2017

■壁越しの闘争

++++

「――ということがあってさー、大変だったんだよー」
「あ、有り得ない……」

 徹がドン引きしている。しばらく振りに顔を出したサークルで、私たちがいなかった日に起きた大事件の話がその元凶。私もその場に居合わせなくてよかったとしか思えないし、困っちゃったよーと大石君が言うよりもっと現場は壮絶だったのだろうと。

「残党が潜んでたらどうするんだ、機材の中に卵でも産みつけてやがったら」
「ええ~っ!? 石川、そんな怖いこと言わないでよー!」
「どうしてカゴを持ち込ませた」
「だって中身がゴキブリだなんて知らなかったんだもん!」

 私たちがいなかった日の大事件とは、千尋が持ち込んだ大量のゴキブリが何かの拍子にサークル室に解き放たれてしまったというもの。半分ほどは確保出来たけれど、逃げてしまったそれらがどこへ行ったのかは誰も知らない。
 今は何もいないように見えるけれど、徹の心配はご尤も。ちなみに、徹はUHBCの機材管理を担当している。機材の心配をするのは仕事のようなもの。ただ、人よりも機材の心配をするのはサークルに限った話でもないので性分かもしれない。

「とにかくだ。坂井さんには自費でバルサンを炊かせろ」
「え、サークル費から出さない?」
「どうして坂井さんのやらかしにサークル費を切る必要がある。2回だぞ。2週間後にもう1回炊かなきゃ意味ないんだからな」
「う、うん、わかったよ」
「ったく。で? 俺はどうして呼ばれたんだ大石」
「あっ、そうそう本題なんだけどさー」

 徹が呼ばれたのには機材にまつわる本題があったらしい。本題に入る前の話が思ったよりも濃くてドン引きしてしまったことで時間も経ってしまったし、気持ちもげんなりしてしまっていたみたいだけど。

「ファンフェスにウチの機材を出せないかなあって。大丈夫かなあ」
「いや、有り得ないだろ。何のためのインターフェイスの機材だ」
「インターフェイスの機材は掘り返すのが大変だし、ウチは会場からもまあまあ近くて俺も車だしーってことでお願いされてさー」
「いや、そうじゃないだろ大石……もうちょっとしっかりしてくれ。いや、頼むからもっとしっかりしろ」

 ゴメンねゴメンねとうろたえる大石君に、徹がうなだれている。話を聞くに、定例会で大石君が三役たちから一方的に押された結果、機材をウチから出してくれと頼まれたのだろうと推測される。
 徹は定例会アレルギーの気がある。定例会を信用していないのだ。対策委員を経験した人はまず「定例会は胡散臭い」という印象を持つようなのだけど、徹のそれは異常。議長が“彼”になってからは、より嫌悪感を隠そうとしなくなった。

「どうせ松岡君が適当なことを言ってお前を騙したんだろ」
「違うんだよ石川、圭斗は悪くないんだよ」
「いいか大石、インターフェイスの機材は対策委員を解散するときにこれ以上ないほど綺麗にして来たし、それを定例会の松江君にも懇切丁寧に引き継いだんだ。掘り返すのが面倒とか言ってる時点で現場を見てないのはわかりきってる。俺がどれだけ苦労してあの汚い物置を片付けたか」
「う、うんわかったよ石川」
「大体伊東は何をやってるんだ」

 確かに、定例会議長のトニーは巧みな話術で周囲を動かす力がある。誰も傷つかない道を選ぶ傾向のある大石君には、彼の語る理想論は時にとても美しく聞こえたとしても何ら不思議ではない。言い方は悪いかもしれないけど、カモなのだろう。

「いいか、お前次第でUHBCが路頭に迷うことになりかねないんだぞ」
「う、うん。頑張ってるけど、まだまだかなあ」
「この際坂井さんはどうでもいい。インターフェイスでいいように搾取されるのだけはやめてくれ。機材を出すならリターンを求めろ。いいな」
「うん、わかったよ。で、どうやって取ればいいんだろう」
「はあっ……例えば、機材補償費をウチで全額もらうとか」
「そっか、なるほど。聞いてみるよ! やっぱり石川は頼りになるなあ」

 徹が、「大丈夫なのか」と溜め息ひとつで訴える。それに対して私は「任せたのだから」と答えるしか出来ない。そう、私たちは幽霊部員になると決めた立場であって、大石君にすべてを任せたのだ。彼の武運を祈るのみ。


end.


++++

星大、悲劇から何日か。イシカー兄さんと美奈が久々にサークル室にやってきたらそんなことになってたって、普通は身構える。
そして本題はファンフェスの機材の話でした。例によってちーちゃんが定例会三役に押されている?という感じの。イシカー兄さん、どこまでちーちゃんを諭せるか。
ちーちゃん越しに圭斗さんとバトってるイシカー兄さん。今年度は圭斗さんともっとバチバチ火花が散ってる話をやりたい。直接やり合うとは言っていない

.
31/100ページ