2016(02)

■半径88センチの世界

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「あ、こっしーさん」
「よう」

 こっしーさんの目の下には、クマが出来ていた。理系の研究室だと徹夜をすることもあるとは聞いていたけど、今回のクマは研究とは関係ないそうだ。何て言うか去年よく見たヤツだなーと懐かしさを覚える。

「こっしーさん目の下すごいですよ」
「昨日、まだセーフかなと思って朝霞の部屋に行ったんだ」
「朝霞クン、作業してたんじゃないですか?」
「だな。全然セーフじゃなかった。追い出されなかったのが不思議なくらいだ」

 丸の池ステージまで2週間を切った。朝霞クンは最後の最後まで台本と向き合い、より良いステージになるように作業を続けるのだろう。それはプロデューサーとしての、班長としての責任として。
 ステージが近くなると朝霞クンは食べるものを食べなくなるし、睡眠時間も極端に短くなる。いや、厳密には寝てると言うより気絶してるって言う方が正しいかもしれない。
 本当にダメだと朝霞クンの体が悲鳴を上げる頃には、意識の外でふらふらと足は俺のバイト先に向かう。話しかけても返事はないし、じゃこたまごかけごはんを小さな一口で黙って食べる。そうしてまたふらふらと帰っていく。
 こっしーさんは朝霞クンの部屋にいるなら、とその作業を見ていたそうだ。ステージの内容や朝霞クンの作業の仕方の何に口出しするでもなく、ただただ作業に耽る朝霞クンを黙って見守り続けた。

「朝霞クン、意識ありました~?」
「まだ夢遊の域には行ってなかった」
「じゃあセーフですね~」
「ところがどっこい。朝霞の部屋にヤバいヤツが増えてた」
「えっ、ヤバいって、あのレッドブルの塔以上にヤバい物があるんですか」
「小型冷蔵庫ってわかるか? 1ドアで、立方体っぽい」
「わかりますよ~、小さい冷蔵庫ですよね~――ってまさか!」

 そのまさかだ、と雄平さんは真顔で俺の目をじっと捉えた。朝霞クンの部屋に迎えられたという小型の冷蔵庫。その目的はひとつしか思い当たらない。台所の冷蔵庫まで歩く時間すら勿体ないとか、そんなようなことデショ!?

「雄平さん、ちなみに……その冷蔵庫の中って見ました…?」
「お前が思ってる通りで合ってるぞ」
「レッドブルとウィダーが詰められてるんですね~!」
「あ、申し訳程度にプリンも入ってたぞ」
「プリンが入ってるならまだ大丈夫ですね!」

 ――って全然大丈夫じゃないよ!
 なんかもうこのまま行くとトイレに行く時間も勿体ないとか言ってオムツを履き始めるんじゃないかって不安でしょうがないなあ。さすがにそこまではしないと思いたいけど絶対ないとも言い切れないのが朝霞クンだからなあ。
 だって、台本書くのの休憩に違う台本書き始める人だよ? 何て言うかこのままこっしーさんに朝霞クンの監視をしててもらいたいと思うくらいには怖くてしょうがないよね~!

「手の届く範囲に冷蔵庫を置き始めたら、少なくともセーフではないだろ」
「でしょでしょ~」
「まあ、頑張れ」
「え~!? 何でそこで急に他人風吹かせるんですかこっしーさ~ん!」

 まあ、ヤバいってわかってたって地の果てまでも朝霞クンについてくけどさ! 朝霞クンがそこまでになってまで書いてる台本をやれるのは俺だけだし~!

「そうそう、今度朝霞が衣装合わせするからクローゼット見せろっつってたぞ」
「それはいいんですけど、え~!? ホント、ステージ前って感じ~!」


end.


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朝霞Pの時短テクが炸裂し始めていると思われる回。割と真面目にこの時期の朝霞Pの部屋に立ち入れるのはこの人くらいでなかろうか、こっしーさん。
そして結局洋平ちゃんの衣装は買いに出かけるんじゃなくてお家で見繕う形になったらしい。山口家での様子も見てみたい。
小型の冷蔵庫って安い物でもなさそうだけどなあ。きっと余裕があるときにバイトしたお金で買ったんだろうね……

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