2016(03)

■歌姫と酔いどれ浪漫

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 その歌声は澄み切っていてよく通る。それでいて音の雰囲気を壊すことなく揺蕩うという印象だ。舞台で歌姫の役をやったことがあるので、と言っていたのにも頷ける。情報センターでは正直煩いし邪魔でしかない綾瀬だが、歌に関しては認めざるを得ないだろう。
 一曲終えると、春山さんがスターディングオベーション。真面目なセッションの合間のお遊びは余裕で合格点まで達したようだ。満足そうな顔をしてもう一曲やるか、などと綾瀬に声をかける。

「はあ……」
「どうしたリン、溜め息なんざ吐いて。気色悪い」
「いえ。綾瀬はこうしていれば見られるのに、センターにいるとどうしてああなのかと思いまして。そもそもスタッフでもないのに居座るなというところからですが」
「馬鹿野郎リン、カナコは変態だからこそだろう。お遊びのセッションにも関わらずこんな露出のドレスを用意してくるくらいだぞ」
「土田で見慣れていますし、露出は別に今更ですがね」
「ドレスならこれくらい当たり前ですよー雄介さん春山さん」
「うんうん、カナコちゃんこないだの舞台の衣装もガッツリドレスだったよね!」

 どうせ歌うなら、と綾瀬は胸元や背中がガッツリ開いた妖艶なドレスを用意してきた。光を受けてキラキラと輝き、スリットから覗く白い下肢はドレスの黒に映えている。
 本人曰く演劇部の舞台の他に趣味でコスプレをしているためにスタイル維持も仕事のような物だと。ドレスだけでなく他にも衣装はあるが、“歌姫”は綾瀬の原点なのだという。

「先輩からもらった初めての役が歌姫だったんですよ。夜の歌姫。場末のバーで、ならず者から歌はいいから脱げと言われる中で歌う女性だったんですけど」
「場末のバーとは。高校生の書く脚本か」
「それまでも私は歌には自信があったんですけど、この役で先輩から「色気が足りない、全然夜の女じゃない。お前は台本をどう読んで舞台に立ってるんだ、全然なってない」って言われてズバーンって雷に打たれたような衝撃が走ったんですよ! それから私はより演劇に真摯に向き合うようになったんです。本も読みました。映画も見ました。舞台にも足を運びました。ジャンルや時代を問わずいろいろな物を見て、体験して、すべてを糧にしようと」
「つまり、非実在先輩の存在が今のお前を作ったと」
「そういうことなんですよう雄介さん、あと先輩は実在しますからね」

 綾瀬の自分語りに春山さんと青山さんはイイハナシダナーと頷き、ドカドカ、ベベベベと各々の音で感情を表す。そして綾瀬は語り続ける。何としてもその先輩を自力で探し出して、この運命を確かなものだったと確信したいのだと。
 オレは運命というものをあまり信じていないと言うか、運命という単語は言い訳じみた、ネガティブな使い方をするパターンの方を多く見てきた。いや、ゲームの話だが。そんなこともあって“運命”と聞いてもあまりピンと来ない。故に運命を追い続ける綾瀬の行動はとても理解が出来ないのだ。

「リン、お前カナコに一曲書いてやれよ」
「何故オレが綾瀬のために書かねばならん」
「えっ、私も雄介さんに書いてほしいですっ! 歌詞がなくたって踊りで表現すればいいですもんね。踊り子も出来ますよ」
「と言うか、百歩譲って綾瀬がいる前提の曲を書いて、それはブルースプリングのステージには」
「使わないな。完全にお遊びセッションのためだけの曲だ」
「断る。ただでさえアンタは中夜祭ライブのためにオレに何曲も書かせているだろう。その編曲もまだ纏まっていないのに新たに書かせるか」
「まあいいか、飲んでたら曲だの編曲なんざ出来てるだろ。和泉、酒持って来い」
「はーい」

 こうなると、この集まりは朝日を見る。その流れで編曲などは本当に出来てしまっていることの方が多いのだから、この連中は本当にロクでもない。もちろん、オレ自身も含まれてしまうのだろうが。
 綾瀬は夜空のように煌めくドレスを揺らし、青山さんの刻むリズムに合わせてステップを踏む。即興だろうがまあまあ様になっている。こう見ていると書けそうな気にもなってくるから困るのだ。いや、書かんが。


end.


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たまにはマジメなカナコもやっておかねばならんと思いました、まる
ブルースプリングとカナコのお遊びセッションの回。リン様的には何故そのお遊びのためだけの曲をわざわざ書く必要があるのかと不思議でならない模様。
リン様もカナコの“先輩”の話は何度も聞いているんだろうけど、非実在先輩扱いなので眉唾って感じなんだろうなあwww

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