2018
■巻いた筒から覗く先
++++
「いっちー先輩おはよーございまーす」
「おはよう」
今日は火曜日で、MBCC昼放送は俺と果林の担当になる。昼放送は第1学食の事務所から生放送でやらせてもらっていて、機材なんかの条件は当然サークル室とは違って来るんだけど、その辺はミキサーが上手いことやって対応するって感じかな。
「よーし、やってやりますよ」
「一晩経って、忘れてないかだね」
「そうなんですよ。いっちー先輩ジャッジは厳しめにお願いしますね」
「わかったよ」
昨日から、果林は高ピーの下で猛特訓を始めた。それと言うのも、初心者講習会絡み。最初、全体講習を担当する講師の候補が高ピーだったんだけど、対策の会議に乱入してきたミッツとのやり取りの中で、果林がキレたのだ。
そこまで言うなら高ピー先輩を出すまでもないですよねー、と。その代わり、少しでもこっちの意向に沿わない講習になった場合プロ講師とかいう人を即下ろすし報酬も出さないと、啖呵を切った。それだけプロという人は素晴らしいしこっちの思うことなんかもわかってるんでしょ、と。
――というワケで講師を降りることになった高ピーが、果林に対して付きっ切りで指導をしてるってワケ。確かに付け焼き刃かもしれない。だけど、そんな付け焼き刃だってないよりはマシだ。それも果林なりの覚悟だったんだろうと思う。対策委員委員長としての責任も背負って。
「2分前です」
「緊張して来ました。いつもよりすっごいです」
「大丈夫? 気負ってない?」
「大丈夫です。やらなきゃいけないことには違いないんで」
果林の顔つきがいつもと違うように感じた。いつもはもっとリラックスしてるような感じで、言い方は悪いかもしれないけど緊張感もあまりないような感じだった。だけど、今は緊張感が物凄い。リミットが迫る中で、どうにかしなきゃという焦りにも似たそれだ。
そういう緊張感をほぐしてあげるのは隣にいるミキサーの役割だ。今の果林に降りかかる事情も俺はわかっている。と言うか俺も当事者の1人みたいなものだし。確かに土曜日を見据えるのは大事なんだけど、目の前の番組はどこを向くのかと。
「果林」
「はい」
「今番組をやる上で、見るべきなのは講習会でも高ピーでも、ミッツでもないからね。その辺はしっかり」
「はーい。目の前のリスナーですよねー」
「なんだ、分かってたんだ」
「その辺もしっかり叩き込まれてまーす」
「ごめんごめん、それじゃあ余計なお世話だったね」
「いえ、ありがとうございます」
やっぱりその辺はさすが高ピーと言うか、いや、それを一晩経ってもしっかり覚えていた果林を褒めなきゃいけない。昨日学んだことをどこまでリスナーに向けて実践できるか。そうだね、俺も改めてその辺を意識しなきゃいけないね。
「それじゃあ10秒前です。……5、4、3」
キューを振れば、果林の明るい声が食堂へと流れていく。果林の声は週の終わりと言うより前半の方に聞きたい。昨日学んだこともしっかりと意識しながら、丁寧に組み立てているという印象を受ける。今のところはいいよ。
曲に入れば俺は自分の耳で音のバランスを聞きに出かける。そしてそのついでに学食がどれくらい混雑しているかを見て、それをアナウンサーさんに伝えるのだ。伝えたそれは生の情報としてアナさんが使ってくれる。
今日の番組はどこかで高ピーも聞いているのだろうか。ヨシが多分いつものぼっち席で聞いてると思うから、後でどうだったか聞けるには聞けるんだけど。俺が聞く限り今回は今期の中で一番いい出来だと思う。トークの内容も上手くまとまってるし。はー、高ピー聞いてないかなー、どうかなー。
「はい、お疲れ様でした」
「ありがとうございまーす」
「今日は本当に良かったよ。ダメなトコ探すのが難しかったくらい。でも後でヨシにも聞いてみようね。アナウンサー視点で気になるところがあったかもしれないから」
「はーい」
「果林は本当によく頑張ってるし、明日ロールケーキ焼いて持ってくるから食べてね」
「わーいいっちー先輩のロールケーキ! 最高のご褒美ですよねー! って、どうしてロールケーキなんですか?」
「ほら、明日ミキ飲みだからね。6月6日はロールケーキの日だから。それに、何かこないだ慧梨夏が小麦粉を大量に買って来てくれてさ。いくら安かったからって限度ってモンがあるよね」
「小麦粉に限度なんてないです!」
「あはは、それじゃあ果林には1本丸々あげるからね。カットしとく?」
「そうですね、カットしてある方が食べやすいには食べやすいんで、お願いしまーす」
明日も明後日もその次も、日々鍛錬なんだ。初心者講習会が終わっても、まだその先に向かって行かなきゃいけない。俺も目先のことだけじゃなくて、先を先を見据えていかなきゃね。とりあえず今日はロールケーキで夜なべですね。
end.
++++
緑ヶ丘でも火曜日はいろいろあるようで。果林が高崎の下で猛特訓を始めていたり、いち氏がケーキ作りを頑張ろうとしてたり。
講習会に関連する動きはそれこそいち氏も当事者なので話は耳に入ってるし、みんな知らんところで三井サンがメールを送って来てたりと大変なんやろなあ
明日はロールケーキ大会みたいなことが開かれるのかな! 一応ミキ飲みはいち氏も祝われる側なんだけどな!
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「いっちー先輩おはよーございまーす」
「おはよう」
今日は火曜日で、MBCC昼放送は俺と果林の担当になる。昼放送は第1学食の事務所から生放送でやらせてもらっていて、機材なんかの条件は当然サークル室とは違って来るんだけど、その辺はミキサーが上手いことやって対応するって感じかな。
「よーし、やってやりますよ」
「一晩経って、忘れてないかだね」
「そうなんですよ。いっちー先輩ジャッジは厳しめにお願いしますね」
「わかったよ」
昨日から、果林は高ピーの下で猛特訓を始めた。それと言うのも、初心者講習会絡み。最初、全体講習を担当する講師の候補が高ピーだったんだけど、対策の会議に乱入してきたミッツとのやり取りの中で、果林がキレたのだ。
そこまで言うなら高ピー先輩を出すまでもないですよねー、と。その代わり、少しでもこっちの意向に沿わない講習になった場合プロ講師とかいう人を即下ろすし報酬も出さないと、啖呵を切った。それだけプロという人は素晴らしいしこっちの思うことなんかもわかってるんでしょ、と。
――というワケで講師を降りることになった高ピーが、果林に対して付きっ切りで指導をしてるってワケ。確かに付け焼き刃かもしれない。だけど、そんな付け焼き刃だってないよりはマシだ。それも果林なりの覚悟だったんだろうと思う。対策委員委員長としての責任も背負って。
「2分前です」
「緊張して来ました。いつもよりすっごいです」
「大丈夫? 気負ってない?」
「大丈夫です。やらなきゃいけないことには違いないんで」
果林の顔つきがいつもと違うように感じた。いつもはもっとリラックスしてるような感じで、言い方は悪いかもしれないけど緊張感もあまりないような感じだった。だけど、今は緊張感が物凄い。リミットが迫る中で、どうにかしなきゃという焦りにも似たそれだ。
そういう緊張感をほぐしてあげるのは隣にいるミキサーの役割だ。今の果林に降りかかる事情も俺はわかっている。と言うか俺も当事者の1人みたいなものだし。確かに土曜日を見据えるのは大事なんだけど、目の前の番組はどこを向くのかと。
「果林」
「はい」
「今番組をやる上で、見るべきなのは講習会でも高ピーでも、ミッツでもないからね。その辺はしっかり」
「はーい。目の前のリスナーですよねー」
「なんだ、分かってたんだ」
「その辺もしっかり叩き込まれてまーす」
「ごめんごめん、それじゃあ余計なお世話だったね」
「いえ、ありがとうございます」
やっぱりその辺はさすが高ピーと言うか、いや、それを一晩経ってもしっかり覚えていた果林を褒めなきゃいけない。昨日学んだことをどこまでリスナーに向けて実践できるか。そうだね、俺も改めてその辺を意識しなきゃいけないね。
「それじゃあ10秒前です。……5、4、3」
キューを振れば、果林の明るい声が食堂へと流れていく。果林の声は週の終わりと言うより前半の方に聞きたい。昨日学んだこともしっかりと意識しながら、丁寧に組み立てているという印象を受ける。今のところはいいよ。
曲に入れば俺は自分の耳で音のバランスを聞きに出かける。そしてそのついでに学食がどれくらい混雑しているかを見て、それをアナウンサーさんに伝えるのだ。伝えたそれは生の情報としてアナさんが使ってくれる。
今日の番組はどこかで高ピーも聞いているのだろうか。ヨシが多分いつものぼっち席で聞いてると思うから、後でどうだったか聞けるには聞けるんだけど。俺が聞く限り今回は今期の中で一番いい出来だと思う。トークの内容も上手くまとまってるし。はー、高ピー聞いてないかなー、どうかなー。
「はい、お疲れ様でした」
「ありがとうございまーす」
「今日は本当に良かったよ。ダメなトコ探すのが難しかったくらい。でも後でヨシにも聞いてみようね。アナウンサー視点で気になるところがあったかもしれないから」
「はーい」
「果林は本当によく頑張ってるし、明日ロールケーキ焼いて持ってくるから食べてね」
「わーいいっちー先輩のロールケーキ! 最高のご褒美ですよねー! って、どうしてロールケーキなんですか?」
「ほら、明日ミキ飲みだからね。6月6日はロールケーキの日だから。それに、何かこないだ慧梨夏が小麦粉を大量に買って来てくれてさ。いくら安かったからって限度ってモンがあるよね」
「小麦粉に限度なんてないです!」
「あはは、それじゃあ果林には1本丸々あげるからね。カットしとく?」
「そうですね、カットしてある方が食べやすいには食べやすいんで、お願いしまーす」
明日も明後日もその次も、日々鍛錬なんだ。初心者講習会が終わっても、まだその先に向かって行かなきゃいけない。俺も目先のことだけじゃなくて、先を先を見据えていかなきゃね。とりあえず今日はロールケーキで夜なべですね。
end.
++++
緑ヶ丘でも火曜日はいろいろあるようで。果林が高崎の下で猛特訓を始めていたり、いち氏がケーキ作りを頑張ろうとしてたり。
講習会に関連する動きはそれこそいち氏も当事者なので話は耳に入ってるし、みんな知らんところで三井サンがメールを送って来てたりと大変なんやろなあ
明日はロールケーキ大会みたいなことが開かれるのかな! 一応ミキ飲みはいち氏も祝われる側なんだけどな!
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