2018(02)

■プロデューサーの責任

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「ケーキ美味っ」
「美味いですね」

 冷蔵庫から取り出してきたケーキを朝霞とつつきながら、今日の悪夢を必死で消し去ろうとしていた。何が悲しくて朝の6時から向島の極悪三人衆と水鈴に押し掛けてこられなきゃいけないんだと。
 俺の誕生日なんか単なる口実で、連中は俺で遊びたかっただけだというのは明らかだ。尤も、俺の向かいでちびちびとケーキをつつく朝霞にしても、誕生日を口実にした梯子酒ついでに俺とお喋りをしに来たという点では同じなのだが。
 俺たちがつついているケーキは、水鈴の妹の奈々ちゃんが作ってくれた物だ。奈々ちゃんは向島大学に入学したそうで、サークルでは極悪連中の後輩としてミキサーを扱っている。悪の道に染まらなければいいが。

「朝霞、お前、今日は授業ないのか」
「ありますけど、3限からなので」
「そうか」

 それだけ言うと、朝霞はまたちびちびとケーキをつつき始めた。昨日の朝霞は、朝霞班に1年が来たことや、丸の池ステージの枠をもらえたことなどを延々と喋っていた。酒に酔うと朝霞は同じ話を何回でも繰り返す。3周目に入った頃にはすっかりぐだぐだになっていたけど、それでもステージに対する熱だけは一貫していた。
 6月組の誕生会という名目の飲みを終えたこれからが本番なのだと。ここから先は、自分が好き放題に見てきた夢を、いかに現実にしていくのかを考えなければならない。時間も、資金も、人員にも限りがある中で、いかに妥協せずにやり抜くか。それがPの腕の見せ所なんですよ。そんなことを。

「さすがにまだ授業をサボるほどじゃないんだろ」
「そうですね、さすがにまだ出てます」
「と言うか本来授業はサボるモンじゃないけどな」

 ちなみに、朝霞はステージに熱を入れるあまり授業を平気でサボる。さすがにテストやレポートはやってるようだけど、単位を落とさない最低限と言う感じでお世辞にも成績は良くないそうだ。
 放送部に何割かいる、ステージを理由に単位を落としまくる奴のことを考えると朝霞は熱量の割に学業もまあやっている方なのかもしれない。裕貴からチラリと聞いた洋平の成績と比較するとお察しということにはなるのだけど。

「今年の春学期は越谷さんの教えを忠実に守ってレポートか出席100%の授業しか履修してません。丸の池直前の大事な時期にテストなんかやってられないですからね」
「俺はそこまで極端にやれと言った覚えはないぞ」
「言ったじゃないですか! 3年のこの時期に勝負を懸けたかったら1・2年のうちにちゃんとやっとけって!」
「それをどう曲解したらテストのある授業は取るなってなるんだ。と言うかそれで興味関心のある講義が取れなかったら学生としては本末転倒じゃないか」
「そんな物があれば4年で取ります」

 言っても文系の4年は授業なんかそうそうないとは裕貴の様子を見て知っているし、朝霞も成績はともかく単位自体に取りこぼしはない。そんな状態で、4年になってまで授業を取るかと言われれば、否だろう。
 行動の何もかもをステージ中心にしてしまうのが朝霞の頼れるところであり、怖いところなのかもしれない。怖いと言うのは、鬼とまで呼ばれた入れ込みようだけじゃなく、それで体を壊しかねないな、ということ。

「まあ、授業はともかくステージです、俺が無責任に見てきた夢と言うか妄想を、どう書けば山口たちに託すことが出来るのか。それで、どうすればその場の人を楽しませることが出来るのかを考えることはやっぱり難しいですから」
「それはいいけど、ちゃんと飯は食って睡眠時間は確保しろよ。休まないと効率は落ちるからな」
「飯を食ってる時間が一番削りやすいんですよ」
「確かにお前は食うのが遅い方だけど、それは絶対削るな。レッドブルやウィダーで繋ぐようなことばっかしてたら死ぬぞ」
「ステージで死ぬなら本望です」
「朝霞、仮にもプロデューサーならそんな無責任な事を言うな」
「……すみません」
「わかればいい。いいか、無茶はするな。去年までは俺が無理矢理止めてたけど、本来は自分でコントロールすべきことだぞ。己の力量も理解してこそのプロデューサーだ」
「はい」

 喋りながら俺はケーキをすっかり完食してしまっていたけど、喋りながら食べることをしない朝霞の皿の上にはまだ塊で残っている。それがどうにもこうにも美味そうに見えて、フォークを構える。

「あー! 越谷さん人のイチゴを! またやった!」
「元は俺のケーキって体だし多少はご愛敬かなと」
「人に食えって言っときながらそれを盗っていきますか…! あーもう、さっさと食っときゃ良かった!」
「ま、それだけ食いモンに執着出来るならまだ健全だな」
「どの口が言ってんですかもう!」


end.


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こっしーさんの誕生日回です。今年は越谷コロス隊による惨劇の後のワンシーンをお送りしました。
奈々が作って来たのはよくあるイチゴのケーキなのかな。しかし一番肝心なイチゴを例によって横取りされた朝霞Pである
こっしーさんからすれば朝霞Pはまだどこか危なっかしいところがあるのかしら。朝霞Pに物を言える人の存在です。

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