2016

■崖の下の虎の子

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 ゲンゴローが朝霞班へ旅立っていった。ゲンゴローなら朝霞班でも……いや? どこでもしっかりやれると思っている。あんまりふわふわした状態で夏を迎えてもアレだし、身を固めるなら早い方がいい。

「シゲトラ、ゲンゴロー大丈夫かな」
「心配ねーって、ゲンゴローだし」
「でも、朝霞班だし」
「だから大丈夫だって。部でのことなら洋平の立ち回りを見本にしろって言ったし、戸田も朝霞も面倒見はいい」

 こないだ、インターフェイスで初心者講習会が開かれた。そこに参加したゲンゴローは対策委員をやっている戸田から声をかけられて、ついさっき朝霞班にミキサーとして引き抜かれていった。
 朝霞班は正直部での扱いはよくない。と言うか日高が一方的に朝霞を敵視してるっつー方が正しい。その関係で嫌がらせなんかは日常茶飯事だし、それに部の全体を巻き込むことも多々。
 ウチの班はそういういざこざに首を突っ込むことはない。幹部の味方でもないし流刑地とか反体制派の味方でもない。その時の状況に応じて自分たちはどうするべきか考えて行動する班。俗に永世中立班って呼ばれてるらしい。
 実は洋平もここの出身。IFの活動に積極的過ぎたとかいう変わり者っぷりが流刑地っぽかったんだと思う。朝霞は元々あそこの住人。越谷さんに懐いていて、班唯一のPだったからか去年から実質的な班長だった。今では名実ともに班長だ。

「ミキサーが余る鎌ヶ谷班で腐るよりも、朝霞班でしっかりミキサーとしてやれる方がゲンゴローにもいいだろ」
「うーん、そっか。俺はシゲトラを信じる」
「いや? 俺じゃなくてゲンゴローだろ、信じるのは」
「そっか」

 鎌ヶ谷班、その班名の由来となっているのは、プロデューサーの鎌ヶ谷響人(かまがや・ひびと)。でも、班長は俺、世界のシゲトラこと鳴尾浜茂虎。別に班長の名前が班名じゃなきゃいけないってことはない。班長でないPの名を冠する班もある。
 俺が出しゃばりだとすると、響人は控えめな方だ。班長という柄でもない。それでもここが鳴尾浜班ではなく鎌ヶ谷班という名前なのは、班長は俺だけど響人も頑張るという約束のような感じだ。

「もうすぐ夏のタイムテーブルも出る頃だろうし」
「シゲトラ、枠、2日間でどれくらいもらえるかな」
「宇部次第だろー、どうなるかな」

 こないだ宇部と話したら、夏の枠は実力だけを見て決めるって言ってたから、こないだのファンフェスみたいなおかしなことにはならないはずだ。やっぱりこないだのことは宇部にも納得がいってなかったらしい。
 ただ、朝霞への謹慎処分に関しては間違っていなかったと言い張るわよ、と聞いてもないのに念を押してきた。それに対しては「朝霞のことは俺よりもお前の方が知ってるし、幹部でもない俺が言うことでもない」と措いておく。
 このやり取りからすれば、夏は朝霞班にもちゃんと枠が与えられるはずだ。ゲンゴローのデビューも近い。俺もミキサーの触りくらいは教えたけど、実践的なことはまだまだこれから。戸田の下で身につけるしかない。

「うーん、実力だけを見て決めるって、監査らしいけど怖いなあ」
「その辺は心配ねーよ、なんてったってこの世界のシゲトラがいるんだ! 大船に乗ったつもりで台本書く準備しといてくれよな響人!」

 バシッと響人の背中を叩くと、わわわっと前につんのめる。内蔵が出るかと思ったよ、なんて。3年のPと言えば朝霞や宇部みたいにガンガン引っ張るタイプが多いけど、縁の下タイプのPもいる。響人には陰で頑張ってもらわないと。
 そしてゲンゴローだ。インターフェイスで友達が出来ましたーなんてうきうきで言ってきたくらいだ。どこでも上手くやれるし何気に根性もある。どんだけやれるようになってるか、夏が楽しみだ。
 いや? 俺たちにも俺たちのステージがある。俺もうかうかはしてらんねーけど、世界のシゲトラだから大丈夫!


end.


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ここらで、名前がなくて困るランキング上位にあった星ヶ丘の永世中立班が鎌ヶ谷班だと明らかになりました。
これまではゲンゴロー本人やつばちゃんといった朝霞班の面々視点でやっていた一本釣りの件ですが、今年度はこっちサイドから。
世界のシゲトラとかいうその名前だけで一定の説得力が生まれる不思議。根拠もなにもないんだけど、何でだろうねえ。自信があるって素晴らしい。

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