2018
■朝霞班と名の付く限り
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その電話を受けた朝霞クンの様子に、これは只事じゃないなというのがわかった。ファンタジックフェスタ当日、俺は自分の番組を終えて余裕を持っていたけど、これから番組をやる朝霞クンはいつも以上に本番前の緊張感を漂わせていた。
ステージ本番前のそれとはいくらか質の違う、そして朝霞クンの力ではどうにもならない力が働いているのがピリピリの中にあるそわそわという様子から見て取れた。大丈夫、と朝霞クンに声をかけたとき、電話がかかって来たのだ。
「……そうか、わかった。まあ、命には代えられないからな」
通話を終えて、朝霞クンは大きく息を吐いた。それ以外には微動だにしていない。
「朝霞クン」
「山口、長野が緊急入院したそうだ」
「えっ、長野っちが!? えっ、どうして? 大丈夫なの!?」
「消化器系がやられて深夜に血を吐いたそうだ。今すぐ死ぬとかそういうことではないらしい」
「……死んじゃうとかじゃないならよかったけど。えっ、今の電話ってそういう?」
「もじゃからだ。昨日から一緒にいて、今も病院で長野についてるらしい。で、今日はもう来なくていいと指示した」
朝霞クンが本番前でそわそわしていたのは慣れないラジオのアナウンサーとしての役割もそうだけど、班のミキサーである松江クンが連絡もなく遅れているというところにあった。それで、ようやく入った連絡が今の電話。
スマホをしまってまたひとつ息を吐くと、朝霞クンの顔つきが少し変わった。ようやく状況が動いて、今の自分がやるべきことをまとめているのだと思う。番組まではあと45分ほど。対策を練る時間はありそうだ。
「朝霞クン、ミキサーいなくてどうするの?」
「ミキサーはこーたがいるから大丈夫だ。とりあえず、もじゃが来れなくなったことを圭斗に報告した上で残る班員と打ち合わせをして、構成を変えるなら変える、強行するなら強行するで決断をしなくちゃいけない。どっちにしても、俺は果林とこーたが一番動きやすいように配慮しながらだな」
星ヶ丘の、と言うか俺と朝霞クンが班長を務める班にはラジオに強い子を入れてくれというワガママを通してある。現に、朝霞クンの班にいる2年生は緑ヶ丘の果林ちゃんに向島のこーたクンていう、それはもう実力のある子たち。
言っちゃえばこういうアクシデントに見舞われて一番対処しにくいのはラジオに不慣れで、なおかつ普段からマイクの前で話すことのない朝霞クンだ。なのに朝霞クンは班長としての責任で、定例会や班員への対応を最優先にしている。
「悪いな山口」
「ううん。でも、朝霞クンは大丈夫なの? 班の子たちは実力のある子たちだし、自主性に任せてもいいんじゃない?」
「まあ、実力を言われたら俺が一番下手なのには違いないけど、それでも番組の変更点に関してはみんなで共有しておかなくちゃいけない」
「ごめん、愚問だったね」
「一応俺の名を冠する班である以上、班員の動揺をどう最小限に抑えて、どう対応するのか考えるのは俺の仕事だ。どんなトラブルがあっても、それが理由でパフォーマンスが低下するのは避けたい。お前がいなかったから俺たちも力を出せなかったなんて言われたらもじゃもいい気はしないだろ。出来ることをギリギリまでやらないといけないんだ」
――という話は、今の朝霞クンがファンフェスの朝霞班班長だからこそ聞けたような気がした。これが星ヶ丘放送部の朝霞班班長なら、果たして班員にそんな話をしてくれていたのかな、と。朝霞クンはいつだって班員を優先してくれている。悪く言えば責任を全部1人で抱え込む。それは知ってたけど、話をちゃんと聞いたことはなかったから。
ああ、この人は根っからの班長なんだなって。いつだって自分1人のことよりも班員や組織のことを優先に考えて、その時点で採りうる最善の策を考え続けているんだ。それで、どうやったら自分たちの作品を最大限に表現出来るかということに、極限まで向き合っている。
「そういうことだから悪い山口、声かけてくれたのに。これから報告と打ち合わせに行かないと」
「ううん。あ、番組終わったらさ、ちょっと時間いい?」
「いいけど、どうした?」
「えっと~、長野っちのこととか、来週に入ってからのこととか、いろいろ話したくて」
「わかった。じゃあ、後でな」
そう言ってやるべきことに向かって行く朝霞クンの背中を他人事のように見るのは不思議な気分だった。だけど、ファンフェスだろうと部活だろうと“朝霞班”の本質が変わることはない。一度別の視点から見て思う。俺はこれからもこの人について行くんだな、ううん、支えていかなきゃなって。
end.
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短編の「真夜中の交差点」でもじゃが朝霞Pに電話をしていたのですが、それを受けた朝霞Pサイドの話はやってないなあと
ファンフェス朝霞班としての朝霞Pはインターフェイス仕様のロイさんなのでちょっと態度も軟化しているようですね
そして山口洋平さん。「消さないネガティブ」の件もありありで、ここから頑張ろうという意志を固めたのかな。
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その電話を受けた朝霞クンの様子に、これは只事じゃないなというのがわかった。ファンタジックフェスタ当日、俺は自分の番組を終えて余裕を持っていたけど、これから番組をやる朝霞クンはいつも以上に本番前の緊張感を漂わせていた。
ステージ本番前のそれとはいくらか質の違う、そして朝霞クンの力ではどうにもならない力が働いているのがピリピリの中にあるそわそわという様子から見て取れた。大丈夫、と朝霞クンに声をかけたとき、電話がかかって来たのだ。
「……そうか、わかった。まあ、命には代えられないからな」
通話を終えて、朝霞クンは大きく息を吐いた。それ以外には微動だにしていない。
「朝霞クン」
「山口、長野が緊急入院したそうだ」
「えっ、長野っちが!? えっ、どうして? 大丈夫なの!?」
「消化器系がやられて深夜に血を吐いたそうだ。今すぐ死ぬとかそういうことではないらしい」
「……死んじゃうとかじゃないならよかったけど。えっ、今の電話ってそういう?」
「もじゃからだ。昨日から一緒にいて、今も病院で長野についてるらしい。で、今日はもう来なくていいと指示した」
朝霞クンが本番前でそわそわしていたのは慣れないラジオのアナウンサーとしての役割もそうだけど、班のミキサーである松江クンが連絡もなく遅れているというところにあった。それで、ようやく入った連絡が今の電話。
スマホをしまってまたひとつ息を吐くと、朝霞クンの顔つきが少し変わった。ようやく状況が動いて、今の自分がやるべきことをまとめているのだと思う。番組まではあと45分ほど。対策を練る時間はありそうだ。
「朝霞クン、ミキサーいなくてどうするの?」
「ミキサーはこーたがいるから大丈夫だ。とりあえず、もじゃが来れなくなったことを圭斗に報告した上で残る班員と打ち合わせをして、構成を変えるなら変える、強行するなら強行するで決断をしなくちゃいけない。どっちにしても、俺は果林とこーたが一番動きやすいように配慮しながらだな」
星ヶ丘の、と言うか俺と朝霞クンが班長を務める班にはラジオに強い子を入れてくれというワガママを通してある。現に、朝霞クンの班にいる2年生は緑ヶ丘の果林ちゃんに向島のこーたクンていう、それはもう実力のある子たち。
言っちゃえばこういうアクシデントに見舞われて一番対処しにくいのはラジオに不慣れで、なおかつ普段からマイクの前で話すことのない朝霞クンだ。なのに朝霞クンは班長としての責任で、定例会や班員への対応を最優先にしている。
「悪いな山口」
「ううん。でも、朝霞クンは大丈夫なの? 班の子たちは実力のある子たちだし、自主性に任せてもいいんじゃない?」
「まあ、実力を言われたら俺が一番下手なのには違いないけど、それでも番組の変更点に関してはみんなで共有しておかなくちゃいけない」
「ごめん、愚問だったね」
「一応俺の名を冠する班である以上、班員の動揺をどう最小限に抑えて、どう対応するのか考えるのは俺の仕事だ。どんなトラブルがあっても、それが理由でパフォーマンスが低下するのは避けたい。お前がいなかったから俺たちも力を出せなかったなんて言われたらもじゃもいい気はしないだろ。出来ることをギリギリまでやらないといけないんだ」
――という話は、今の朝霞クンがファンフェスの朝霞班班長だからこそ聞けたような気がした。これが星ヶ丘放送部の朝霞班班長なら、果たして班員にそんな話をしてくれていたのかな、と。朝霞クンはいつだって班員を優先してくれている。悪く言えば責任を全部1人で抱え込む。それは知ってたけど、話をちゃんと聞いたことはなかったから。
ああ、この人は根っからの班長なんだなって。いつだって自分1人のことよりも班員や組織のことを優先に考えて、その時点で採りうる最善の策を考え続けているんだ。それで、どうやったら自分たちの作品を最大限に表現出来るかということに、極限まで向き合っている。
「そういうことだから悪い山口、声かけてくれたのに。これから報告と打ち合わせに行かないと」
「ううん。あ、番組終わったらさ、ちょっと時間いい?」
「いいけど、どうした?」
「えっと~、長野っちのこととか、来週に入ってからのこととか、いろいろ話したくて」
「わかった。じゃあ、後でな」
そう言ってやるべきことに向かって行く朝霞クンの背中を他人事のように見るのは不思議な気分だった。だけど、ファンフェスだろうと部活だろうと“朝霞班”の本質が変わることはない。一度別の視点から見て思う。俺はこれからもこの人について行くんだな、ううん、支えていかなきゃなって。
end.
++++
短編の「真夜中の交差点」でもじゃが朝霞Pに電話をしていたのですが、それを受けた朝霞Pサイドの話はやってないなあと
ファンフェス朝霞班としての朝霞Pはインターフェイス仕様のロイさんなのでちょっと態度も軟化しているようですね
そして山口洋平さん。「消さないネガティブ」の件もありありで、ここから頑張ろうという意志を固めたのかな。
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