2026

■そもそもの問題

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「……君。シノ……ん」
「シノ」
「シノキ君」
「おい、シノ。シノ起きろ」
「シノキ君!」
「ふあっ」

 遅かった。木曜3限、確かに昼食後で眠くなりやすい時間ではあるけど、思いっきり船を漕ぎ始めたシノを止めなければマズいと体を揺さぶったのだけど、優しすぎたか。
 寝ぼけ眼のシノが、きょろきょろして状況を確かめている。佐藤先生がじとりとシノを見つめ、「私の授業で寝るとはいい度胸だねえ、君ぃ」と講義用のマイク越しでない声がより生々しさを含んでいるように思う。普通の授業ならともかく、ゼミだぞ。バレるに決まってるだろ。

「シノキ君、言い訳を聞こうか。私の講義が難しすぎたのかな? それとも簡単すぎてつまらなかったのかな?」
「ガチな話をすれば、蚊のせいっす!」
「蚊ぁ?」
「夜中から朝方までずーっと蚊に食われてめっちゃ痒くって、耳元でプーンっていうから飛び起きたりしてたら全然寝れなくって。ほらここ、めっちゃ掻いた痕」
「本当に言い訳をしなくていいんだよ。それはそうと、またこんなことがあっても良くないから今日の帰りに蚊取り線香と痒み止めを買ってきなさい」
「ササ、俺蚊取り線香なんか使ったことないけど、ブタの入れ物とか買わなきゃいけないんか?」
「私の年齢を考えなさいよ! 蚊除けの例えでしょうが! 蚊取り線香っていう実際の物じゃなくて、とにかく蚊を落とすものを買いなさいと言っているんだよ」
「あ~! ハエ叩きとか?」
「……佐々木君、君もシノキ君の買い物に付き合いなさい。本当に効果がありそうなものを選ぶ手伝いをするんだよ」

 ――というわけで、ゼミが終わってからも先生にとっとと買い物に行けと刺されたのでシノと一緒に出かけることに。俺たちとすれ違いでスタジオの階段を下りてくる3年生の先輩たちも不思議そうな顔をしてたもんなあ。何で買い物? みたいな。
 それはそうとして、昨日の夜にシノに降りかかった出来事は、聞いているだけで自分も痒くなってしまう。掻いた痕は赤くなっていて痛そうだ。どれだけ強く掻き毟ったんだと。先生が言うように、蚊を落とす物だけじゃなくて痒み止めも買った方がいい。それでなくてもコムギハイツは山の中にあるのだから、蚊以外の虫に刺されないとも限らない。

「蚊のことなんか完全に考えてなかったし、部屋に対策がひとっつもなくて昨日マジで痒くて死ぬかと思って。ガチで蚊落とせるヤツってどれかな」
「一言で蚊除けと言っても、空間に近付けないようにするヤツとか、入ってきたヤツを落とすヤツとかいろいろあるぞ。あと、痒み止めも買っといた方がいい」
「個人的には光熱費のこともあるから電気使わないヤツがいいんだけど、吊り下げるヤツとかって効果どーなんかな。ササお前家で何かやってる?」
「うちは部屋の隅にスプレーするヤツ。1本で全部の部屋に使えるし」
「部屋がたくさんあるならそーゆーのがコスパ良さそうか。何か、スプレーって使い終わった後の缶の処理がめんどくさくて」
「なるほど、そういう問題もあるか。じゃあ、使い終わった後は捨てるだけの吊り下げ式とか、置いておくだけでいいヤツとかになるかな」
「だよなー」

 俺は実家勢なので、蚊除けに対して光熱費だとかスプレー缶の後片付けが問題になるという意識が全くなかった。誰かしら……と言うかきっと母さんがやってくれてるんだろうから、今後は自分でも少しずつやっていこうと思うなどした。

「と言うか、いくら眠くてもゼミは一応頑張れよ」
「ゼミとかヒゲさんがどうとかじゃなくて、すべて平等だ」
「授業は全部眠いってことじゃないか」
「つーか、勉強好きだったらゼミに入るのに必要な成績のボーダーに足りないなんてことなくね?」
「まあ、それはそう」
「俺はゼミではバカな正直者として生きていく」

 ゼミの時にシノがした蚊の言い訳は、先生も「掻き毟った痕が本当っぽいし、今後は対策を打って頑張りなさい」と呆れ混じりに許された感がある。先生的にはシノはまだ打てば多少響くという認識なのかもしれない。比較対象は、先生が何を言っても響かない鈍い先輩だ。
 ちなみに高木先輩もゼミやゼミ合宿の講義時間に寝ていて起こされること数知れずらしいんだけど、「夜型だから日中は無理」と開き直っているらしい。これには先生も匙を投げたとか投げてないとか。あの人は良くも悪くも特別扱いだから、誰とも比べられない。

「とりあえず痒み止めはクリームのヤツでぇ。ササ、医薬品の2とか3とかって何が違うん? 強いってこと?」
「副作用とかのリスクによるんじゃなかったかな」
「えー、こわっ。どっちがいいんだろ」
「まあ、薬剤師さんに聞けばいいんだろうけど、今簡単に調べた感じ、夜眠れないほど痒いとかの場合は2類のヤツがいいみたいだ」
「じゃ今回の目的は2類の薬だな!」
「まあそういうことになるか」
「じゃ2類のクリームにしよ」
「液体タイプではないんだな」
「垂れてくるのが微妙」
「なるほど」

 蚊除けに関しては、ベランダには吊り下げ式を、部屋には置き型の物という感じで併用するのが強そうだという結論に至る。昨今では冬になっても生き残りが普通にいたりするので、半年間以上使えるのが良さそうだとカゴに入れる。

「部屋から蚊がいなくなって夜普通に寝れるようになったところでゼミが眠いことには変わりないのはどーしたらいい?」
「どうしようもない。気合いのみ。昼に食べる物を工夫するとか? 炭水化物少なめにするとか」
「えっ、死ぬ」
「高木先輩がああでも何となく許されてるのはミキサーの腕があるからで、お前もいち早くあの域まで成長するか、そうじゃなければ勉強を頑張り始めるしかないぞ」
「ミキサーを頑張る方がいいに決まってんじゃねーか」


end.


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ヒゲさんはTKGに好き勝手させているけど、他の学生に対してはちゃんとまあまあ厳しい。
豊葦は毎年1回は雪が降るっぽいけど、11月とかでも普通に暑い日は暑かったりする。

(phase3)

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