2016(03)

■arium

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 大学祭2日目。土曜日の学内は昨日に比べると人が多い。ただ、向島大学という大学が位置するのは山の中ということもあり、交通網の都合もあってどうしても歩けないとかそういうことは全くない。
 外のステージやブースだけでなく、校舎の中でも展示をしている団体はある。ただ、一歩足を踏み入れただけでもわかる、閑散とした様子。昼飯時というのもあるのだろうか。普段の授業の方が断然人が多い。
 8号館の5階まで上がると、さらに人の気配が薄くなる。教えてもらった教室に恐る恐る向かう。コツコツと、ご一緒していただいている菜月先輩のヒールの音がよく響く。

「ノサカ、本当にこんなところにそんな楽しいプラネタリウムがあるのか」
「えーと、ここかな」
「あー、野坂くん! 来てくれたんだありがとー」
「磐田先輩! お誘いいただきありがとうございます」
「空いてるから、入ってってー」

 ここで展示されているのは天文部のプラネタリウムだ。ゼミの先輩である磐田先輩に誘われてやってきた。普通のプラネタリウムだったら俺もふーんと流していたかもしれないんだけど、なんかもう地味にすごいことをやってるっぽくてついうっかり。

「あっ、これが例のドームですね」
「ゴザがあるから座るなり、ごろ寝するなり好きな体勢でくつろいでもらって。一旦始めると終わるまで他の人は入れないし」
「貸し切りみたいで贅沢ですね」
「お昼時だから。あっ、ごめんね、上映料として一応200円もらってるんだー」

 自分の分と菜月先輩の分、2人分の400円を支払って、実質貸し切りのプラネタリウム上映が始まる。これは、光ファイバーケーブルを用いてより実際の星の光に近付けるよう制作されたドーム型設備だ。
 ドームの中が真っ暗になって、夜になる。そして、一番星が光りだす。ゆったりとしたBGMが流れ、星がどんどん増えていく。俺の知っている手作りプラネタリウムとは、明らかに違う光の質。

「ノサカ」
「はい」
「ちょうど、秋から冬にかけての空だな」
「そう、ですか?」

 菜月先輩は、わかりやすいところで言うと東にオリオン座があって、などと解説を入れてくれる。中の様子がわかっているのか、本来説明を入れてくれる役割の磐田先輩は入って来ない。
 菜月先輩の星座講釈は続く。星座にまつわる神話などのお話も交えながら。お話は綿密にプログラムされた時間と星の動きにしっかりとついていっていて、俺を夜空の旅に誘ってくれる。

「ノサカ、あの星はわかるか? 金星なんだけど」
「はい」
「今年はその近くに土星も見えるんだ。この装置でそれをカバーしてるかまではわからないけど」
「単純に、すごいですね」
「あそこに見える秋の四角形から東を向くと、うお座がある」
「確か俺はうお座ですね」
「時間と距離に対する憧れとか、星空っていう綺麗な物とか、そういったものに対する思いを一度に叶えられるっていう意味で、プラネタリウムはすごい装置だと思うんだ」

 以前から菜月先輩が星を眺めるのが好きだとは知っていたけれど、その理由までは聞いたことがなかったから新鮮だったし、新たな発見だった。そんなことを考えている間にも、半球の中の時間は進んでいく。
 少しずつ空が白み、星の光も弱くなる。すっかり半球の中も明るくなった頃には、おはようございまーすと磐田先輩の甲高い声で現実に引き戻される。

「まぶしい」
「磐田先輩、素晴らしい装置でした。200円は安いと思います」
「野坂くんが今回の上映を有意義に感じられたのは、解説が良かったからじゃないかなあ。うちの台本よりいい話だったし」
「うち、そう言われれば喋り通してたな」

 磐田先輩が仰ったのが真理だと思った。俺が値段以上に満足したのは装置もだけど、菜月先輩と一緒に見られたという事実。確かにそこは、夢のような世界だった。

「あの、もしよろしければ磐田先輩もMMPで出しているスープを食べに来てください」
「あっ、行く行くー。この教室光遮ってるし寒くてさー」


end.


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ちょっと前にバンデンが作っていたプラネタリウムがお目見えしました。ただ、辺鄙な場所にあるためあまり人は来ないらしい。
ノサカとバンデンはきゃっきゃしてればいいと思う。ゆくゆくは前原さんとヒロがやいやいやってればいいと思う。そんな理系たちの関係である。
菜月さん的には、星港市科学館のすっごいプラネタリウムもいいけれど、これも悪くはなかったな、というところでしょうか

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