2018

■Unintentional respect

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「圭斗、何か言うことは?」
「大変申し訳ございません。何卒よろしくお願い申し上げます」
「明日は定例会の誠意という物を見せてもらおうじゃないか」
「わかりました」

 菜月先輩から邪悪なオーラ……もとい、圧倒的な圧が発せられている。普段なら圭斗先輩がサークル費を滞納している菜月先輩に対して発せられているような圧だ。それがどうした、菜月先輩が圭斗先輩を圧倒しているだなんて。
 今日はファンタジックフェスタ前最後のサークル活動日。MMPは奈々以外ファンフェスに参加するから前日の詰めの作業があるし、班の打ち合わせで出掛けている人もいる。だけど、これから何が始まろうとしているのか。

「うーん、そうだな。赤と、黄色と、緑と青だ。あと黒。この5色で」
「わかりました、行ってきます」

 圭斗先輩が出掛けると、菜月先輩から俺たち一般サークル員に号令がかかる。これから作業を始めるから机を少しずらしてくれと。MMPのサークル室には部屋の中央に机を6台並べているのだけど、それをどちらかの壁に寄せるようにと。
 そして菜月先輩が簡単に床を掃除すれば作業スペースが確保される。そこに広げられたのは模造紙だ。くるくると巻かれていたそれを押さえていてくれと言われるままに押さえていると、2枚の模造紙がセロハンテープでくっつけられた。

「菜月先輩、これから何を」
「圭斗のヤツ、ファンフェスで使う装飾を今から作れなんて言いやがった」
「ナ、ナンダッテー!?」
「大方、昨日の定例会で安請け合いして来たんだろうな」
「……と言うか引き受けたのは圭斗先輩でも実際に作業をするのは菜月先輩では」
「そうだ。ったく、バカなんじゃないのか」

 菜月先輩のお怒りはご尤もだとしか言いようがない。だけど、与えられた仕事を全うしようとさっそく紙の上にデザインを繰り広げる菜月先輩はさすがだと思う。MMPじゃこういう作業は菜月先輩に任せておけば間違いないと思っている節がある。このムチャ振りは圭斗先輩からの信頼の結果だろう。
 この件に関して圭斗先輩は完全に下手に出ている。圭斗先輩が出掛けているのも、菜月先輩から頼まれた絵の具の買い物だ。購買に行って戻って来るのも徒歩なら15分の往復で30分ほどはかかるけど、圭斗先輩なら車があるから早い。
 そうこうしている間にも、菜月先輩はさらさらと模造紙の上に下書きをしている。きっと頭の中には完成イメージがあって、何かあれだよな。俺なんかには全然想像も出来ないんだけど、書きながらバランスを取ったりフォントを整えたりしてるんだろうな。

「ただ今戻りました」
「思ったより早かったな」
「飛ばしてきたんだよ。それと、菜月様に差し入れでございます。ジャスミンティーでよろしいでしょうか」
「うむ」
「け、圭斗先輩が菜月先輩にお茶を奢っているだって…!?」
「やァー、これは定例会の誠意とは別件スね」

 圭斗先輩が差し入れという体ではあるけど菜月先輩に物を奢っている光景だなんて、俺たち2年生以下は見たことがない。それというのも菜月先輩はお金にちょっとルーズで、圭斗先輩からは全く信用がない。貸し借りもしなければ奢り奢られというやり取りも一切ない。
 ――にも拘わらず、圭斗先輩が菜月先輩にジャスミンティーを差し入れている。この光景に俺たち2年以下には激震が走っているし、もしかして天変地異の前触れか何かじゃないかとすら思う。それくらいにはビビるシーンだったのだ。

「菜月、僕も色塗りか何かを手伝おうか」
「いや、お前に筆を持たせるとロクなことにならない。とりあえず、ドライヤーか扇風機か何かがあればいいんだろうけど。ダメならうちわだな」
「菜月様、僕の家からドライヤーを持ってきましょうか」
「うむ」

 そんなこんなで再び圭斗先輩が出掛けてしまった。今日の圭斗先輩はとことん菜月先輩からの指示で動くことになるのだろう。それだけ装飾の制作というのは位の高い……いや、何かわかんないけどいろいろな条件が積み重なってこうなってるんだろうな。

「ノサカ、縁取りを手伝ってくれないか」
「お、俺なんかがそのように重要な作業をさせていただいてよろしいのでしょうか…!?」

 あれっ、何か圭斗先輩の丁寧な言葉遣いが移ってるぞ。


end.


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しかしもうちょっとすればその丁寧な言葉遣いが菜月さんと圭斗さんに対するデフォルトになる模様。
圭斗さんが菜月さんに差し入れを入れたりするのはそれこそナンダッテー案件で、みんながビックリしていたんですね。
ファンフェス前はいつもドタバタするのがMMP……圭斗さんが仕事を持ってくるからですね!

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