2017(04)

■出会いの糸を結う

++++

「こんにちはー」
「何もないけど上がってくれ」

 もうすぐ卒業して実家に戻るということで、少しずつ物が減っている越谷さんの部屋。今日は私たち姉妹の家を圧迫しつつある物を越谷さんにもお裾分けに来た。原付でちょっと(結構)走れば来れるので楽ですね。

「越谷さん、よかったらお菓子どうぞ」
「ありがとうと言いたいところだけど、黄色くて丸くてふわふわしたヤツだったら俺も大量に持ってるんだよなあ」
「あっ、そうですよね! 出所を考えたら…! 完全に失敗です!」

 最近、かんなが外から帰ってくる度に黄色くて丸くてふわふわしたお菓子を持ち帰って来る。何でも、萩さんからのもらい物。ホワイトデーには早いんじゃないかと思ったけど、そういうことでもない。
 萩さんはこの春から百貨店に就職することになっていて、今は研修中。そこでバイトをしている女の子から練習で作ったというお菓子を大量にもらっていて、それが越谷さんやかんなといった周りの人にまで流れているというワケ。
 そうだよ、元々萩さんからということは、越谷さんに回って来てないワケがなかったんだなって。この調子じゃ水鈴さんと奈々もダメそうだ。どうしよう。うちにもまだまだあるのに。

「さすがの裕貴でも食い切れなくなったみたいだけど、その子どんだけ作ってんだろうな」
「好きな人にあげる練習用って聞きましたけど、かんながちょっと不機嫌なんですよ」
「ああ、裕貴が女の子から物もらってることに対してか」
「そうなんですよ。それでお菓子は美味しくいただいてるんですけどほぼほぼカリカリしてるんですよ」

 大量にある黄色くて丸くてふわふわしたヤツは明日にでもバイト先の事務所に差し入れとして置いておくことにした。手作りなので出来れば当日中に食べてくださいと書置きをして。私も越谷さんも少し飽きが来てたというのもある。

「でも、私もハマちゃん先輩から聞いてびっくりしたんですけど、この黄色いお菓子って運命を結んだお菓子なんですってね」
「運命を結ぶ?」

 ハマちゃん先輩から聞いた話。この黄色いお菓子は、春に体を壊して食べられる物が限られてしまった長野さんに対して作られた物。愛情がいっぱいいっぱい込められたお菓子なんだとか。
 夏に2人が偶然出会ってから長野さんの食事療法が始まって、秋が来て、冬になって。友達とか恋人とか、これという名前のある関係ではなかったけど、とてもあったかい間柄だったんだって。
 だけど、青敬の一部学部は次の春にキャンパスを移転する。長野さんの文学部もそう。就職で地元に帰ることを視野に入れていた長野さんは、その子がいなくても生きていかなきゃいけないからと黙って引っ越した。

「――で、再会して付き合い始めたのか」
「みたいなんです? 短編映画に出来そうな話ですね」
「あやめ、撮るのか?」
「残念ながら私は映画が得意じゃないんです。ストーリーのある物を撮ると言うよりは、撮った物からストーリーを見出したい方なので」

 ストーリーのある物を撮るのが得意じゃないのは結婚式で流される映像を作る身としてはちょっと致命的じゃないかと思うけど、私はまだ伸びしろがあるということで。
 越谷さんは卒業を控えてバイトも退社したけど、私とかんなはこれから2年目。かんなは相変わらず時々自分のことを空想していて、私はそれを突っつきながらの仕事。そう近況を言えば、越谷さんは笑っている。

「まあ、かんなは相変わらずにせよ、お前も相変わらず作品にストイックだな」
「私は普通ですよ。でもすごく楽しいです。サークルでもハマちゃん先輩と一緒にドローンを飛ばしたりしてて」
「へえ、やっぱ青敬はやることが本格的だな」
「もっといろいろ作りたいです。時間が全然足りないです。ご飯食べてても編集したいくらいです」
「いいかあやめ、いい作品を作りたいなら体調を万全にしておけ。どれだけ作業が乗ってても、ちゃんと飯食ってちゃんと寝ろ。どんなにいい構想があったって、体を壊しちゃ何も出来ないんだからな。お前みたく自分の足で稼ぐ奴なら尚更だ」
「はい」
「間違ってもレッドブル飲みながら不眠不休で作業したり飯食う時間がもったいないっつってウィダーで済ますな、いいな。俺からの最後の忠告だ」

 例が具体的過ぎて、越谷さんの周りにはきっとそういう人がいたんだなって想像させるには十分すぎる。それに、必死さもひしひしと伝わって来て。体が資本とはよく言ったと思う。創るための道具はあるけれど、まず整えるべきは自分の体だ。

「ところで、越谷さんって水鈴さんとはどうなりました?」
「どうもしませんが何か」
「ここは運命を結ぶお菓子でひとつ」
「何がひとつだ」


end.


++++

黄色くて丸くてふわふわしたお菓子を日々練習しているであろうさとちゃんから流れて来るみたいですね
こっしーさんからの忠告が具体的過ぎてそれはもう完全にどこぞの鬼のPとかいうワーカホリックのことを思い出してんだろうなって
ストーリーがあってそれを形にするのか、形にしたものからストーリーを見出すのかっていうのは人によってまた変わりそうで面白そう。

.
94/100ページ