2016

■責任ラナウェイ

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「ふんふんふふーん」
「冴、ご機嫌だな」
「やァー、フツーすよフツー」

 ふんふんふふんと鼻歌なんか歌って、どこからどう見ても冴さんはとってもご機嫌だ。春山さんのコーヒーを例によって勝手に拝借して、そこに林原さんの牛乳を例によって勝手に拝借して出来上がるコーヒー。
 情報センターでは自分のマグカップや飲みたい物は自分で用意するっていうことになってるんだけど、冴さんは大体誰かの物を飲んでる印象。春山さんのコーヒーだったり、林原さんの紅茶だったり、俺のほうじ茶のこともある。

「でもやっぱコーヒーはリツに淹れてもらうのがいースわ。実家が一番」
「淹れさせるの間違いだろ」
「冴さんの実家のコーヒーってこだわりがあるんですねー」
「冴には双子の弟がいるらしいんだけど、実家じゃその弟をいいようにいたぶってるらしいぞ」
「へ、へえ……」
「リツは地元のサ店でバイトしてるンすわ。常連ばっかがタムロしてて、メニューにないようなメニューばッかり注文されるよーな店なンすけど、コーヒーにはムダにこだわりがあッて本格派なンす」
「へえー」

 冴さんに双子の弟さんがいたというビックリな情報と、冴さんを取り巻くコーヒー事情。冴さんの実家はお隣、山浪エリアの山間部にある小さな村らしい。市町村合併で名前だけは市になったけど、それでも小さな村であることに変わりない。
 ちなみに冴さんにはこの星港大学にも4年生のお姉さんがいるらしく、冴さんは3人姉弟の真ん中ということになる。って言うか姉弟3人中2人が星大って、冴さんの家の教育って結構すごいんだなあ。

「しかし、それがオレの牛乳を許可なく使う理由にはならん」
「げっ」
「林原さん。休憩ですか?」
「リン、お前は相変わらずちっちゃい男だなーァ、牛乳くらいで」

 自習室から林原さんが戻ってくると、冴さんの肩が一瞬ビクリと跳ねる。さすがの冴さんでも、林原さんの牛乳を勝手にいただくことは本来ならマズいことだとわかっているからなんだろうけど。
 春山さんのコーヒーや俺のほうじ茶を持って行くことに関しては黙認されてるような状態。だけど、林原さんの紅茶や牛乳に関しては常に厳しい目がギラリと光っている。だからこそ、バレないように拝借をしていたんだけど。

「牛乳は使い勝手がいーンすよ、コーヒーにも紅茶にもほうじ茶にも合うンす」
「自分で用意しろ」
「でも、自分は常に牛乳を使いたいワケでもないんスよねェー。腐らすンすわ最終的に」
「知るか」

 冷蔵庫から取り出したパックをちゃぷちゃぷ振って、牛乳の残りを確認すれば、林原さんは厳しい表情。きっとミルクティー1回分にも満たない量になっていたのかもしれない。
 冴さんの前には仁王立ちの林原さん。正直に言ってかなり怖い。俺はこの状況に陥りたくないですよね! 一見冴さんは悠々とコーヒーを飲んでいるように見えるけど、机の下で足がバタバタと動いている。普段は見られない動き。

「土田。どうしてくれる」
「どーもこーも」
「今すぐ購買へ行って牛乳を買ってこい。同じ銘柄の物をだ」
「えー!? 自分がスかァー!?」
「誰の所為でこうなった」
「行きヤすよ、行きャーいーンしょ、行きゃァ。で」
「何だ、その手は。金はお前が出せ。お前が今まで飲んだ分を考えればこれでも大まけにまけをしている」

 逃げるように冴さんが購買へ(文字通り)走れば、林原さんはちゃぷちゃぷと残ったわずかな牛乳を、パックからそのまま喉に流し込む。おっと、意外に豪快な飲み方だった。そしてパックを潰してゴミ箱へ。

「リン、ひでーなお前」
「オレはここにいる時間も比較的長い。飲料の確保は死活問題だ」
「めんどくせー男だなァお前は」
「アンタにめんどくささをどうこう言われたくありませんね」


end.


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割と平和な春学期の情報センターである。冴さんは今日も元気にラブ&ピース。
りっちゃんのバイト事情についてはMMPの話でもあまりやったことがなかったと思うけど、地元のサ店……喫茶店で働いています。
牛乳をパックから直飲みするのは高崎のイメージなんだけど、リン様もめんどくさければやりかねなかったねそういえば

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