2016(03)

■naively honest

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 土曜、午後2時、サークル棟208号室。いつもならここから早くて30分、長くて2時間超の待ち時間が始まる。だけど、今日、この場所へは番組収録のためにきたワケではない。待ち時間も何もなく、自分の作業を始めるのだ。
 聞くワケではないけれど、BGMがないと落ち着かない。機材を立ち上げて、適当なMDをセットする。今日は“glider”の気分だな。このアルバムにしよっと。
 これから始めるのは、大学祭で使う装飾の制作。タイムテーブルとDJブースの分の看板は出来た。あとは、食品ブースの看板とその他装飾品。今日は圭斗も忙しいみたいだし、うちの精神力が問われるのは今日だろう。
 精神力だけで言えば、どこかの誰かを何時間でも待っている間に培われていることだろう。今日だって本来は昼放送の収録日。だけど、それが行われないのはどこかの誰かに用事があるからだ。
 今日は青女の学祭が行われている。りっちゃん以外の2年生は青女勢のステージの手伝いとか何とかで出掛けているそうだ。さすが、愉快な下僕たち。イベントごとは外さないな。
 偏屈理系男がいないとわかっていたのにカバンの中にはネタ帳とストップウォッチを入れてきてしまったのは、クセのような物だ。今日は収録じゃないってわかってたのに、手癖とは怖い物だ。
 作業を始めようとすると、黄色の絵の具がなくなりそうなことに気付く。車……と書いて圭斗はなし。絵の具がなくなりそうだということだけ圭斗にメールしておいて、黄色の作業は後日に回そう。気を取り直してレタリングにしよう。
 すると、ドタドタと慌ただしく足音が近付いてくる。キュッキュッと靴底が床を擦る音。確かに今は大学祭の前で、土曜日にも関わらず人はいつもよりも多い。だけど、そんなに急いでどこへ行く。

「菜月先輩申し訳ございませんっ!」

 いるはずのない男の姿に、シャーペンを握る手が止まっていた。あるはずのないことじゃないか。青女の愉快な下僕が、まだ大学祭をやっているであろう時間帯にこんなところにいるだなんて。

「ノサカ。お前がどうしているんだ。青女に行ったんじゃなかったのか」
「青女にも行きましたが」
「行ったんじゃないか」
「いえ、青女にも行きましたが、抜けてきました。厳密には、青女勢全員から菜月先輩を放ってお前はこんなところで何をやってるんだと追い出されたと言う方が正しいかもしれません」
「その厳密な事情さえ言わなきゃ少しは見直したけど、馬鹿正直だからこそお前なんだって気もする」

 青女勢に事情が伝わると、2時に向島に着く公共交通機関のダイヤから何から綿密に計算をした上で追い出されたらしい。特に、啓子さんからはこれ以上遅刻するなと釘を刺され。

「ああ、福島先輩から言付かってきました」
「ん、なんだこれ」
「青女の喫茶で出しているケーキです。沙都子の手作りで。もしよければ」
「それじゃあありがたく」

 お行儀はよろしくないけどケーキは手掴みでいただく。走ってきた割に形は崩れていなかった。うん、うまー。後で紗希ちゃんにメールしとこう。そうだ、圭斗にもメール。うちがケーキをうまうまする横で、ノサカはきょとんとした顔をしてキョロキョロ辺りを見渡している。

「……と言うか、番組の収録と言うより装飾の制作、ですね」
「お前が青女に行くって聞いてたから完全に装飾のためだけに来てたんだ。中止連絡は普通に忘れてた」
「そうだったのですか。俺の都合で先輩を振り回してしまい申し訳ございません」
「いるなら手伝え」
「えっ、番組は。いえ、もちろん手伝わせていただきますが」
「番組はやろうと思えば出来る。だけど、今は装飾のモードになってる。どうせいつもお前が来るのは2時間後なんだ。番組はそれからでも間に合う」

 こうして、改めて装飾の仕事が始まる。圭斗はいないけれど、ノサカでも話し相手くらいにはなるだろう。孤軍奮闘を覚悟した。だけど、どういう巡り合わせか。と言うか、青女勢の後押しがあったにせよ、遅刻時間をここまで短く出来るなら普段からしてほしいものだ。


end.


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土曜日のサークル室は、番組の収録と言うより大学祭の準備に追われていました。菜月さんの孤軍奮闘のお話。
しかしヘンクツが2時台にやってくるだなんて菜月さんからしてみれば盛大なサプライズである。いつもやれって怒られてそうだなあ
さとちゃんのお菓子はさとおばさんのクッキーの日とケーキの日があるらしい。ノサカがさとおばさんのクッキーって言ってボコられるのは日曜日か……

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