2016

■vacant seat scramble

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 スーッとホームに入ってきた電車に乗って、ここからしばらくの電車旅。……本当に旅だったなら乙だったんだろうけど、残念ながらこれは毎日の通学風景だ。サークル終わりで、同じ方角の4人が一緒に飛び乗って。

「あっ、席ひとつ空いとるよ!」

 ラッキー、と言わんばかりにひとつだけ空いた席の前にヒロが駆け寄る。それを追ってこーたと奈々、そして俺が続く。さて、このひとつだけ空いた席に駆け寄ってどうする。そりゃあ座るんだろうけど俺も座りたい。

「はー、ヒロさんわざわざ私のために席を見つけてくれてありがとうございます」
「何言っとんのこーたウザいよ」
「私たち4人の中でこの電車から降りるのが一番遅いのは私ですからね。私が座るのがいいと思うんですよね」
「ボク乗り換え含めたら結構時間かかるんやよボクが座るべきやよエリア越えナメんといてよこーたウザいよ」
「確かにヒロさんは越境通学ですが、距離で言えば私の方が遠いんですよね。残念でした」

 実に醜い争いじゃないか。ただ、朝から夕方まで授業を受けて、それから3時間弱のサークルを経て現在に至ると考えると、結構体力が削られている。夕飯だってまだだし。学生だって疲れる物は疲れるのだ。
 ちなみに俺はと言えば、この争いに参戦する元気もない。まあ、座りたいんだけど。すると、それまでは静かだった奈々がずいっと前に出てくる。この争いを止めるのか。さすがは一応菜月先輩に見込まれた春風の似合う(中略)女子だ。

「こーた先輩ッ! そこはウソでも女の子にどうぞとはならないんですかッ!」
「まさかの、奈々も参戦するのか」
「か弱い女の子に席をくれれば、先輩たちの株も上がりますし争いも終わりますし一石二鳥ですねッ!」
「奈々はそこらの女性よりも逞しいでしょう」
「奈々の何を見てボクらが席を譲らんとアカンの」
「奈々、お前は先輩を差し置いて座ろうと言うのか」
「最近気付いたんですけど先輩たちってクズですよねッ!」

 奈々はそのクズに何を期待したと言うのか。出る杭は打て、殲滅だと言わんばかりに俺たち3人は奈々に向かって一斉射撃する。何かが間違って座らせてもらったとしても、怖いのはその後だろうに。

「野坂さんは女性だろうと後輩だろうとそんな存在に与える優しさの欠片も持ち合わせていませんからね」
「菜月先輩にだったら喜んで席を勧めるけどな!」
「あなたってそういう人ですよね」
「何を言ってるんですか野坂先輩ッ!」

 拳を振り下ろし、奈々は怒りの様相。菜月先輩ならよくてどうしてうちはダメなんだとかそういうことなんだろうけど、そもそも菜月先輩と奈々を同列に扱えと言うのは無理があるじゃないか。

「菜月先輩にだったらうちだって座ってもらいますよッ! 神ですよッ! 丁重に扱って当たり前じゃないすかッ!」
「だよな!」
「何を言ってるんですかあなたたちは」

 ひとつだけ空いた席を囲むように俺たちの争いは続く。その席は俺たちが囲んでいるから外野の入る余地はない。さて誰が座ろう。そんな争いは、いかに敵を下げるかという論点に変わっていく。
 もちろんそれも堂々巡り。それもそのはず俺たちは皆等しくクズであるからして、相手をけなすことに関してはなかなか終わりを見せないのだ。それに、大体のことは言われ慣れてるから痛くも痒くもない。

「あー、次で地下に入るぞ」
「地下に入るし奈々はそろそろ降りなアカンからもう座らんでええね」
「まだ5駅ありますよヒロ先輩ッ」
「こーたは立ってても寝るんだから座らなくていいじゃないか。ここは俺が」
「終点で折り返してしまいなさい」
「じゃボクやね」
「ちょっと待てヒロ」

 さて、いつまでこんなことをやることになるのやら。


end.


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りっちゃん先輩以外の2年生の先輩はみんなクズだからしょうがないね! 奈々がナチュラルに先輩をけなすのは多分ノサカに似た。
MMPは基本的にぎゃあぎゃあやってるくらいがちょうどいいとは言え、電車の中では静かにしろこのクズども
ちなみにこの時点でノサカのアレは始まってるし、奈々にとっても菜月さんは神になってるので丁重に扱うのは当たり前だぞ!

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