2018(02)
■腹を割りたい腹の中
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鍵の貸し出し帳簿にその人の名前があったから、どうせまーたロクでもないことをしてるんだろうと思っていた。それで、本当にロクでもないことならいつものように「帰れ」と一言吐いて、圭斗テメー以下略という件をやるものだと。
ところがどっこい、僕の予想は大きく裏切られた。確かにこの部屋の鍵を借りた人――村井サンの姿があったのだけど、それについてきたお方だ。麻里さんとは違う、凄い人というオーラだ。一言で言うなら大先輩。
「やあ圭斗、来たね」
「ダイさん! お久し振りです。今日はどうされたんですか?」
「ちょうど時間があったからさ、マーと遊んでたの。で、こないだステーキ食べに行ったそうじゃん。マーと麻里と」
「ああ、聞いていらしたんですね」
「俺もステーキ行きたかった~! で、4年生がサークルに遊びに来ていいなら俺もいいでしょ?」
「もちろん。ダイさんであればいつでも歓迎しますよ」
背丈は180ほどでガタイが良く、立てられた短い髪は程よい濡れ感。シルバーフレームのメガネがよく似合うこのお方はMMPのOB、水沢祐大さん。通称ダイさん。僕や菜月さんから見れば3つ上の先輩で、僕たちが1年の頃には既にサークルを引退されていた。
ダイさんは麻里さんとお付き合いをされていて、その関係があるからかMMPやインターフェイスのことに関してはある程度事情通だ。初心者講習会にまつわる裏事情なんかも握っているとかいないとか。
その正体は、春から秋はショップで通信端末を売るお兄さんでありながら単発のDJや司会業で食い繋ぎ、麻里さんの尻に敷かれるヒモキャラ。しかし冬はスキー場でDJを務めるラジオパーソナリティーだ。ただ、本人曰くセミプロだそうです。
「何か、初心者講習会が大変だったみたいじゃん」
「現場は本当に大変だったようで」
「馬場ちゃんが「結局講習会って本当にあったの?」って言っててさ」
「三井の言っていたプロの人というのは噂に聞く馬場さんだったんですね」
「そうだね」
「その節は三井が本当に申し訳ありませんでしたと馬場さんにお伝えください。MMP代表会計、向島インターフェイス放送委員会議長として謝罪します」
そしてここでひとつ思い立つ。初心者講習会、と言うか対策委員の事情だ。一連の流れで一番大変だったのは間違いなく対策委員の議長である野坂だろう。現場でも大学でも三井の相手をしながらバタバタ走り回っていたのだから。
だけど、野坂は僕や菜月さんが「大丈夫か」とか「何かあれば言うんだよ」と言っても「大丈夫です」とか「先輩方にご迷惑を掛けるわけにはいきませんので」の一点張りだ。元々溜め込む方ではあるのが、初心者講習会を経てより腹を割らなくなったと言うか。
「ところでダイさん、現場の声に興味はありませんか?」
「現場の声?」
「はい。僕も一応講習会には顔を出していたのですが、そのことについて聞くならやはりそこは対策委員の議長かと。菜月さんにも声を掛けますので、食事でもしながら話す機会を設けませんか」
「いいねえ、菜月とも話したかったんだよ。だけど、ただご飯を食べるだけじゃないんでしょ?」
「もちろん」
「圭斗お前、ダイさんを利用しようってか」
「おじちゃんは黙っててもらえますか」
「はいはい、黙りますよー」
なんなら、現場の声は定例会議長にもなかなか伝わってこない。と言うか一番近いところにいる議長がああなものだから、一方的に心配をするだけになっているという現状だ。僕は何とかして野坂の腹を割りたい。
「で、俺は何をすればいい?」
「2年生に野坂という男がいます。対策委員の議長で、初心者講習会でも頑張っていました。ただ、講習会を経て己の無力を嘆いたのか、それとも僕や菜月さんに惑わされたのか……僕たちに対する態度が変わりました。偶像崇拝というのが適しているかもしれません」
「まあ、それだけ三井に追い詰められてたんだろうな」
「ダイさんとは面識がないはずなので、僕や菜月さんに対するよりも気楽に、村井サンや麻里さんに対するより警戒もなく心の内を話せるのではないかと。思いや考えは口に出したり言語化することでまとまることもあります。内に秘めてばかりでは焦げ付きますから」
「なるほどね。よし! 一肌脱ぎましょう」
「ありがとうございます」
日付の調整をすれば、ちょうど土曜日にぶち当たった。土曜日なら菜月さんと野坂に昼放送の収録をしているし、菜月さんには夜の予定を入れさせないようにしよう。それは事情を説明すればどうにでもなる。果たしてどうなるか。
「どこの店で話そうかね」
「ダイさん俺肉食いたいっすわ。ミートワンにしましょ」
「マーお前こないだ良い肉食ったっしょ!? でも俺も肉食べたいからミートワンにしよう。圭斗、それでいいよね」
「現役はダイさんの選択に従います」
「若い子と会うの楽しみだねえ」
「ダイさんとお会い出来れば菜月さんもきっと喜びますよ」
「あっ圭斗、今度ドでかいの仕込んでサークル遊びに行くから」
「お前は来るな」
「圭斗テメー! それが先輩に対する態度かー!」
end.
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短編の「邪魔者は腹の中にいる」に通じる大先輩回。いつもの件は不発に終わるかと思いきや。
ノサカの変化にはやはり気付いていた圭斗さん。定例会議長として、純粋に先輩として(?)ノサカの腹を割りたい様子。
そんでこの夏に肉をガッツリ食べようとする辺りはさすが。現時点では圭斗さんもまだバテていないので肉を食べるぞ!
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鍵の貸し出し帳簿にその人の名前があったから、どうせまーたロクでもないことをしてるんだろうと思っていた。それで、本当にロクでもないことならいつものように「帰れ」と一言吐いて、圭斗テメー以下略という件をやるものだと。
ところがどっこい、僕の予想は大きく裏切られた。確かにこの部屋の鍵を借りた人――村井サンの姿があったのだけど、それについてきたお方だ。麻里さんとは違う、凄い人というオーラだ。一言で言うなら大先輩。
「やあ圭斗、来たね」
「ダイさん! お久し振りです。今日はどうされたんですか?」
「ちょうど時間があったからさ、マーと遊んでたの。で、こないだステーキ食べに行ったそうじゃん。マーと麻里と」
「ああ、聞いていらしたんですね」
「俺もステーキ行きたかった~! で、4年生がサークルに遊びに来ていいなら俺もいいでしょ?」
「もちろん。ダイさんであればいつでも歓迎しますよ」
背丈は180ほどでガタイが良く、立てられた短い髪は程よい濡れ感。シルバーフレームのメガネがよく似合うこのお方はMMPのOB、水沢祐大さん。通称ダイさん。僕や菜月さんから見れば3つ上の先輩で、僕たちが1年の頃には既にサークルを引退されていた。
ダイさんは麻里さんとお付き合いをされていて、その関係があるからかMMPやインターフェイスのことに関してはある程度事情通だ。初心者講習会にまつわる裏事情なんかも握っているとかいないとか。
その正体は、春から秋はショップで通信端末を売るお兄さんでありながら単発のDJや司会業で食い繋ぎ、麻里さんの尻に敷かれるヒモキャラ。しかし冬はスキー場でDJを務めるラジオパーソナリティーだ。ただ、本人曰くセミプロだそうです。
「何か、初心者講習会が大変だったみたいじゃん」
「現場は本当に大変だったようで」
「馬場ちゃんが「結局講習会って本当にあったの?」って言っててさ」
「三井の言っていたプロの人というのは噂に聞く馬場さんだったんですね」
「そうだね」
「その節は三井が本当に申し訳ありませんでしたと馬場さんにお伝えください。MMP代表会計、向島インターフェイス放送委員会議長として謝罪します」
そしてここでひとつ思い立つ。初心者講習会、と言うか対策委員の事情だ。一連の流れで一番大変だったのは間違いなく対策委員の議長である野坂だろう。現場でも大学でも三井の相手をしながらバタバタ走り回っていたのだから。
だけど、野坂は僕や菜月さんが「大丈夫か」とか「何かあれば言うんだよ」と言っても「大丈夫です」とか「先輩方にご迷惑を掛けるわけにはいきませんので」の一点張りだ。元々溜め込む方ではあるのが、初心者講習会を経てより腹を割らなくなったと言うか。
「ところでダイさん、現場の声に興味はありませんか?」
「現場の声?」
「はい。僕も一応講習会には顔を出していたのですが、そのことについて聞くならやはりそこは対策委員の議長かと。菜月さんにも声を掛けますので、食事でもしながら話す機会を設けませんか」
「いいねえ、菜月とも話したかったんだよ。だけど、ただご飯を食べるだけじゃないんでしょ?」
「もちろん」
「圭斗お前、ダイさんを利用しようってか」
「おじちゃんは黙っててもらえますか」
「はいはい、黙りますよー」
なんなら、現場の声は定例会議長にもなかなか伝わってこない。と言うか一番近いところにいる議長がああなものだから、一方的に心配をするだけになっているという現状だ。僕は何とかして野坂の腹を割りたい。
「で、俺は何をすればいい?」
「2年生に野坂という男がいます。対策委員の議長で、初心者講習会でも頑張っていました。ただ、講習会を経て己の無力を嘆いたのか、それとも僕や菜月さんに惑わされたのか……僕たちに対する態度が変わりました。偶像崇拝というのが適しているかもしれません」
「まあ、それだけ三井に追い詰められてたんだろうな」
「ダイさんとは面識がないはずなので、僕や菜月さんに対するよりも気楽に、村井サンや麻里さんに対するより警戒もなく心の内を話せるのではないかと。思いや考えは口に出したり言語化することでまとまることもあります。内に秘めてばかりでは焦げ付きますから」
「なるほどね。よし! 一肌脱ぎましょう」
「ありがとうございます」
日付の調整をすれば、ちょうど土曜日にぶち当たった。土曜日なら菜月さんと野坂に昼放送の収録をしているし、菜月さんには夜の予定を入れさせないようにしよう。それは事情を説明すればどうにでもなる。果たしてどうなるか。
「どこの店で話そうかね」
「ダイさん俺肉食いたいっすわ。ミートワンにしましょ」
「マーお前こないだ良い肉食ったっしょ!? でも俺も肉食べたいからミートワンにしよう。圭斗、それでいいよね」
「現役はダイさんの選択に従います」
「若い子と会うの楽しみだねえ」
「ダイさんとお会い出来れば菜月さんもきっと喜びますよ」
「あっ圭斗、今度ドでかいの仕込んでサークル遊びに行くから」
「お前は来るな」
「圭斗テメー! それが先輩に対する態度かー!」
end.
++++
短編の「邪魔者は腹の中にいる」に通じる大先輩回。いつもの件は不発に終わるかと思いきや。
ノサカの変化にはやはり気付いていた圭斗さん。定例会議長として、純粋に先輩として(?)ノサカの腹を割りたい様子。
そんでこの夏に肉をガッツリ食べようとする辺りはさすが。現時点では圭斗さんもまだバテていないので肉を食べるぞ!
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