2016(02)

■silk

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 この少しの間に、ベランダで一服をする。この数時間、極力煙草を控えていた。部屋に戻ってきてからも、飲み直しという名目で菜月と一緒にいれば自然とそうなる。たまには飯でも。そんな木曜の夜の話。
 学生のノリと勢いなのか、それともどちらとも無計画なのか。いや、しっかりと机の上に眼鏡を置いている菜月こそ無計画な進行すら計画の上だったのかもしれないが、ぐだぐだな流れで俺の部屋に流れ着くことになろうとは、という感じだ。
 それとも、俺を相手に酒の入らない食事会をしても、というところだろうか。腐っても俺は酒豪ゾーンの名をほしいままにした緑ヶ丘の人間だ。菜月もたまには開放的になりたかったのかもしれない。煙を燻らせつつ、柄にもなく星を見上げる。

「シャワーありがと」
「おう」
「えっと、ドライヤーって。あればでいいんだけど」
「ああ。ん」

 煙草の火を消し、ベランダから部屋へと戻る。灰皿代わりにしていたビールの空き缶は後で回収することにして。さすがに部屋着までは持ち合わせていなかったらしい菜月に、Tシャツを貸している。バンドのツアーTシャツ姿はなかなか悪くねえ。
 濡れた髪をタオルで挟んでいる菜月にドライヤーを差し出すが、それを受け取ろうとはしない。てめェが貸せっつったクセに。使わないならしまうぞと脅しをかけても無反応。

「どういうつもりだ」
「酒入ってるだろ。だるいだろ。自分でドライヤーかけるのがめんどくさい。ドライヤーかけて」
「あ? てめェ甘えんな」

 それでも菜月は俺にドライヤーをかけろと言って、ドカッと座り込んでしまった。こうなると梃子でも動きそうにねえ。酒が入っていつもよりも開放的になっている。普段は抑制されている欲求が表に出ているのだろう。

「熱かったら言えよ」
「ん」

 人の髪を乾かした経験はないし、加減はわからない。美容院に行けば乾かしてもらうこともあるが、簡単そうに見えてなかなか出来るものでもないだろう。見よう見まねで。ただ、やらせるからにはどうなっても文句は言わせねえ。
 濡れて手にまとわりつく髪が、少しずつ指の間をすり抜けるようになる。時折耳や首筋に手が触れると、くすぐったそうにキツく瞼を閉じる様子がいつになくガキくせえと言うか、はたまた素直と言うべきか。
 ドライヤーの音は案外うるさい。自分一人だと気にも留めねえが、この間に会話をするとなると、声がなかなか通らない。仕方なく耳元で喋ると、鏡越しに合う目が変な感じだ。

「こんなモンか」
「毛先がちょっと内巻きになってる」
「うるせえ、文句言うならやらすな」
「ううん、これはこれで悪くないなーと。って言うかいつもより髪がまとまってる気がする。シャンプーで変わるのかな」
「俺の乾かす腕が良かったのかもしんねえぞ」
「バーカ、言ってろ」
「うっせえ、バーカ」

 そんなことを話しつつも、菜月はコンタクトを捨てて缶チューハイを煽っている。この分だと菜月が寝落ちるのも時間の問題だ。菜月が寝落ちたら俺もシャワーを浴びて、どうせコイツは上がるなっつっても俺のベッドに勝手に上がるし、今日は雑魚寝か。

「それなら高崎、お前もシャワーをしてくればいいと思うんだ」
「あ?」
「それで、上がったらうちがドライヤーするし。シャンプーがいいのかそれともブローの腕なのか、検証実験をしようと思うんら」
「言えてねえぞ」
「ウゆサイ」

 この分ならシャワーを終えるまでには寝落ちているだろう。そう安心しきった俺が馬鹿だったのだろう。髪をいいように弄ばれた後では結果論としか言えないが。それは、日付の変わる少し前のこと。ベランダの空き缶の存在を、明日まで覚えていられるだろうか。


end.


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毎年恒例となりつつある高菜の七夕逢瀬。「これでも付き合ってないし今後も付き合わないんだぜこいつら」を地でいきたいのが七夕の高菜である。
割とこの2人なら何でもアリな気がするのでなんでもやらせてみるのですが、それはそれでアリだし、本人たちより第三者が「クソッ」てなってるヤツ
バンドのツアーTシャツを着てる女子。高崎は多分どんなにおしゃれに気合を入れた女子よりも「おっ」て思いそうな、ある意味趣味とかタイプとかフェチよね

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