2018
■寄りかかる背中
++++
「ちょっと、機材そっちちゃんと繋げてるー?」
「こっちは多分大丈夫」
「ツカサ、アナウンサー講習用の教室は設営オッケー?」
「今やってるトコ。資料も机に置いて来てるし、大丈夫だと思う」
「ちょっとハマ男、アンタもいるなら手伝ってよ」
「よしきた! 何すりゃいい?」
初心者講習会の日がいよいよやって来た。結局、一昨日のメールから三井先輩に関する動きはなく今日という日を平和的に迎えたのだけど、それでもやっぱりいつ何が起こるかわからないので警戒するに越したことはない。
会場となっている星大には対策委員と講師の先輩方、それからつばめの手違いで対策委員の集合時間に来てしまった青敬の真司がいて、やいやいと機材や教室の準備をしている。今回は星大の施設と機材を使わせてもらっている。
「とりあえず、集めた機材保障費はツカサに渡すから、後は星大で何かしといて」
「わかった」
「くー、2連続でIFに収入がないのはキッツイなー」
「何言ってんですかカズさん。今回はともかく前回は定例会が機材掘り起こすのサボったからっしょ?」
「いやー、それを言われちゃキツい。さすがつばちゃん」
「アタシ、権威に対してはとことん痛いトコ突きますよ」
余談だけど、機材保障費というのはもしも機材に何かあった時のために1人500円をいただいていて、つまりは保険のようなものだ。何もなければ機材保障費は定例会の予算として計上されることになっているけど、それはインターフェイスの機材を使った時の話。
今回は、と言うかその前のファンフェスでも星大さんの機材を使わせてもらっているので機材保障費のウン万円はそのまま星大さんの財布に入ることになっている。まあ、対策委員の収入にはどう転んでもなりませんでした。
「ノサカ、ちょっといいか」
「あっ、はい」
講習用のレジュメを読み返していらっしゃった菜月先輩から声を掛けられ、そのまま後ろについて行く。どんどん講習会の教室からは離れて行って、声も遠ざかり、菜月先輩の足音が静かな廊下に響いている。
菜月先輩の手にはレジュメとタオル。もしかすると、見本番組の打ち合わせだろうか。だとするなら静かな場所の方が集中出来るとか、そんなようなことか。菜月先輩には無理を言って講師を引き受けていただいた。不備はないようにしておきたい。
「……けほっ」
「菜月先輩?」
「ごほっごほっ!」
「菜月先輩! 大丈夫ですか!」
「騒ぐな、大丈夫だ」
「ですが、やっぱりまだ本調子では」
タオルを口元に当てて、激しく咳込む菜月先輩に俺は何も出来ないでいた。先輩の体調が本調子ではないのは俺もわかっていた。わかっていて講師をお願いしたし、もしそれで何かあったとしても俺が責任を取ると。
「ちょっと、背中を……けほっごほっ」
「背中ですね。こう、ですか?」
「ああ、手を当ててくれてるだけでいい」
菜月先輩は縋るように壁に手を当て、講習会の教室からは隠れるように。時折ひゅうひゅうと息をしながら、とめどなく出る咳と戦っている。
「お薬は。先日圭斗先輩が買ってきてくださった物が」
「飲んでるけど、飲んだ上でこうだ」
「本当に、大丈夫ですか」
「大丈夫だ。大分良くなっては来てるけど、たまたまが今出てるだけだ。今出てるなら、しばらくは大丈夫なんだ。薬も飲んでる。対策委員にはうちのことで余計な心配を掛けたくない。だけど、お前には知っていてもらわなきゃいけない。げほっげほっ」
それは多分、対策委員の議長としてではなく番組の相方ミキサーとして。何かあったらその時は頼むということなのだろう。番組に関係するところでの菜月先輩の考えは少しずつわかってきている。今回はきっと、ミキサーとして状況を共有されたのだ。
タオル越しにゆっくりと息を吸ったり吐いたりを繰り返して、菜月先輩は少しずつ自分の呼吸を取り戻されている。俺はただただ背中にある手をそのまま置いておくしか出来ず、見守るだけなのだ。
「……よし」
「大丈夫ですか」
「大丈夫だ。教室に戻ろう」
「はい」
教室に戻ると菜月先輩はすっかりいつものお顔に戻られていた。どこ行ってたの、という問いには俺と講習内容や番組の最終打ち合わせをしていたと。それを誰も不思議には思っていないようだ。そして、この時間行われていたことの真実を知るのは俺だけだ。
「最後の最後まで打ち合わせなんて2人とも真面目だねー」
「これで問題ないとは思うのですが、もしミキサー視点で何か足りない点があった場合などは伊東先輩の方から補足をお願いします」
「わかったよー」
「あとはあれだなノサカ」
「あれとは」
「星大の自販機か購買の場所だな。水が欲しいなと思って」
「はっ、対策委員の予算から…!」
「いや、自分で出すからそこまでしてもらわなくても」
end.
++++
ちょっとは風邪が収まっているとは言え、まだ完全に治ってはいないので咳自体はたまに出てしまう菜月さんです
対策委員の苦労だとか、どれだけ当日バタバタするかはわかっているので余計な心配はかけたくなかった模様
そして水を欲しがる菜月さんに対策委員の予算から出そうとするノサカである さすがにそこまではせんで大丈夫よ
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「ちょっと、機材そっちちゃんと繋げてるー?」
「こっちは多分大丈夫」
「ツカサ、アナウンサー講習用の教室は設営オッケー?」
「今やってるトコ。資料も机に置いて来てるし、大丈夫だと思う」
「ちょっとハマ男、アンタもいるなら手伝ってよ」
「よしきた! 何すりゃいい?」
初心者講習会の日がいよいよやって来た。結局、一昨日のメールから三井先輩に関する動きはなく今日という日を平和的に迎えたのだけど、それでもやっぱりいつ何が起こるかわからないので警戒するに越したことはない。
会場となっている星大には対策委員と講師の先輩方、それからつばめの手違いで対策委員の集合時間に来てしまった青敬の真司がいて、やいやいと機材や教室の準備をしている。今回は星大の施設と機材を使わせてもらっている。
「とりあえず、集めた機材保障費はツカサに渡すから、後は星大で何かしといて」
「わかった」
「くー、2連続でIFに収入がないのはキッツイなー」
「何言ってんですかカズさん。今回はともかく前回は定例会が機材掘り起こすのサボったからっしょ?」
「いやー、それを言われちゃキツい。さすがつばちゃん」
「アタシ、権威に対してはとことん痛いトコ突きますよ」
余談だけど、機材保障費というのはもしも機材に何かあった時のために1人500円をいただいていて、つまりは保険のようなものだ。何もなければ機材保障費は定例会の予算として計上されることになっているけど、それはインターフェイスの機材を使った時の話。
今回は、と言うかその前のファンフェスでも星大さんの機材を使わせてもらっているので機材保障費のウン万円はそのまま星大さんの財布に入ることになっている。まあ、対策委員の収入にはどう転んでもなりませんでした。
「ノサカ、ちょっといいか」
「あっ、はい」
講習用のレジュメを読み返していらっしゃった菜月先輩から声を掛けられ、そのまま後ろについて行く。どんどん講習会の教室からは離れて行って、声も遠ざかり、菜月先輩の足音が静かな廊下に響いている。
菜月先輩の手にはレジュメとタオル。もしかすると、見本番組の打ち合わせだろうか。だとするなら静かな場所の方が集中出来るとか、そんなようなことか。菜月先輩には無理を言って講師を引き受けていただいた。不備はないようにしておきたい。
「……けほっ」
「菜月先輩?」
「ごほっごほっ!」
「菜月先輩! 大丈夫ですか!」
「騒ぐな、大丈夫だ」
「ですが、やっぱりまだ本調子では」
タオルを口元に当てて、激しく咳込む菜月先輩に俺は何も出来ないでいた。先輩の体調が本調子ではないのは俺もわかっていた。わかっていて講師をお願いしたし、もしそれで何かあったとしても俺が責任を取ると。
「ちょっと、背中を……けほっごほっ」
「背中ですね。こう、ですか?」
「ああ、手を当ててくれてるだけでいい」
菜月先輩は縋るように壁に手を当て、講習会の教室からは隠れるように。時折ひゅうひゅうと息をしながら、とめどなく出る咳と戦っている。
「お薬は。先日圭斗先輩が買ってきてくださった物が」
「飲んでるけど、飲んだ上でこうだ」
「本当に、大丈夫ですか」
「大丈夫だ。大分良くなっては来てるけど、たまたまが今出てるだけだ。今出てるなら、しばらくは大丈夫なんだ。薬も飲んでる。対策委員にはうちのことで余計な心配を掛けたくない。だけど、お前には知っていてもらわなきゃいけない。げほっげほっ」
それは多分、対策委員の議長としてではなく番組の相方ミキサーとして。何かあったらその時は頼むということなのだろう。番組に関係するところでの菜月先輩の考えは少しずつわかってきている。今回はきっと、ミキサーとして状況を共有されたのだ。
タオル越しにゆっくりと息を吸ったり吐いたりを繰り返して、菜月先輩は少しずつ自分の呼吸を取り戻されている。俺はただただ背中にある手をそのまま置いておくしか出来ず、見守るだけなのだ。
「……よし」
「大丈夫ですか」
「大丈夫だ。教室に戻ろう」
「はい」
教室に戻ると菜月先輩はすっかりいつものお顔に戻られていた。どこ行ってたの、という問いには俺と講習内容や番組の最終打ち合わせをしていたと。それを誰も不思議には思っていないようだ。そして、この時間行われていたことの真実を知るのは俺だけだ。
「最後の最後まで打ち合わせなんて2人とも真面目だねー」
「これで問題ないとは思うのですが、もしミキサー視点で何か足りない点があった場合などは伊東先輩の方から補足をお願いします」
「わかったよー」
「あとはあれだなノサカ」
「あれとは」
「星大の自販機か購買の場所だな。水が欲しいなと思って」
「はっ、対策委員の予算から…!」
「いや、自分で出すからそこまでしてもらわなくても」
end.
++++
ちょっとは風邪が収まっているとは言え、まだ完全に治ってはいないので咳自体はたまに出てしまう菜月さんです
対策委員の苦労だとか、どれだけ当日バタバタするかはわかっているので余計な心配はかけたくなかった模様
そして水を欲しがる菜月さんに対策委員の予算から出そうとするノサカである さすがにそこまではせんで大丈夫よ
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