2016(03)
■エキストラエトセトラ
++++
「山口、始めるぞ。洗い物は後でいいから早く来い」
「俺、三井クンには興味ないからやっててもらってい~よ~」
「この際ミッツはどうでもいいから、見るだけ見てモニターしてやってくれ」
「は~い」
画面に食い入る菜月さんをよそに、その答えを知っている僕は余裕のポーズで構えていた。流しから、洗い物の音がする。キュッと蛇口の捻る音がすれば、水も止まって問題が再び動き出す。
今日は星ヶ丘の山口君主催で玉子焼きを食べる会というのが開かれていた。概要は、山口君の焼くいろんな種類の玉子焼きをうまうまして顔を緩ませる菜月さんと、納得の表情を浮かべる朝霞君を眺めて楽しむという会だ。
食べるときには喋らない2人だ。2人とも言葉以上に表情が語るけれど、山口君が玉子焼きの説明を入れてくれるのに誰も反応しないのは申し訳ないなと僕が相槌を打つ担当になっていた。とても美味しかったよ。
玉子焼きが一段落してこれから始まるのは「ムービースターを探せ」という難易度の高い遊びだ。MMPが輩出したムービースター、その出演作のDVDがここ……朝霞君の部屋にあったものだから。
「それじゃ、始めるぞ」
これから上映されるのは、星ヶ丘の映画研究会が大学祭で発表した短編映画。朝霞君の友達が脚本を書いたらしい。先述の通り、三井がエキストラとして邪魔をしていた作品。本人は大層なことを言っていたけれど、実際はどうだったのか。
実のところを言うと、僕はこの作品を定例会終わりに見せてもらっていた。一言で言うと三井の虚言癖を疑わなければならないな、と。三井なりの一種の見栄なのかもしれないけれど。
「あ、始まった」
「どんなお話だろうね~」
「そうだ朝霞」
「ん?」
「うち、こういう作品ってネタバレとか解説がないと話が理解出来ないから適宜解説を入れてくれると嬉しい。あと、感想も端的にしか浮かばないからその都度拾ってくれると」
「わかった」
朝霞君が時折入れてくれる解説はネタバレになりすぎず、それでいて話の内容を理解させるには十分な内容だ。菜月さんも話の流れや演出について自分で考えつつ、朝霞君に確認して導き出すことが出来ている様子。
ただ、短編映画を見るということのそもそもの目的は「ムービースターを探せ」だ。難易度が高いミッションとは言え、話に夢中になって本来の目的を忘れてるんじゃないかい、菜月さん。
「朝霞クン、面白かったよ~。お話に抑揚はあんまりないけど、だからこそ些細な機微がいい味出してるでしょでしょ~」
「うん。うちの好きな雰囲気だ。理由も根拠もわからないけど、何か好きっていう。抽象的で申し訳ないけど」
「いや、大事な感想だ」
「時間も長すぎないから疲れないし。こういうのだったらいろいろ見てみたいけど、映画館じゃなかなか難しいよなあ」
「ミニシアターでやってるようなのならそこまで長すぎないから見やすいと思う。日によっては貸し切りみたいな感じでゆったり出来るし」
「朝霞クン、どさくさに紛れて布教するのはナシでしょ」
ほら、案の定。すっかり本題を忘れていたね。3周目の僕は、三井の出番で1人でくすくす笑っていたのだけど。
「ところで菜月さん、三井は見つけられたかい?」
「いや、いなかっただろ。ムービースターがウザすぎて編集で切られたとかじゃないのか」
「菜月さん、三井は一応いたんだよ」
「ウソだ」
「残念だけど、本当なんだよ。尤も、僕と朝霞君も1回では見つけられなかったから、2回目の再生でコマ送りをしつつ探してやっと見つかったんだけどね。実に面白かったよ」
「面白そうだけど、そこまでして三井を探したくないな」
三井のためなんかに目を凝らしたくないから正解シーンだけ出してくれないか、と菜月さんは朝霞君にネタバレを嘆願した。いや、嘆願と言うには熱心さが足りないね。そして、止められたシーンに映り込むムービースターの姿に、彼女は大笑いした。
顔がはっきりとわかるわけではなく、背の高さや髪の質感で辛うじて三井だと認識出来る程度。文字通りのエキストラなのだ。こんな豆粒のような扱いでムービースターを自称して大きな顔をしていたのか、と涙目になって腹を抱える彼女と言ったら。
「ぎ、議長サンが大笑いしてる…!?」
「山口君、菜月さんはハマれば笑いの閾値はとても低いんだよ。何故か世界のシゲトラがハマってるし」
「鳴尾浜がハマるとか、なっちの感性が気になりすぎる。やはり一度ミニシアターに」
「朝霞クン、どさくさに紛れて洗脳しようとするのはNGでしょでしょ~」
end.
++++
ムービースターを探せのはずが、朝霞Pが隙あらば菜月さんに「映画を見よう!」と布教するだけの人になった件。
玉子焼きを食べる会の詳細についてはこの感じで言うと来年以降になりそうな感じ。来年以降にうまうまさせたい。
そして某ムービースターよりこの映画にはお花屋さんの役でカナコが出ているらしいんだけど、それもやっぱり三井サン同様の豆粒だったのかしら。
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「山口、始めるぞ。洗い物は後でいいから早く来い」
「俺、三井クンには興味ないからやっててもらってい~よ~」
「この際ミッツはどうでもいいから、見るだけ見てモニターしてやってくれ」
「は~い」
画面に食い入る菜月さんをよそに、その答えを知っている僕は余裕のポーズで構えていた。流しから、洗い物の音がする。キュッと蛇口の捻る音がすれば、水も止まって問題が再び動き出す。
今日は星ヶ丘の山口君主催で玉子焼きを食べる会というのが開かれていた。概要は、山口君の焼くいろんな種類の玉子焼きをうまうまして顔を緩ませる菜月さんと、納得の表情を浮かべる朝霞君を眺めて楽しむという会だ。
食べるときには喋らない2人だ。2人とも言葉以上に表情が語るけれど、山口君が玉子焼きの説明を入れてくれるのに誰も反応しないのは申し訳ないなと僕が相槌を打つ担当になっていた。とても美味しかったよ。
玉子焼きが一段落してこれから始まるのは「ムービースターを探せ」という難易度の高い遊びだ。MMPが輩出したムービースター、その出演作のDVDがここ……朝霞君の部屋にあったものだから。
「それじゃ、始めるぞ」
これから上映されるのは、星ヶ丘の映画研究会が大学祭で発表した短編映画。朝霞君の友達が脚本を書いたらしい。先述の通り、三井がエキストラとして邪魔をしていた作品。本人は大層なことを言っていたけれど、実際はどうだったのか。
実のところを言うと、僕はこの作品を定例会終わりに見せてもらっていた。一言で言うと三井の虚言癖を疑わなければならないな、と。三井なりの一種の見栄なのかもしれないけれど。
「あ、始まった」
「どんなお話だろうね~」
「そうだ朝霞」
「ん?」
「うち、こういう作品ってネタバレとか解説がないと話が理解出来ないから適宜解説を入れてくれると嬉しい。あと、感想も端的にしか浮かばないからその都度拾ってくれると」
「わかった」
朝霞君が時折入れてくれる解説はネタバレになりすぎず、それでいて話の内容を理解させるには十分な内容だ。菜月さんも話の流れや演出について自分で考えつつ、朝霞君に確認して導き出すことが出来ている様子。
ただ、短編映画を見るということのそもそもの目的は「ムービースターを探せ」だ。難易度が高いミッションとは言え、話に夢中になって本来の目的を忘れてるんじゃないかい、菜月さん。
「朝霞クン、面白かったよ~。お話に抑揚はあんまりないけど、だからこそ些細な機微がいい味出してるでしょでしょ~」
「うん。うちの好きな雰囲気だ。理由も根拠もわからないけど、何か好きっていう。抽象的で申し訳ないけど」
「いや、大事な感想だ」
「時間も長すぎないから疲れないし。こういうのだったらいろいろ見てみたいけど、映画館じゃなかなか難しいよなあ」
「ミニシアターでやってるようなのならそこまで長すぎないから見やすいと思う。日によっては貸し切りみたいな感じでゆったり出来るし」
「朝霞クン、どさくさに紛れて布教するのはナシでしょ」
ほら、案の定。すっかり本題を忘れていたね。3周目の僕は、三井の出番で1人でくすくす笑っていたのだけど。
「ところで菜月さん、三井は見つけられたかい?」
「いや、いなかっただろ。ムービースターがウザすぎて編集で切られたとかじゃないのか」
「菜月さん、三井は一応いたんだよ」
「ウソだ」
「残念だけど、本当なんだよ。尤も、僕と朝霞君も1回では見つけられなかったから、2回目の再生でコマ送りをしつつ探してやっと見つかったんだけどね。実に面白かったよ」
「面白そうだけど、そこまでして三井を探したくないな」
三井のためなんかに目を凝らしたくないから正解シーンだけ出してくれないか、と菜月さんは朝霞君にネタバレを嘆願した。いや、嘆願と言うには熱心さが足りないね。そして、止められたシーンに映り込むムービースターの姿に、彼女は大笑いした。
顔がはっきりとわかるわけではなく、背の高さや髪の質感で辛うじて三井だと認識出来る程度。文字通りのエキストラなのだ。こんな豆粒のような扱いでムービースターを自称して大きな顔をしていたのか、と涙目になって腹を抱える彼女と言ったら。
「ぎ、議長サンが大笑いしてる…!?」
「山口君、菜月さんはハマれば笑いの閾値はとても低いんだよ。何故か世界のシゲトラがハマってるし」
「鳴尾浜がハマるとか、なっちの感性が気になりすぎる。やはり一度ミニシアターに」
「朝霞クン、どさくさに紛れて洗脳しようとするのはNGでしょでしょ~」
end.
++++
ムービースターを探せのはずが、朝霞Pが隙あらば菜月さんに「映画を見よう!」と布教するだけの人になった件。
玉子焼きを食べる会の詳細についてはこの感じで言うと来年以降になりそうな感じ。来年以降にうまうまさせたい。
そして某ムービースターよりこの映画にはお花屋さんの役でカナコが出ているらしいんだけど、それもやっぱり三井サン同様の豆粒だったのかしら。
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