2018(02)
■班異動届の壁
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星ヶ丘大学放送部は夏の一大イベント、丸の池ステージに向けて動いていた。丸の池公園にある野外ステージを2日間借り切って行われるこのステージは、ウチの部にとって言わずもがな最大のイベントだ。
俺たち朝霞班にも(メグちゃんのおかげで)無事に1時間×2日分の枠がもらえた。朝霞クンも台本を日々修正しながらも練習が出来るくらいには書いてくれているし、本格的に練習を始めていた。
7月だし、すっかり夏模様。熱中症とかをやらないように注意しながらだね。帽子をかぶったり、水分や塩分を補給したり。外のステージだから、外で練習して身体を少しずつ慣らしていかないと最悪死んじゃうからね。
「おい山口、次の練習行くぞ」
「は~い! 今行きま~す!」
パタパタと朝霞クンの呼ぶ方へ駆けていこうとしたそのときだった。
「おい、洋平」
突然部長の日高に声をかけられた。これにはさすがに身構える。日高は俺たち朝霞班に対して日常的に嫌がらせをしてくるから。身長差の関係もあるけど俺を見上げる三白眼がこう、ね。
「部長~、ど~したの~?」
「タオルを落としたぞ。ほら」
「えっ? あっ、ホントだ~、ありがと~」
「ったく、持ち物の管理には気をつけろ」
「ゴメ~ン、気をつけま~す」
それだけ言って去っていったものだから、逆に拍子抜けしちゃったよネ。見た感じタオルに何が仕込まれているということもなさそうだし。まさか純粋な日高の善意? だとしても逆に気色悪いでしょでしょ~、何か悪いものでも食べた?
――ということを朝霞クンに追いついて話せば、朝霞クンもつばちゃんも鳥肌を立てて大袈裟に寒がる素振りを。まあ、気持ちはわかるけどネ。ゲンゴローはまだそういう暗部を知らないみたいだからきょとんとしてるけど。
「うわっ、キモっ! 洋平お前何なの?」
「あの日高から毒気を抜かせるとか、只事じゃないな。裏があるかもしれない。戸田、警戒を強めよう」
「だね、そうしよう」
朝霞クンは日高から敵視されているし、つばちゃんも幹部に楯突いた経歴があるから日高たち幹部からすれば不穏分子。日高からすれば敵とも言える存在だけど、どうやら俺は違うらしかった。
俺は個人的に日高から声をかけられて調子はどうだと聞かれたり、日高班に来ないかとよく誘われたりしていた。当然断ってるけど。俺の名前が書かれている班異動届を見せられたこともある。
「えっ、何それ。あとはハンコ押すだけの婚姻届じゃねーか」
「押さないよ!? 俺は朝霞クン一筋! 俺を動かせるPは朝霞クンだけ!」
「でも考えてみろよ洋平、班異動届って本人と異動元班長、それから異動先班長のハンコ要るじゃんか」
「つばちゃん物知り~」
「いや、それくらい知ってるだろ」
「すみませ~ん」
「これさ、やりようによっては知らないうちに勝手に洋平を引き抜かれてるとかもあるってことじゃんな」
そう、ちゃんとしてるようで何気に欠陥システムなんだよね~。抜け道が山ほどあるある~。特に「山口」なんてよくある名前のハンコは百均でも買えちゃうし、つばちゃんの懸念はご尤も。だけど、それをされてない理由は2つほど思いつく。
「まあ、“朝霞”というハンコを探す気力または作る執念があればの話だな」
「そっか、朝霞って珍名の部類だよね」
「珍しい名字であることには違いないな。仮に身内以外の朝霞さんがいれば一族かどうかを疑うし、ハンコは有る物を探すんじゃなくてそもそもが作る物だ」
「はー、戸田にはない苦労だわ」
「山口も苦労しないでしょでしょ~」
「源は作った方が早いこともありますね」
俺たちには馴染んじゃってるけど、一般的には確かに珍しい“朝霞”さんだ。ハンコもそう簡単には入手出来ないだろうね。百均にはまずないし、専門店にもデフォルトではないだろうから。
「でも連中は朝霞サンを陥れるためなら作るって」
「大丈夫。怪しい書類は宇部Pが絶対通さないでしょでしょ~」
「信用出来んの? 部長が通せっつったら通すだろ。幹部だって首は惜しいに決まってる」
「そもそも異動届の記名は当該者の直筆である必要があるでしょ? “山口洋平”ならともかく“朝霞薫”なんて画数多くて難しい名前、日高には書けないからすぐバレるよ~」
「えっ、そこまでのバカなの? クズだとは知ってるけど」
「1年の必修を今まで落とし続けてる程度にはな」
「そもそも筆跡が全然違うからね~。朝霞クンの字はキレイだし~。日高は朝霞薫って字を見るのも嫌なくらいなのに書くなんて不可能だよね~」
「アレルギーかよ」
「みたいな物だネ、生理的に受け付けないなら」
敵視されていないとか一方的にではあるけど好意を抱かれていることには悪い気はしない。だけど、だからって日高班に行きたいかと聞かれると、絶対行きたくはない。日高班でまともなステージが出来る気もしないし、前述の通り俺を動かせるPは朝霞クンだけだから。俺にはここで朝霞クンのやりたいことを実現させるという責任がある。立場とかジャないんだよね~。
「さ、練習の続きだ。持ち物の管理は徹底しよう」
「は~い」
end.
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ステージスター・山口洋平さんは魔性なんだぞ! 今回の日高は毒気のない純粋な善意を披露して去っていきました。
朝霞というハンコはそうそうないだろうなと。某映画の関係でハンコがバカ売れしたという話もありましたね
確かに山口洋平と比較すると朝霞薫という名前の画数の多さと難しさよ……戸田つばめにもない苦労ですね
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星ヶ丘大学放送部は夏の一大イベント、丸の池ステージに向けて動いていた。丸の池公園にある野外ステージを2日間借り切って行われるこのステージは、ウチの部にとって言わずもがな最大のイベントだ。
俺たち朝霞班にも(メグちゃんのおかげで)無事に1時間×2日分の枠がもらえた。朝霞クンも台本を日々修正しながらも練習が出来るくらいには書いてくれているし、本格的に練習を始めていた。
7月だし、すっかり夏模様。熱中症とかをやらないように注意しながらだね。帽子をかぶったり、水分や塩分を補給したり。外のステージだから、外で練習して身体を少しずつ慣らしていかないと最悪死んじゃうからね。
「おい山口、次の練習行くぞ」
「は~い! 今行きま~す!」
パタパタと朝霞クンの呼ぶ方へ駆けていこうとしたそのときだった。
「おい、洋平」
突然部長の日高に声をかけられた。これにはさすがに身構える。日高は俺たち朝霞班に対して日常的に嫌がらせをしてくるから。身長差の関係もあるけど俺を見上げる三白眼がこう、ね。
「部長~、ど~したの~?」
「タオルを落としたぞ。ほら」
「えっ? あっ、ホントだ~、ありがと~」
「ったく、持ち物の管理には気をつけろ」
「ゴメ~ン、気をつけま~す」
それだけ言って去っていったものだから、逆に拍子抜けしちゃったよネ。見た感じタオルに何が仕込まれているということもなさそうだし。まさか純粋な日高の善意? だとしても逆に気色悪いでしょでしょ~、何か悪いものでも食べた?
――ということを朝霞クンに追いついて話せば、朝霞クンもつばちゃんも鳥肌を立てて大袈裟に寒がる素振りを。まあ、気持ちはわかるけどネ。ゲンゴローはまだそういう暗部を知らないみたいだからきょとんとしてるけど。
「うわっ、キモっ! 洋平お前何なの?」
「あの日高から毒気を抜かせるとか、只事じゃないな。裏があるかもしれない。戸田、警戒を強めよう」
「だね、そうしよう」
朝霞クンは日高から敵視されているし、つばちゃんも幹部に楯突いた経歴があるから日高たち幹部からすれば不穏分子。日高からすれば敵とも言える存在だけど、どうやら俺は違うらしかった。
俺は個人的に日高から声をかけられて調子はどうだと聞かれたり、日高班に来ないかとよく誘われたりしていた。当然断ってるけど。俺の名前が書かれている班異動届を見せられたこともある。
「えっ、何それ。あとはハンコ押すだけの婚姻届じゃねーか」
「押さないよ!? 俺は朝霞クン一筋! 俺を動かせるPは朝霞クンだけ!」
「でも考えてみろよ洋平、班異動届って本人と異動元班長、それから異動先班長のハンコ要るじゃんか」
「つばちゃん物知り~」
「いや、それくらい知ってるだろ」
「すみませ~ん」
「これさ、やりようによっては知らないうちに勝手に洋平を引き抜かれてるとかもあるってことじゃんな」
そう、ちゃんとしてるようで何気に欠陥システムなんだよね~。抜け道が山ほどあるある~。特に「山口」なんてよくある名前のハンコは百均でも買えちゃうし、つばちゃんの懸念はご尤も。だけど、それをされてない理由は2つほど思いつく。
「まあ、“朝霞”というハンコを探す気力または作る執念があればの話だな」
「そっか、朝霞って珍名の部類だよね」
「珍しい名字であることには違いないな。仮に身内以外の朝霞さんがいれば一族かどうかを疑うし、ハンコは有る物を探すんじゃなくてそもそもが作る物だ」
「はー、戸田にはない苦労だわ」
「山口も苦労しないでしょでしょ~」
「源は作った方が早いこともありますね」
俺たちには馴染んじゃってるけど、一般的には確かに珍しい“朝霞”さんだ。ハンコもそう簡単には入手出来ないだろうね。百均にはまずないし、専門店にもデフォルトではないだろうから。
「でも連中は朝霞サンを陥れるためなら作るって」
「大丈夫。怪しい書類は宇部Pが絶対通さないでしょでしょ~」
「信用出来んの? 部長が通せっつったら通すだろ。幹部だって首は惜しいに決まってる」
「そもそも異動届の記名は当該者の直筆である必要があるでしょ? “山口洋平”ならともかく“朝霞薫”なんて画数多くて難しい名前、日高には書けないからすぐバレるよ~」
「えっ、そこまでのバカなの? クズだとは知ってるけど」
「1年の必修を今まで落とし続けてる程度にはな」
「そもそも筆跡が全然違うからね~。朝霞クンの字はキレイだし~。日高は朝霞薫って字を見るのも嫌なくらいなのに書くなんて不可能だよね~」
「アレルギーかよ」
「みたいな物だネ、生理的に受け付けないなら」
敵視されていないとか一方的にではあるけど好意を抱かれていることには悪い気はしない。だけど、だからって日高班に行きたいかと聞かれると、絶対行きたくはない。日高班でまともなステージが出来る気もしないし、前述の通り俺を動かせるPは朝霞クンだけだから。俺にはここで朝霞クンのやりたいことを実現させるという責任がある。立場とかジャないんだよね~。
「さ、練習の続きだ。持ち物の管理は徹底しよう」
「は~い」
end.
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ステージスター・山口洋平さんは魔性なんだぞ! 今回の日高は毒気のない純粋な善意を披露して去っていきました。
朝霞というハンコはそうそうないだろうなと。某映画の関係でハンコがバカ売れしたという話もありましたね
確かに山口洋平と比較すると朝霞薫という名前の画数の多さと難しさよ……戸田つばめにもない苦労ですね
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