2018(02)
■cry for the moon
++++
「シャワーあんがと」
「ああ。あ、ドライヤーそこな」
「ん」
「「ん」じゃねえよ」
鏡の前に座って、トントンと自分の後ろに座るよう俺を促した菜月は、コンビニで買った1泊用スキンケアセットの封を開ける。まあ、大方お前が髪を乾かせとかそんなようなことなのだろう。酒の入った菜月のワガママは素面のとき以上だ。
久し振りに飯でも行くかという話になって、現在に至る。菜月は昼放送の収録を終えてから、俺はバイトを終えてからから菜月の部屋の最寄り駅で6時に待ち合わせ。相方が野坂だけにもしかしたらという予防線は張られていたが、合流は時間通り。
飯を食ったら俺が飲みたくなって、飲むなら二輪をどうにかしなきゃいけねえし、何かノリと勢いでムギツーに戻ってきていた。一夜を越せるだけの買い物をして、酒を飲んで。気付けば夜は更けていた。
「はー……しみる~……化粧水ってやっぱ高いヤツの方がいいのかな」
「高けりゃいいっつーモンでもないだろ。相性とか、やり方の問題じゃねえか」
「って言うか、洗面台。お前も肌ケア的なことはしてるんだな」
「まあ、アレだ。バイトが外回りメインだから日焼けもするし。最低限な」
「ふーん。そんな荒れてる感じもしないけど」
「てめェ、摘むな」
肌の質感を確かめると言うにはやや荒っぽく頬を摘まれれば、同じように俺も摘み返す。菜月の肌は普段から気を遣っているのか焼けた様子もなければ荒れた感じでもない。いや、焼けてないのは単純に引きこもってるだけの可能性もあるが。
自分も風呂上がりはこういう匂いなのかな、と菜月の髪に思う。量が多くて、背中まである細い黒髪だ。髪くらい自分で乾かせよと思ったが、まあ。菜月のワガママは今に始まったことでもねえし、多少はご愛敬だろう。
俺もシャワーを済ませて部屋に戻ると、菜月が缶チューハイを手にごろごろしていた。俺の部屋は物が少ないし、暇潰しの出来ない環境だろう。だから、サークルで使ってるネタ帳を文庫本替わりに与えていたのだ。
「お前、俺より俺の部屋で満喫してんな」
「本当はベッドでふかふかしたかったけど、我慢した」
「そうだぞ。ベッドは俺の聖域だからな。何人たりとも上がることは許されねえんだぞ」
「えー……うちはどこで寝ればいいんだー、っぴょーん!」
「あっ、てめェ! 言った傍から」
上がられるだろうとは思っていたからそこまではいいにしても、上がるならチューハイは没収しなければならない。こぼされでもしたら大事件だからな。俺のベッドで本格的にごろごろし始めた菜月は、うつ伏せになって「んー」とくぐもった声を上げる。
「菜月、俺は普通にここで寝るぞ」
「どうぞー」
「そうかよ、あくまで退く気はねえんだな」
中心線上にあった枕を少しずらして、右側に少しスペースを作る。トントンと、このスペースに収まるよう促せば、菜月は不思議そうな顔をしている。お前もさっきやったことじゃねえか。そして俺は自分用にクッションを手にする。
「これって腕枕、というヤツれすか」
「だな。てめェがどかねえっつーからな。つか言えてねえぞ」
「ちょっとふあふあしてるらけだ」
「じゃあ、いつでも寝れるようにしとくぞ」
部屋の電気を消して、布団をかぶる。冷房は緩くかかっているから、羽毛布団をかぶっても暑くはなく気持ちいいくらいだ。菜月はちょうどいいポジションを探すように時折もぞもぞと動いているけど、あとはもう落ちるだけ。カーテンの隙間からうっすらと月の明かりが差し込み、外からは虫の鳴き声がする。近くの部屋から伝ってくる生活音。真上は静かだから、バイトに行っているのだろう。
「そういや菜月、お前コンタクトは」
「とっくに取った」
「ならいい」
軽く右を向けば、菜月と目が合った。息がかかるほどの距離感でしばし見つめ合い、視線を重ね合ったままごく自然に鼻先を軽く擦り合わせる。少し離しては、また擦り合っての繰り返し。
しばらくして我に返ったのか、菜月は慌てた様子で俺の胸に顔を埋める。そして空いている俺の左手を取り、それを自分の胸に持って行くのだ。取られた手からは心臓の鼓動がダイレクトに伝わる。「バカかお前は。はあ、ドキドキする」的なことを言いたいのだろう。
「菜月」
「ん」
「俺もどっこいどっこいだ」
取られていた手でそのまま菜月の手を取り返し、自分の胸へと持って行く。いつもより多少早めに打つ心臓が、態度ほどに平常心ではないということをさらけ出す。
菜月にとっては、俺でなければならないということはひとつもなく、そのときが良ければいいという程度の馴れ合いだろう。傷の舐め合いと言われても仕方がない。だけどこの瞬間、確かに心は癒えている。満たされているのだ。
「そろそろホントに寝るぞ」
「ん」
最後にもう1回鼻先を擦り合わせ、頭を撫でる。
「……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
朝が来ればまたいつもの日常に帰って行く。ここからそこに持って行く物は何もない。これまで通り、進むことも出来ずに置き去りにされた感情がくすぶり続けるだけだ。
end.
++++
高菜年の七夕は多少やりすぎ感があるくらいでいいかなー的なヤツで反省も後悔もしない。私に需要があった。
鼻先を擦り合わせるのはエスキモーキスというキスの一種だそうですね。もしこの事実が伝われば菜月さんの最凶のモンペが黙ってないぞ高崎よ
高菜年の高菜にノサカの割って入る余地は果たして残されているのかという部分もちょっと。ノサカは来年を待て(ローテ上来年はノサナツ年)。
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「シャワーあんがと」
「ああ。あ、ドライヤーそこな」
「ん」
「「ん」じゃねえよ」
鏡の前に座って、トントンと自分の後ろに座るよう俺を促した菜月は、コンビニで買った1泊用スキンケアセットの封を開ける。まあ、大方お前が髪を乾かせとかそんなようなことなのだろう。酒の入った菜月のワガママは素面のとき以上だ。
久し振りに飯でも行くかという話になって、現在に至る。菜月は昼放送の収録を終えてから、俺はバイトを終えてからから菜月の部屋の最寄り駅で6時に待ち合わせ。相方が野坂だけにもしかしたらという予防線は張られていたが、合流は時間通り。
飯を食ったら俺が飲みたくなって、飲むなら二輪をどうにかしなきゃいけねえし、何かノリと勢いでムギツーに戻ってきていた。一夜を越せるだけの買い物をして、酒を飲んで。気付けば夜は更けていた。
「はー……しみる~……化粧水ってやっぱ高いヤツの方がいいのかな」
「高けりゃいいっつーモンでもないだろ。相性とか、やり方の問題じゃねえか」
「って言うか、洗面台。お前も肌ケア的なことはしてるんだな」
「まあ、アレだ。バイトが外回りメインだから日焼けもするし。最低限な」
「ふーん。そんな荒れてる感じもしないけど」
「てめェ、摘むな」
肌の質感を確かめると言うにはやや荒っぽく頬を摘まれれば、同じように俺も摘み返す。菜月の肌は普段から気を遣っているのか焼けた様子もなければ荒れた感じでもない。いや、焼けてないのは単純に引きこもってるだけの可能性もあるが。
自分も風呂上がりはこういう匂いなのかな、と菜月の髪に思う。量が多くて、背中まである細い黒髪だ。髪くらい自分で乾かせよと思ったが、まあ。菜月のワガママは今に始まったことでもねえし、多少はご愛敬だろう。
俺もシャワーを済ませて部屋に戻ると、菜月が缶チューハイを手にごろごろしていた。俺の部屋は物が少ないし、暇潰しの出来ない環境だろう。だから、サークルで使ってるネタ帳を文庫本替わりに与えていたのだ。
「お前、俺より俺の部屋で満喫してんな」
「本当はベッドでふかふかしたかったけど、我慢した」
「そうだぞ。ベッドは俺の聖域だからな。何人たりとも上がることは許されねえんだぞ」
「えー……うちはどこで寝ればいいんだー、っぴょーん!」
「あっ、てめェ! 言った傍から」
上がられるだろうとは思っていたからそこまではいいにしても、上がるならチューハイは没収しなければならない。こぼされでもしたら大事件だからな。俺のベッドで本格的にごろごろし始めた菜月は、うつ伏せになって「んー」とくぐもった声を上げる。
「菜月、俺は普通にここで寝るぞ」
「どうぞー」
「そうかよ、あくまで退く気はねえんだな」
中心線上にあった枕を少しずらして、右側に少しスペースを作る。トントンと、このスペースに収まるよう促せば、菜月は不思議そうな顔をしている。お前もさっきやったことじゃねえか。そして俺は自分用にクッションを手にする。
「これって腕枕、というヤツれすか」
「だな。てめェがどかねえっつーからな。つか言えてねえぞ」
「ちょっとふあふあしてるらけだ」
「じゃあ、いつでも寝れるようにしとくぞ」
部屋の電気を消して、布団をかぶる。冷房は緩くかかっているから、羽毛布団をかぶっても暑くはなく気持ちいいくらいだ。菜月はちょうどいいポジションを探すように時折もぞもぞと動いているけど、あとはもう落ちるだけ。カーテンの隙間からうっすらと月の明かりが差し込み、外からは虫の鳴き声がする。近くの部屋から伝ってくる生活音。真上は静かだから、バイトに行っているのだろう。
「そういや菜月、お前コンタクトは」
「とっくに取った」
「ならいい」
軽く右を向けば、菜月と目が合った。息がかかるほどの距離感でしばし見つめ合い、視線を重ね合ったままごく自然に鼻先を軽く擦り合わせる。少し離しては、また擦り合っての繰り返し。
しばらくして我に返ったのか、菜月は慌てた様子で俺の胸に顔を埋める。そして空いている俺の左手を取り、それを自分の胸に持って行くのだ。取られた手からは心臓の鼓動がダイレクトに伝わる。「バカかお前は。はあ、ドキドキする」的なことを言いたいのだろう。
「菜月」
「ん」
「俺もどっこいどっこいだ」
取られていた手でそのまま菜月の手を取り返し、自分の胸へと持って行く。いつもより多少早めに打つ心臓が、態度ほどに平常心ではないということをさらけ出す。
菜月にとっては、俺でなければならないということはひとつもなく、そのときが良ければいいという程度の馴れ合いだろう。傷の舐め合いと言われても仕方がない。だけどこの瞬間、確かに心は癒えている。満たされているのだ。
「そろそろホントに寝るぞ」
「ん」
最後にもう1回鼻先を擦り合わせ、頭を撫でる。
「……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
朝が来ればまたいつもの日常に帰って行く。ここからそこに持って行く物は何もない。これまで通り、進むことも出来ずに置き去りにされた感情がくすぶり続けるだけだ。
end.
++++
高菜年の七夕は多少やりすぎ感があるくらいでいいかなー的なヤツで反省も後悔もしない。私に需要があった。
鼻先を擦り合わせるのはエスキモーキスというキスの一種だそうですね。もしこの事実が伝われば菜月さんの最凶のモンペが黙ってないぞ高崎よ
高菜年の高菜にノサカの割って入る余地は果たして残されているのかという部分もちょっと。ノサカは来年を待て(ローテ上来年はノサナツ年)。
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