2016(03)
■輪の中に影が差す
++++
夜遅く、本を読んでいたら突然「助けてください」というメッセージが入った。すかさず「どうしたの」と聞くと、それを読んではくれたようだけど、返事がない。「いつもの公園に来てくれる?」と追加したメッセージが読まれたのを確認して外に出る。
指定したいつもの公園にさしかかると、俺の車から発せられるライトに人影が伸びる。あの子だ。あの子がぼーっと、不安げな顔をして立っている。助けて欲しいと言ってきただけあって、顔に血の気はない。いつもとは全然様子が違う。
「さとちゃん」
「あ……宏樹さん」
「とりあえず、乗ってくれる? 外、冷えるし危ないし」
「はい、すみません」
このまま車を走らせながら話を聞くのか、どこかで落ち着いて話を聞くのか。あ、ガソリン少ない。うーん、財布は持ってこなかったし、俺の家に行くしかないか。
少し走らせて、俺の住んでいるアパートに着いた。階段を上りながら、部屋の状況を思い出す。はいどうぞと人をすぐに入れられる状況ではなかった。うーん、外で待たすのもなあ。玄関か。
床に散乱している本を簡単に片付けて、確かグロとかホラーがダメって言ってたから本棚も隠した方がいいかな。あ、ちょうどいいタオルがある。これで隠そう。えっと、他には……えっと、そろそろ大丈夫かな。
「ごめん、お待たせ」
「おじゃまします」
「待ってて、お茶淹れるから」
「あっ、お茶ならあたしが」
「お客さんでしょ、座ってて」
「……はい」
さとちゃんはちょこんと正座をしている。ここまでのバタバタで本題がそっちのけになってるのはちょっと申し訳ないと思いつつ、まずは落ち着いて話をする環境を作らないといけないとは思うから。
「で、どうしたの」
「ちょっと、怖くなっちゃって。不安で」
「妹は? 仲いいんでしょ」
「うたちゃんは今日お友達の家にお泊まりで」
「そうなんだ」
湯飲みを両手で包みながら、さとちゃんは心の内を話してくれた。最近、自分のトラウマになった事件の引き金になった人を見たそうだ。その人の叫び声は相変わらず狂気を感じて、閉じていた蓋が開きそうになってしまっている、と。
些細な物音にもその人が刃物を手に襲いかかってくるんじゃないかとか、扉を開けたらその人が倒れてるんじゃないとか。1人でいると怖くて眠れなくて、妹もいないしこのままだとどうにかなってしまいそうで思わず連絡してしまったそうだ。
「うん、その女、すべてを察した上で反応を楽しんでるよね。怒りとか、恐怖とか、そういう感情を受けて悦に浸ってる。それって言うのは影響力、つまりカリスマ」
「カリスマだなんて」
「もちろん、負のね」
「怖いけど、1年生の子たちに何かあったらって思ったら怖がってばかりもいられないし。でも」
優しい子が陥る罠だよね、これって。守らなきゃっていう思いが強すぎて、出来もしないことをやって自爆、みたいな。
「いい? 後輩を守らなきゃって思う気持ちはわからないでもない。だけど、それで無理してさとちゃん自身が壊れちゃ意味ないからね。どこまでがセーフでどこからアウトなのか。自分の限界を理解してるのはさとちゃんの強み。踏み入る線を見誤っちゃだめだよ」
「でも、あたし逃げてばかりで」
「あのさあ。トラウマ持ちの子が全部受け止めきれると思う? 別に今すぐ乗り越えなきゃいけないワケじゃないじゃない。さとちゃんはその女と直接戦うんじゃなくて、日常を守った方がいいよ」
「え?」
「さとちゃんはみんなから守られながらいつも通りの生活をする。さとちゃんが普段通りにしてるっていう事実でみんな安心しないかな。さとちゃんがみんなの輪の中で普段通りにしてれば、みんなも安心するし、癒されると思うよ。元凶の存在を意に介さないことだね、つまり。言い方を変えれば無視だけど」
説教臭くなってしまったけど、そうとしか言いようがないんだから仕方ない。とりあえずさとちゃんの顔にちょっと血の気が戻ったみたいだし、しばらくは大丈夫かな。夜は不安になりやすいからね、仕方ない。
「ふぁ……」
「ふふっ。眠い?」
「あっごめんなさい、つい」
「まだ話す? 今度は下らないことでも。あっそうだ、冷蔵庫の中見てくれる?」
end.
++++
シーナさんの件で一番見た目にダメージが大きかったのはさとちゃんだったのですが、どうやらそれが少しぶり返した模様。
前回くらいで連絡先を交換した長野っちとさとちゃん。細かな素性などは相変わらずわかっていないので、共通の知り合いがいて~などという風にはあまり思ってもいません。
淡々としゃべる印象の強い長野っちが珍しく長台詞。久々にもじゃ辺りと絡めて淡々と喋らせたい。
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夜遅く、本を読んでいたら突然「助けてください」というメッセージが入った。すかさず「どうしたの」と聞くと、それを読んではくれたようだけど、返事がない。「いつもの公園に来てくれる?」と追加したメッセージが読まれたのを確認して外に出る。
指定したいつもの公園にさしかかると、俺の車から発せられるライトに人影が伸びる。あの子だ。あの子がぼーっと、不安げな顔をして立っている。助けて欲しいと言ってきただけあって、顔に血の気はない。いつもとは全然様子が違う。
「さとちゃん」
「あ……宏樹さん」
「とりあえず、乗ってくれる? 外、冷えるし危ないし」
「はい、すみません」
このまま車を走らせながら話を聞くのか、どこかで落ち着いて話を聞くのか。あ、ガソリン少ない。うーん、財布は持ってこなかったし、俺の家に行くしかないか。
少し走らせて、俺の住んでいるアパートに着いた。階段を上りながら、部屋の状況を思い出す。はいどうぞと人をすぐに入れられる状況ではなかった。うーん、外で待たすのもなあ。玄関か。
床に散乱している本を簡単に片付けて、確かグロとかホラーがダメって言ってたから本棚も隠した方がいいかな。あ、ちょうどいいタオルがある。これで隠そう。えっと、他には……えっと、そろそろ大丈夫かな。
「ごめん、お待たせ」
「おじゃまします」
「待ってて、お茶淹れるから」
「あっ、お茶ならあたしが」
「お客さんでしょ、座ってて」
「……はい」
さとちゃんはちょこんと正座をしている。ここまでのバタバタで本題がそっちのけになってるのはちょっと申し訳ないと思いつつ、まずは落ち着いて話をする環境を作らないといけないとは思うから。
「で、どうしたの」
「ちょっと、怖くなっちゃって。不安で」
「妹は? 仲いいんでしょ」
「うたちゃんは今日お友達の家にお泊まりで」
「そうなんだ」
湯飲みを両手で包みながら、さとちゃんは心の内を話してくれた。最近、自分のトラウマになった事件の引き金になった人を見たそうだ。その人の叫び声は相変わらず狂気を感じて、閉じていた蓋が開きそうになってしまっている、と。
些細な物音にもその人が刃物を手に襲いかかってくるんじゃないかとか、扉を開けたらその人が倒れてるんじゃないとか。1人でいると怖くて眠れなくて、妹もいないしこのままだとどうにかなってしまいそうで思わず連絡してしまったそうだ。
「うん、その女、すべてを察した上で反応を楽しんでるよね。怒りとか、恐怖とか、そういう感情を受けて悦に浸ってる。それって言うのは影響力、つまりカリスマ」
「カリスマだなんて」
「もちろん、負のね」
「怖いけど、1年生の子たちに何かあったらって思ったら怖がってばかりもいられないし。でも」
優しい子が陥る罠だよね、これって。守らなきゃっていう思いが強すぎて、出来もしないことをやって自爆、みたいな。
「いい? 後輩を守らなきゃって思う気持ちはわからないでもない。だけど、それで無理してさとちゃん自身が壊れちゃ意味ないからね。どこまでがセーフでどこからアウトなのか。自分の限界を理解してるのはさとちゃんの強み。踏み入る線を見誤っちゃだめだよ」
「でも、あたし逃げてばかりで」
「あのさあ。トラウマ持ちの子が全部受け止めきれると思う? 別に今すぐ乗り越えなきゃいけないワケじゃないじゃない。さとちゃんはその女と直接戦うんじゃなくて、日常を守った方がいいよ」
「え?」
「さとちゃんはみんなから守られながらいつも通りの生活をする。さとちゃんが普段通りにしてるっていう事実でみんな安心しないかな。さとちゃんがみんなの輪の中で普段通りにしてれば、みんなも安心するし、癒されると思うよ。元凶の存在を意に介さないことだね、つまり。言い方を変えれば無視だけど」
説教臭くなってしまったけど、そうとしか言いようがないんだから仕方ない。とりあえずさとちゃんの顔にちょっと血の気が戻ったみたいだし、しばらくは大丈夫かな。夜は不安になりやすいからね、仕方ない。
「ふぁ……」
「ふふっ。眠い?」
「あっごめんなさい、つい」
「まだ話す? 今度は下らないことでも。あっそうだ、冷蔵庫の中見てくれる?」
end.
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シーナさんの件で一番見た目にダメージが大きかったのはさとちゃんだったのですが、どうやらそれが少しぶり返した模様。
前回くらいで連絡先を交換した長野っちとさとちゃん。細かな素性などは相変わらずわかっていないので、共通の知り合いがいて~などという風にはあまり思ってもいません。
淡々としゃべる印象の強い長野っちが珍しく長台詞。久々にもじゃ辺りと絡めて淡々と喋らせたい。
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