよろしくないかもしれないけど少し食べる分には幸せになれるしいいこともあるんだ。
「ノサカ、はい」
「えっ」
「ほら」
目の前には、菜月先輩がつまむ正方形のチョコレート。それが口元に運ばれているということは、そういうことなのだろうか。思い切って口を開けてみると、薄く粉のかかったそれが口の中に放り込まれる。うわあああああ甘いいいいい! 美味しいいいい! 一瞬で溶ける、なくなる! 落ち着け、落ち着け俺。
「どうしたんだ、目が潤んでるぞ。そんなにお腹が空いてたのか」
「え、ええ。そんなところです。チョコレートのもたらす多幸感、そして講義で用いた糖分を補給出来たという充実感が形として目に現れたのではないかと考えられます」
「ノサカ、幸せっていうのはな、そんな言葉や理屈じゃ表現しきれないんだぞ」
「ご尤もです」
事実、多幸感だの講義で使った糖分などというのは言い訳に過ぎない。俺は菜月先輩直々に食べさせてもらったチョコレートの口どけがもたらす幸せをどう表現すればいいのかを知らない。その事象は新しすぎてノサペディアに記述がないのだ。
「それでは、オンエア開始します」
オンエアが始まれば食堂の音量レベルをチェックして、問題がなければそのまま待機するし、問題があれば適切に調整したりして待機することになる。事務所内はダメだけど、通路でなら食事することが出来る。菜月先輩はいつもこの時間を利用して購買で買ってきたパンを召し上がるのだ。
「あの、菜月先輩。どうされたんですか唐突にチョコレートなんて」
「パンを買いに購買に行ったら商品の入れ替えとかで安くなってたんだ。メルティーキッスの箱なんて贅沢品だからな。120円になってたし即買いしたんだ」
「それは買いですね」
「それはそうと、お前は昼ごはんを食べないのか? 3限だってあるのに」
「今日は授業が終わるのがギリギリで用意できませんでした。気合で3限を乗り切るしかなさそうです」
「この時間に買って来るとかすればいいのに」
「ですが、もし機材トラブルなどが起こった場合、対処しなければなりませんし」
「なら、何か買ってこようか」
「いえ、菜月先輩にそんなことはさせられません」
するとどうだ、空気の読めない腹の虫はきゅるきゅると鳴きやがる。いや、きゅるきゅるなんていう可愛げのある声でまだよかったのかもしれない。菜月先輩と目が合って、恥ずかしくてどうしようもないじゃないか。逃げ場だってない。
「あの、菜月先輩。大変申し訳ないのですがチョコレートをもう1粒いただけると助かります」
「ったく、しょうがないな。1つでいいのか?」
そう言って菜月先輩は俺の手にチョコレートを3つよこしてくれた。チョコレートは食べ始めると幸せに貪欲になるから足りなくなるんだぞ、と。ご尤も。俺は最初に味わったあの幻影を追い続けることになるし、それを思い出して脳内からそのような物質を分泌することで己を慰める事しかできないだろうから。
「言っただろ。ミキサーとしての責任も大事だけど、自分の体を大事にしろ。お前はただでさえ大飯喰らいなんだ」
「はい。以後気を付けます」
end.
++++
ノサカがどったんばったんしてるだけのヤツ。ノサカは菜月さんが何かする度にどんがらがっしゃーんってなってるな
たまにチョコレートを食べたいなーって思っても、なかなか手の出ない高級チョコレート(菜月さん比)というのが安くなっていたという幸運らしい。最近のチョコは美味しいけど単価がね
きっとノサカが時間ぎりぎりになってしまったのはヒロが課題教えろだのなんだのと引き留めてたんじゃないかと思ってしまうのがまたなんとも
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