2016

■silent hotline

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「野坂、いるかい?」
「圭斗先輩! おはようございます!」

 僕たちMMPはこの食堂事務所の機材にサークルの機材を繋いで昼放送のオンエアをさせてもらっている。
 今日の僕がここにいるのは、昨日のサークルで垣間見えた“予感”によるもの。本来、金曜担当の僕が火曜日に来ることはほとんどない。

「どうしたんですか、圭斗先輩が他の曜日のオンエアを見に来るなんて」
「ん、ちょっとね」

 正確には僕だけの予感ではない。本来なら今現在ここにいるべき彼女が抱いた悪い予感だ。簡潔に、伝えることだけ伝えるメールが届いた。「明日のオンエアを頼む」と。
 だけど、野坂なら1人でオンエアに耐え得るはずだ。別に、何も出来ない僕が行かなくたって。そう思うには思ったけど、寝込んでしまった彼女がやっとの思いで伝えたのがそれだ。
 僕に貸しを作るのをとにかく嫌う彼女からの頼み。それは、オンエアを頼むというそれに含まれる意味が僕の思う以上に大きい。そう仮定することは容易い。

「菜月先輩、大丈夫でしょうか」
「どうだろうね。例によって酷そうだけど」
「先週から兆候はあったので、そろそろかなとは思ってたんですが」
「奇遇だね。僕もだよ」

 菜月がこの時期に風邪で1週間ほど寝込むのは定期イベントと化していた。僕からすれば2度ある事は3度あるというまさにそれ。別に驚くことじゃない。

「番組自体は録れたんだね」
「はい。ファンフェスの打ち上げ前に。こーたのおかげで5分の遅刻で済みました」
「結局遅れてるんじゃないか」
「事故渋滞に巻き込まれまして」

 オンエアの準備をする野坂と話をしていると、後ろの方からドアの開く音がする。

「はー、間に合った。おはよー野坂」
「三井先輩、おはようございます」

 ん? これまた本来の曜日とは関係のない男がやってきたね。

「あれっ、圭斗。何やってんの?」
「やあ三井。僕は火曜日ペアの抜き打ちチェックをしに来たところだよ。そう言うお前はどうなんだ」
「菜月が寝込んでるでしょ? 1人だと野坂が寂しいだろうし、ついでに番組のモニターをしようと思って」
「あ。三井、通路を空けよう。店長が戻って来られた。竹尾店長、こんにちは」

 店長が事務所にいると番組を事務所に流すことは出来なくなる。三井はこのタイミングで店長が現れたのを内心悔しがっていることだろう。

「昨日、菜月のお見舞いに行ってきたんだー」
「家に上がったのかい?」
「上げてくれなかったから、桃缶とゼリーだけ渡してきたよ。あと授業のプリントと」
「例によって貢いできたのか」
「でも大分しんどそうだったなあ。明日のオンエアは任せといてとは言っといたから、今頃菜月は安心して寝てるかもね。あっ、何か言付かることはある? 何かあるなら部屋に行って伝えるけど」
「いや、僕は特にないよ」

 あったとしても三井を経由することはない。よっぽど伝えたいことがあるなら返事を必要としない内容のメールをするさ。

「野坂は?」
「いえ、俺も特に。……三井先輩、お見舞いとは言えあまり頻繁に押し掛けるもどうかと。来客の応対は結構疲れると思いますし」
「それもそっか。今日のプリントは元気になってからにしとこっか。あっ、ところで野坂、初心者講習会のことだけどさー」

 菜月、僕はようやく「オンエアを頼む」という言葉の本当の意味が分かったよ。君は「ノサカを頼む」と言いたかったんだね。
 頼むから野坂と三井を逃げ場のない空間で2人にしてくれるなと。そう昨日の時点で察して僕に連絡を入れてきたんだ。

「三井、大の男が2人も事務所にいると店長の仕事に支障が出ないかい? 僕たちは外で見ていよう」
「それもそっか。さすが圭斗、見えてるね」

 僕が見ているから今日のところは安心して寝ていてもらって構わないよ。早く風邪を治して、野坂に元気な顔を見せてやってくれ。


end.


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先週からちょいちょい咳をしていた菜月さんがとうとう寝込んでしまいました。この時期の定期イベントですね。
圭斗さん相手でもまだ普通にお話をしているノサカとももう少しでお別れ……いつものヤツがそろそろ始まって来る頃である。
で、結局三井サンは菜月さんに1年生の頃から今に至るまで、総額いくら貢いでるんだろうなーっていう

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