2016(02)

■ひんやり効果は塩か空気か

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「伊東クン浅浦クン、例の季節がやってきました」

 朝倉さんに名指しで居残りを命じられた俺と浅浦は、これから何が起こるのか予測しつつ現在に至っている。まあ、ここのバイトも3年目ですから。例の季節と朝倉さんって図式なら何が始まるか読めるよな。

「魔改造ですね?」
「今年もやるよ、夏の怪談特集」

 うちの書店では、店員の自主性がある程度認められている。やりたいときにやりたい特集を組めばいいんじゃない、という緩めな雰囲気だ。そんなワケでフロアの改装が頻繁に行われるのだ。
 このフロアの改装、特集するコーナーを変えることをうちの店のローカル単語で「魔改造」と呼んでいる。前に組んであったコーナーの原型を留めないことが多々だからそんな風に呼ばれるようになったとか。

「ただ、オリンピックコーナーを崩すなとは言われてるからその辺を考慮しつつね。店の隅っこで大々的にやるくらいが楽しいかなとは思ってるけど」
「店の隅っこで怪談とかこえーな」
「それも狙いだね」

 朝倉さんはホラーとかオカルトとかが好きな人で、大学でも都市伝説を専攻している。フィールドワークとかにもよく行くそうで、好きな人は好きなんだなあと思わざるを得ないジャンルだ。
 本に関してはそれと言って得意不得意がない印象だけど、やっぱり毎年夏になると心なしか気合いが入っている気がするんだ。やっぱり怪談コーナーとかを大々的にやるなら夏だからかなあ。

「というワケで浅浦クンは怪談とかそういうテーマの小説を持ってきてもらって、伊東クンはコーナー組むの手伝って」
「俺におすすめの本とかは聞かないんすか」
「だって伊東クン本読まないよね。読んでサッカー雑誌か料理本。あ、家電雑誌も読んでたっけ。でも今回のテーマにはあんまり関係なさそうだし」
「デスヨネー」
「本にまつわる怖い話なら持ってるけどな」
「浅浦テメー、あれはガチで背筋が凍ったんだぞ」
「えっ、なにそれ聞かせてよ」

 本にまつわる怖い話。部屋に友達を呼んで酒を飲んでいたときのこと。それを伝えるのを忘れていたのか、彼女が俺の部屋にやってきました。彼女と友達が鉢合わせると、お邪魔しました、楽しんでくださいと彼女は帰っていきました。

「それの何が怖い話なの?」
「俺とその友達をモデルにしたBL本が各種同人誌即売会で頒布されましてですね」
「うわ、そっちか」
「酔った勢いでべたべたしてるとこ見られたのがまずかったっすね。わかる人にはわかっちまうんで、あれは恐怖でした」
「その場にいたのが俺じゃなくてよかったとしか言いようがない」
「浅浦とカップリング組まれて本を出された日には舌噛んで死ぬ」
「やめとけ、あの人の前でそんなこと言ったら俺との恋路を邪魔された日には舌噛んで死ぬとか都合良く曲解しかねないし入水BLとかやりかねない」
「ないとは言い切れないところがなんだかなー」

 この話はここでおしまい。浅浦は怪談や怖い話の小説を漁り、俺は平積みやポップ掲示の手伝い。心なしかコーナー周辺が薄暗くなってるような気がする。電気の数が変わったとかじゃないし気のせいなんだろうけど。
 だけど、こういうコーナーを作ってると祟られそうで怖いなーと少し思ったりもする。そういうドラマの撮影とかでもお払いしたりするって言うし、本屋でこういうコーナー作るときもお払いをしたくなってくる。

「朝倉さん、近くにお払いとか供養の本置いときましょうよ。あと盛り塩しましょうよ」
「いいね。盛り塩しといたら雰囲気出るね」
「そうじゃなくてガチなヤツっすよ」
「組み上がったらちゃんとやっとくよ。暗幕も張らなきゃいけないし。あーいそがしいいそがしい」

 シーズンが終わったらすぐにこのおどろおどろしいコーナーを解体できるように次の企画考えとこ。朝倉さんの本気って、毎夏パワーアップしてる気がするんだよなあ。


end.


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いち氏はハードスケジュールの中バイトもやってるってすげえなあ。夏のいち氏は強いとは高崎が言ってたそういや
朝倉さんが張り切る夏の魔改造。怪談とか都市伝説とかそっち系の本をわーっと集めてうふふってやってるヤツ。浅浦クンには事前にこういうことやるんでリストアップおねがーいってやってた模様。
いち氏の持ってた本にまつわる怖い話に関してはアレよ。浅浦雅弘が慧梨夏の言いそうなことを大体理解してるって事実の方がなんとなく怖い気がする。環境に毒されたんだろうなあ

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