2016(03)

■イチマルマルイチ

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 こないだ岡崎に教えてもらった店のソースカツ丼がどうしてももう1度食べたくなって、はるばる30キロほどをビッグスクーターひとつで出掛ける。はるばるって言うほどの距離でもねえな、30なら。
 向島エリアは星港市以外大体田舎だと言うが、いくらかの町は車のナンバーにもなるほどの規模がある。岡崎が住んでいるのもそれなりの規模の街で、駅前なんかは結構綺麗だ。と言うか俺は星港の高すぎるビル群よりも、こっちの程よく低いビルの方が好きだ。
 ソースカツ丼が第一の目的だ。だが、散策をするつもりでもいた。知らない街を歩くのは嫌いじゃない。一度来たところは大体覚えてるから、もしも好きな感じだったらまた来ることになるだろう。
 酒と味噌田楽とチーズケーキを買って、適当なカフェで一休み。カフェモカとチョコレートケーキを注文。当たり前のように陣取った喫煙席にはあまり人がいない。これはこれで気楽でいい。

「あれっ、高崎」
「あ? おっ。よう、岡崎」
「何やってんの、こんなところで」
「こないだのソースカツ丼が食いたくてよ。お前はどうしたんだ、そんなにめかし込んで」

 岡崎の地元なのだから、岡崎と会う可能性はそれなりに高い。声をかけられたところで驚きもしないが、強いて驚いた点があるとすればその出で立ちだ。
 確かに俺たちは大学3年で、そろそろ就活のことも考え始めてたっておかしくはない。ただ、スーツを着込むにはちょっと早くねえかと。それに、髪は茶髪のままだ。
 俺はアッシュ系で暗めの茶髪だが、岡崎の茶髪はオレンジ系のやや明るめだ。それに、色付き眼鏡もいつも通り。いや、岡崎の場合、眼鏡はファッション目的でかけてるワケじゃねえからどんな場合でもこれか。

「バイトの帰りなんだ」
「バイト? バイトにしてもスーツさえ着てりゃ茶髪オッケーなのか」
「人前に出るワケじゃないから、仕事さえそれなりに出来れば茶髪だろうが色付き眼鏡だろうがいいみたい。短期の仕事だからっていうのもあるだろうね」
「へえ、そうなのか」
「データ入力系の仕事なんだ。細かい内容は機密情報だから口外出来ないんだけど」

 岡崎は俺の向かいに陣取り、コーヒーとチーズケーキを注文した。煙草に火をつけ、一服。一瞬眼鏡を外し、眉間を軽く押さえる。目の疲れに何となく効くと言われるツボだ。
 データ入力の仕事は目が疲れるらしい。それなら目を酷使しない仕事にすりゃいいじゃねえかと思うが、表に出ない仕事になるとそれが比較的雇用してもらいやすいそうだ。それも、岡崎なりの事情。
 岡崎は生まれつき目の疾患があって、色付き眼鏡は身体の一部と言わざるを得ない生活を送っている。しかし、万人にそれが理解されることはない。サングラスを外せと言われ続けて今に至る。

「高崎、知ってる? 醤油とチーズケーキって結構合うんだよ」
「はあ!? チーズケーキはチーズケーキだろ。醤油だ? マジかよ。つかお前味噌専じゃねえのかよ」

 チーズケーキをつつきながら、醤油も好きだよと岡崎は笑みを浮かべる。店にもよるが、チーズケーキを作るときの隠し味に醤油を入れることもあるらしい。俺の買った物は違うが、この町の土産物にはそういうものもあるとかないとか。

「つか醤油ってちょっとかけすぎたら何もかもを殺すじゃねえか。醤油は暴力以外の何物でもねえ」
「その言い方。醤油に親兄弟でも殺された? でも確かに“漬け”っていう調理法もあるくらいだし威力はすごいだろうね。あっ、ところで美味しい漬け丼の店があるんだけど、行かない? シメでお茶漬けにして食べるんだけど、刺身も美味しくて」
「漬け丼か。それは興味あるな。よし、そこに行くか。案内してくれ」

 本来の目的とはそれたが、出歩いてみる物だ。俺一人だったら漬け丼を食べるなんていう発想には絶対にならなかったし、醤油は暴力などという文言も生まれなかった。シミになったら取れねえし、そっちの面でも暴力だな。

「高崎、この町、気に入ってくれた?」
「ああ。嫌いじゃねえな」


end.


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眼鏡の日とネクタイの日と珈琲の日と醤油の日とユノ先輩の誕生日を全部ぶち込んだらこんなことになりました。後悔はしていない
こないだって言うかまだおとといくらいの話なんだけどな、ソースカツ丼って。でも好物だし高崎の中でどうしてももう1度食べたくなったのかもしれん
思えば、MBCCで海産物の話が出て来るのはなかなか新鮮。マグロの漬け丼とかが好きそうなのは誰かなあ。圭斗さんとか朝霞Pとか?

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