2016(03)

■公私の線

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「珍しいことがあったモンだな。どうした、裕貴」
「少しな。文化会の方で、考えることが」

 裕貴は生真面目な男で、飯食いに行くとか飲むにしても必ず事前に連絡を入れてくる。出会い頭に突然どこかに行くかというノリになったときも、後の予定は大丈夫なのかと一言断りを入れる男だ。
 そんな裕貴が突然うちに押し掛けてきた。文化会の方で考えることというのがよほど詰まっているのか。部活の現役だった頃の裕貴はやり手の監査だった。今も文化会の監査としてバリバリやっていると思っていたが、悩むこともあるのかと。

「で、どうした。眉間ひどいぞ」
「放送部に対する処分について検討している」
「処分? 何かあったのか」
「まず部長が部長会に出てこない事自体が処分対象だが、暗黙の了解だ。それを抜きにしても放送部は部長の独裁が過ぎる。あれは悪政だ」

 確かに今年は流刑地が例年以上に肩身が狭いと聞く。裕貴は、そもそも俺は流刑制度すら認めていないのだと眉間の皺をさらに深くして言う。日高は朝霞への私怨が過ぎるとも。
 何か理由があって嫌いなのか、それとも理由もなく嫌いなのか。日高が朝霞に私怨を抱く理由は別にどうでもいいが、人の好き嫌いで部での待遇を変えるべきではないというのが裕貴の言い分だ。

「先日、文化会の挨拶回りで放送部に顔を出した時も、朝霞班が日高によって物理的に隠されていて“部に存在しない物”という扱いを受けていた。あれは人権侵害だ。台本の盗用の件に、備品の損壊の件もある。日高班による部費の横領疑惑も浮上している。叩けば叩くだけ埃も出るし、その埃に着火して部が炎上するのも時間の問題だろう」
「真っ黒だな。誰か日高を止める奴と言うか、チェックする奴はいないのか?」
「本来なら宇部の役割だ。監査が最も気を付けるべきは部長だという歴代監査に伝わる教えもある。ただ、俺は歴代の監査に理系の人間がいなかった理由をようやく理解したところだ」

 星ヶ丘大学の場合、文系と理系なら理系の方が忙しい。朝霞曰く、宇部も日々畑を見たり研究をしたり忙しくしているそうだ。部活は部活で働いているそうだが、やはり手が回らない部分が出てくるということなのだろうか。

「宇部のことは措いといて、俺は今放送部に処分を下すべきか、下すとすればどの程度の物にするか考えている」
「ちなみに、一個人としてのお前はどうしたい」
「日高を文化会から除名処分にした上で放送部は部活動停止処分だ」
「文化会監査としてのお前は」
「確定しているのが朝霞班に対する待遇と台本の盗用、備品損壊までだろう。出来たとしても是正勧告までだな。そもそも、本来部で対応すべき事案に文化会がしゃしゃり出てくるとややこしくなる」

 裕貴がその辺の線をしっかり引ける奴でよかったと俺は本当に思っている。と言うか、その線を引ける人間でなければこの職には就けないということなのだろう。幹部だとか、文化会などに縁のない俺が言うのもおかしいけれど。

「お前が感情のままに放送部を活動停止処分にしなくてよかったよ」
「ん? 珍しいな雄平。お前が部のことに言及するとは」
「まあ、正直部活自体はどうなってもいいんだ。ただ、俺個人としては、そんな下らねえことでステージの機会を奪われた朝霞のことを考えたら、な。アイツはどんだけ嫌がらせをされようが日高なんか見ちゃいないし気にしてもない。ただ目の前にあるステージに懸けてるだけなんだ。アイツは流刑地の人間であることを決して恥じてない。洋平もそうだ。むしろ朝霞班であることに誇りすら抱いてる連中だ。だから裕貴、お前が線を引ける奴でよかったよ。それが俺の一個人としての思いだ」

 裕貴の中で何か考えがまとまったのか、それまで刻まれていた眉間の皺がふっとなくなった。放送部への処分についてはもう少しだけ考えることにする、と。

「ただ、監査にはもう少し教育が必要だったな」
「裕貴、お前が“教育”とか言うと怖いぞ。スパルタっぽいし」
「そうか? ただ、このままいくと宇部の魂胆と言うか、企みと言うか、野望は成就しないだろうからな」
「野望?」
「直属だからこそ知る、内面の熱い物だ」
「ふーん」


end.


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萩越うめえ。萩さんとこっしーさんのコンビが好きです。見た目はこっしーさんのが熱くて萩さんが冷静沈着だし実際そういう面もあるけれど、実際は萩さんのが熱くてこっしーさんのが冷静。こっしーさん第三者だからかな
大学祭前でどこもバタバタしているのですが、放送部はステージのあれこれ以外にも少し不穏な空気が漂っています。どうしたものか。
萩さんはすべてをわかった上で宇部Pを受け入れ、育てているのですが、その結果がどうなるやら。

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