2018

■暗黙の相互フォロー

++++

 上から何か騒がしい音がしてるなと思った。Lだけじゃなくて、結構な大人数が集まっているような感じ。何が起きてんだと思い返してみれば、今日の日付がそういう日だった、6月のミキ飲みが開催されているのだろう。
 MBCCというサークルは隙さえあれば飲んでるし、誰かの誕生日なんざそのための口実だ。6月は伊東の誕生日だの何だのと行事自体はあるが、伊東の誕生日はあくまで宮ちゃん優先だし、その他については俺が知ったこっちゃねえ。
 そんな理由で6月に関してはミキサーが集まって飲むような感じになっているらしいが、よりによって真上でやるか。伊東の部屋でも良かったんじゃねえのか。大体、いつもサークルにいるミキサー連中だけならここまでドタバタすることもねえんだ。
 上からの音にイライラして棒に手を伸ばしたそのとき、突然インターホンが鳴った。宅配を頼んでいた覚えもないし、こんな時間に誰が何の様だと。もう一度音が鳴るモンだから、棒を手にしたまま玄関へ。

「はい」
「あっ高ピー、ゴメンねうるさくして」
「何だ、お前か」

 玄関先にいたのは伊東で、その手には何やら箱がある。

「あっこれ、ほんの気持ち。ロールケーキなんだけど」
「ロールケーキ?」
「6月6日はロールケーキの日だから焼いてみたんだ」
「よくやるなお前も」
「こないだ慧梨夏が小麦粉を大量に買って来たんだって、安かったからって」
「まあ、アイツはその辺見境ないしな」
「そうなんだよ」

 ロールケーキを受け取り、箱を開くとご丁寧にも食いやすいようにカットしてあった。それをさっそく1枚摘まんでいただく。うん、さすが伊東の作るモンだけあって美味い。サークルの時にも果林に渡していたようだし、どんだけ焼いてんだと。

「今が9時でしょ、まだもう少し騒がしくするかもだけど」
「まあ、多少はな。ただし武藤はぶっ飛ばす」
「あはは」

 この6月のミキ飲みを目掛けて武藤とかいう会計職を実質的に放棄しやがった幽霊部員がどこともしれない旅からふらふらと帰って来やがるのだ。奴さえいなければミキサー飲みがこんなに騒がしくなることもなく、向島風に言えば「酒のある食事会」とかそんなノリでまったりとやっているはずだったんだ。
 俺は奴とはてんで合わねえ。どれだけミキサーとしてのセンスがあったとしても、考え方やスタンスが合わなけりゃ番組を作ることなんざ不可能だし、奴の方も俺のいる場所には近寄ろうとしねえ。奴が絡む以上俺は6月のミキ飲みには関わらねえと決めている。

「今日が飲みで、明日はデートなんだろ」
「あ、聞いてたもしかして」
「まあ、パターンにもなってるしな。ワールドカップと日程重ならなくてよかったな」
「ホントそれ! 今年は忙しくなるぞ~、テレビとレコーダーも買い替えたからね」
「サッカーのためだけにホントよくやるよなそこまで」
「サッカーは大事だよ!」
「でも、それでサークルがぐだぐだになるのだけはマジで勘弁してくれよ」
「んー、大丈夫じゃないかな、日程的に、3時開始の試合がちょっとキツいかなーってくらいで、完全に昼夜逆転するってレベルまでは行かなさそうだし」
「ふーん。ま、IFサッカー部とやらが真上でうるさくしなきゃ別に好きにしてもらっていいんだけどよ」
「あ、IFサッカー部の観戦は多分スポーツバーかうちメインだと思うし大丈夫だよ」

 伊東にストレス発散出来る趣味と言うか、先の楽しみがあってよかったなと切に思う。初心者講習会だのサークルへの不法侵入だのヒリヒリするだけの材料がしっかりと揃ってしまっていたし、デートや今の場合はミキ飲み、それからサッカーのことを楽しみに前向きでいてくれることが救いだ。
 自分より充実した暮らしを送っている奴を妬んで叩きたいだけの奴は一定数存在する。伊東はその被害にリアルで遭っているという風に俺は解釈しているが、そんな連中は相手にするだけ無駄なんだ。構ったところで何もプラスにはならない。

「まあ、今日明日でリフレッシュして来い。お前なら準備も1日ありゃ十分だろ」
「ありがとね高ピー」
「何がだ」
「こないだから気遣ってもらっちゃってて」
「気にすんな。そろそろ上に戻ったらどうだ」
「そうだね。じゃあね高ピー」
「じゃあな。あ、しばらくはいいけど、12時以降はうるさくすんなよ。12時以降に騒がしくした瞬間お前ら全員一列に並べてぶっ飛ばしてやる」
「寝るんだね。わかったよ、静かにするね」

 ドアが閉まれば、階段を昇っていく足音が響く。俺はもらったロールケーキの箱を冷蔵庫にしまい込み、手にしたままだった棒を元あった場所に戻した。次に棒を手にするのは12時以降だろう。


end.


++++

ミキ飲みが行われているその真下でいち氏が気持ちばかりの差し入れを持ってきました。\ロールケーキ/
高崎はいち氏に降りかかっている事情もわかっているし、去年のお話であった村井おじちゃんからの指示も守ってるんでしょう。
手にしていた棒は天井を突いて上に対する抗議のためのものだけど、その調子じゃいつか穴を開けそうで怖いね!

.
80/100ページ