2016(03)

■牙城を崩せるか

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 サークル室に入ると、うーんと唸りながらフェーダーを上げ下げするタカシの姿があった。大学祭まであと1ヶ月を切っていて、昼放送だって始まった。1年生にとってはバタバタと慌ただしい季節の始まりだ。

「タカシ、いつも言ってるけど電気はつけた方がいいよ」
「あ、伊東先輩。おはようございます」
「おはよー」

 たまにタカシがこうやって黙々とミキサーの練習をしている場面に遭遇することがある。バイトをしていない分、他の子よりも時間の自由が利くのだろう。思い立ったときに「練習しよっかな」という意識になるらしい。
 タカシについては各方向から声をもらっている。夏合宿でペアを組んだなっちさん、それを見た咲良さんに村井サン。そして講師のダイさんからも。そのどれも「面白いミキサーが出てきたな」というものだった。
 MBCCのミキサーに関することだからMBCCの3年で機材部長である俺に伝わるのは何となくわかるし、後輩が褒められると俺も嬉しい。1年生は俺がイチから教え始めた分、情が移っているのかもしれない。
 タカシの初期衝動から紡がれる音の流れや構成は、誰にだって組み立てられるものではない。先入観や固定概念というものがないからこそ出来るんだろうけど、俺が見たって発想や好奇心は羨ましいと思う。
 それを面白いと思ったのは高ピーも同じだった。今期、俺たち3年にとっては最後になる昼放送、高ピーの相棒になるミキサーはタカシに決まった。高ピーが本人に言うことはないだろうけど、高ピーの期待するのもそれなんだ。

「昼放? それとも学祭?」
「昼放送です」
「夏合宿とはまた違うもんね」
「そうですね。そもそもどういうコンセプトの番組なのかっていうことからして違うので構成にも違いが出るんですが、機材面での違いにも対応しなければいけませんし、単発の番組と毎週のレギュラー番組だとレギュラーの方がカッチリしなきゃいけないのかなあと思ったりもして、なかなか難しいですね」
「高ピーと組んでみて、どう? 同じ3年生の実力者でも、なっちさんとはちょっと違うでしょ」
「そうですね。まず男性と女性の違いがあるので、声やトークに合うBGMからでした。奥村先輩はポップで曲線的な印象のある曲でイケたんですが、高崎先輩はもうちょっとスタイリッシュで直線的な印象のある感じですかね。手持ちの物で合わせてみたんですがイマイチしっくり来なかったのでBGM探しも難航してて」

 良くも悪くも高ピーは自分が求めることを一言一句相手に伝えない。最低限だけを伝えて考えさせて、持って来させる。ある程度の時間をかけて育てるには悪くない手法だとは思うけど、自分で課題を見つけられないタイプの子だと本当に合わないから。
 その点、昼放送、そして高ピーとの番組で苦戦している点をタカシは素直に語ってくれている。こうして話を聞いている分には本人なりに課題を見出せていると思っていいかな。自分で考えることが出来ているなら問題ないと思う。

「そっか。でも、あまり深く考えすぎずにね。ある程度は考えなきゃいけないけど、考えすぎてもタカシらしさがなくなっちゃうし」
「そういうものですかね」
「高ピーはきっといろいろ指摘してくれるだろうし、それはちょっと厳しいかもしれない。だけど、決してタカシのスタイルを否定してるワケじゃないってことだけは覚えといて」
「頑張ります」
「まあ、まだ始まったばかりだしね」

 果たして、昼放送が終わるころのタカシはミキサーとしてどうなっているだろう。高ピーは果たしてタカシとのペアで期待したことを実現できるのか。いろいろ気になるけど、なるようになるしかない。
 でも、思ったんだけどタカシも高ピー本人にはここまで自らの課題を饒舌に、というワケにはいかないんだろうなあ。うーん、必要以上に語らない2人か。意思の疎通が上手くいけばいいんだけど。


end.


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MBCCのミキサー師弟のあれこれが何気に好きです。秋学期のタカちゃんと言えば高崎との昼放送でどうこう、という件が多いのですがいち氏にも1枚嚙んでもらおうと。
高崎から見た昼放送のあれこれについての話もやってみたいと思っていて、こちらはユノ先輩に一枚噛んでもらおうと。ただ、いち氏とユノ先輩の間でこの件について話すことはなさそうですが!
高崎とタカちゃんの昼放送。果たして今年度はどんな風に回っていくやら。これから楽しみです。

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