2018(02)

■ワーニン・ワーキン

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「ふー、疲れた。たまに大きな買い物と仕事をするとしんどいな」
「……徹が、買い物…?」
「ああちょっと、備えを」

 一仕事終えたという様子で徹がゼミ室に戻って来た。席に着くなり麦茶で一息。それも、大きな買い物、と。徹が買い物と言うと、漫画とかゲームとか、そういう物を想像するけど、この日の買い物内容はどうやら違う様子。

「備え…?」
「最近地震とか豪雨災害が多いし、向島もいつ何が起こるかわからないだろ。防災グッズを揃えたんだ」
「確かに……備えは必要……」
「それで、沙也の部屋に非常用持ち出しリュックとヘルメットとスニーカー、それから懐中電灯を置いて家具を固定したついでに家の防災用品の点検をして」

 ――と饒舌に語る徹に、思わず私とリンの声が揃っていた。順序が逆では、と。徹は重度のシスコンだから家より沙也ちゃんというのはわからないでもないけれど、それでも家全体の対策をすれば沙也ちゃんも守られるし、自分も生き延びられるのに、と。
 だけど徹にはそんなことはどうでもよく、とにもかくにも沙也ちゃんの命が大事。だから家や自分よりも沙也ちゃんを重点的に。他の家族は大人だし、備えもその気になれば自分で出来る。沙也ちゃんはまだ中学生の女の子だから。

「しかし、よくもまあ妹にそこまでするな」
「は? 防災への備えは必要だろうが」
「それを否定はせん。そんなところででも妹を最優先にするのかと呆れているだけだ」
「一番生き残る力がないのは沙也だからな。重点的に守って何の問題がある」
「しかし、お前が“守る”などという単語を使うことには違和感しかないな」

 沙也ちゃんに対する物であるならさほど違和感はないけれど、確かに徹が守ると言うと……うん、何も言わないでおこう。そもそも、徹は結構な個人主義みたいなところがあるようにも見える。自分は自分、人は人。それが仮に防災対策であったとしても、個人プレーで済ませるというイメージがある。
 仮に家族であろうとも他人は他人。好きにすればいいし自分も好きにしたいというスタンス。サークルでもそういう傾向がとても顕著に現れていた。その結果の半幽霊部員化なのだけど。徹は「1人はみんなのために、みんなは1人のために」とか「連帯責任」という言葉が私の知る中で最も似合わない。

「今日1日で、徹自身の備えは…?」
「俺はデータのバックアップを取ったりした」
「物よりデータか。まあ、わからんでもないが」
「バックアップの作業を溜めてるとデバイスとクラウドに放り込むだけでも一苦労なんだぞ」
「だから、それに関してはわからんでもないとは言っとるだろう」
「他には…?」
「……モバイルチャージャーを買ったり…?」
「それよりお前は死んだ後のことを考えた方がいいのではないか。広く公には出せん物の処理をな」
「そんなものはとっくに対応済みだ」
「尤も、とうに頒布された物の扱いに関しては知らんがな」
「残念だったな、俺はまだ成人向けの本は作ってないんだ」

 徹がドヤ顔をしているけれど、そんな顔をして言うことではないんじゃないかな、と思う……。ただ、同人関係のことは私にはよくわからないから、深く首を突っ込まない。この2人、時々私の存在を忘れて成人向けコンテンツの話を始めるところがあるから……。

「それはそうと、美奈だって災害に対する対策は必要だろう」
「私…? 最低限は考えている、つもりだけど……」
「それでなくたって福井家にはマリーがいるんだぞ。あの他人には懐かない白い悪魔を連れて避難することになったらどうする」
「あ……確かに……」

 人の家の猫を白い悪魔だなんて大層な言い様だけど、マリーはとにかくよその人には懐かないし、徹は顔を合わせる度に引っ掻き傷を作るから、悪魔と呼ばれても強ち大袈裟ではなかったのかもしれない。

「ツイッターでも地震に驚いて飛び出して行った猫のツイートがこれでもかと流れて来たし」
「……マリーがそこまで機敏に動くとは思えない、けれど……」
「俺を引っ掻くときはこれ以上ないくらいに機敏だけど」
「その件は、ごめん……」

 何にせよ、備えは必要。私は一体何を重点的に考えたらいいだろう。マリーのことまでは確かに手が回っていなかったと思うから、その辺のことも調べつつになるのかな……。


end.


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イシカー兄さんが妹を守るための大仕事をしていたようです。ちなみに、全部実費だよ!
いざ災害が起きたときの備えはきっとちょこちょこ考える機会にはありそうな向島エリア。果たして生き延びることは出来るか。
福井家の愛猫、マリーは2才のペルシャ猫。他人にはとにかく懐きません。例外が石川妹ちゃんとリン様である。

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