2025
■答え合わせは終わらない
++++
パソコンの前に座るヒロ先輩の後ろで、腕を組んで険しい顔をしているのは野坂先輩です。私はかつてこれほどまでに厳しい表情をした野坂先輩を見たことがありません。大学祭頃の希くんの件であったり、先日までのOBの先輩の件でも、ここまでではありませんでした。
向島大学では、本日、卒業・進級判定が発表されます。普通にやっていればまず引っかかることはないそうですが(野坂先輩談なので“普通”のレベルが高そうではあります)、ごく稀にボーダーに引っかかりそうになる人がいるそうで、ヒロ先輩がそういうタイプの人なのです。
「いやーS君、春風ちゃん、一大イベントだね! まあ、春風ちゃんも真面目だし、さすがに留年はしないだろうけど」
「普通にやっていれば大丈夫……なのですよね?」
「大丈夫大丈夫!」
大学院生の京川さんも見守ってくれています。京川さんは普段、TAとしてゼミ生の学習支援をしてくれているのです。ちなみに京川さん自身はいられるだけ大学に残るつもりだそうで、進級だとか卒業だとかは気にしていない様子です。不思議な方です。
「ボク卒業出来やんかったらノサカのせいやよ」
「意味が分からない。お前の日頃の行いの積み重ねじゃないか。挙げ句俺が使えないとわかると春風とジュンにまで集りやがって」
「結局ノサカその2人のジャマしとったやん!」
「お前が後輩の邪魔をしてたんだろいい加減にしろ」
ヒロ先輩が私とジュンに授業のノートなどを頼み始めると、野坂先輩が自業自得だから助けるなと言ってヒロ先輩を私たちから引き剥がし、助けすぎない程度に講義の要点や課題の解法などを教え、あくまで自らの手で課題を提出するよう鞭を打っていました。
京川さんは遠巻きにその姿を見ながら「よくやるねえ」と言っていたのですが、野坂先輩は「TAの京川さんが何とかするべきでしょう」と怒っていました。そして肝心のヒロ先輩は「ノサカ復習出来てよかったやん」と。私とジュンは、正直巻き込まれなくて良かったと、サークル室に向かう道中で語り合ったりしたものです。
「さ、もうすぐ発表だぞ。卒業出来てたら俺のおかげだし、卒業出来なくても知ったことか。大人しく追試を受けるんだな。絶っ……対に! 助けないけどな!」
「ノサカのおかげなことはないやろ。ねー樹理ちゃん」
「全部がS君のおかげでもないけど、結構貢献してると思うよ」
「ウソやん!」
「ほら見たか」
自分たちの発表もあるのですが、この部屋での現在の関心事はヒロ先輩の卒業がどうなるかなので、みんなでそれを見守ります。時計の針が10時ちょうどを差し、ヒロ先輩が成績開示ボタンをクリックします
「やったー! 卒業やー!」
「ああー……本当だねえ、成績自体は決して良くないし、単位もこれ以上ないほどギリギリだけど、足りはしてるね」
「やったー! ノサカ見たやろ! ボクだってやれば出来るんやよ! ボクの力でぇーす」
「なぜあれで卒業出来るのか意味が分からない」
「何はともあれヒロ先輩、卒業判定おめでとうございます」
「とりぃありがとう。ボクのこと卒コンで盛大に送ってくれてええよ」
「はい。奈々先輩と希くんにもそのように伝えておきますね」
飛び跳ねながら喜ぶヒロ先輩とは対照的にどっと疲れた顔をしているのは野坂先輩です。ヒロ先輩のこれまでの行いを見てきたので、なぜ卒業出来るのかが不可思議でならないようです。とりあえず、奈々先輩と希くんにはヒロ先輩の卒業判定をLINEで伝えます。
「春風ちゃんも成績見ちゃえば?」
「そうですね。ええと……学籍番号と、パスワードを、っと。はい」
「まあ、危なげない、普通に優秀な子の成績って感じで」
「何も書いていなければ進級ということでいいのですか?」
「何も書いてなければ進級。ヤバかったらヤバいって書かれるから」
「えっ、とりぃまだ2年生やろ? 何でそんな単位持っとるん意味分からん」
「春風が普通でお前が少な過ぎるんだ」
「何やの」
私の成績はSとAがメインでした。野坂先輩によれば、順調にいけば3年生からは一定の余裕が生まれて一般教養の授業も取れるようになってくるので、興味のある科目は春学期からチェックしてもいいのでは、とのことでした。地学の講義を受けてみたいですね。考古学などを取り扱う授業はあるでしょうか。
「さ! 真打ちS君!」
「俺の成績など何が面白いのか」
「さすが、成績表にSしかない子は言うことが違うねえ」
「さすが野坂先輩です」
「そーゆートコイヤミなんやよノサカは」
野坂先輩は現状GPA4.0、オールSの成績をキープしています。4年後期、最後の成績開示でそれをキープ出来ていれば完璧な成績で大学を卒業し、名実共にS君ということになります。野坂先輩が成績開示のボタンをクリックします。
「うん、まあ、普通にやればこんなモンであって」
「はー、S君やったねえ」
「テスト期間中の安全と心の安寧を守ってくれた神に感謝しなければ」
「この後、ケイトくんにお礼参りされますか? 車なら出しますよ」
「あっ、それじゃあお願いします」
「菜月先輩が撮ってくれていたアルバムを、うっしーが引き継ぎまして。あれからいくらか写真が増えたのでぜひご覧になってください」
「へー、じゃあそれもちょっと見てこうかな」
野坂先輩の成績は安定のオールS。さすがです。それを普通にやった成果だというのには正直引いてしまいますが。
「こんなん不正やんノサカばっかり」
「意味が分からない」
「さ、舞台は整ったね。S君は果たして首席なのか! 答えは卒業式にて。サークルってお見送りとか行くんでしょ? 春風ちゃん、答え合わせしてきてね」
「はい、わかりました。……えっ? 京川さんは、まだ大学にいらっしゃるのですか?」
「来年もいるからよろしくね」
end.
++++
春風は無難にいい成績だし、ヒロはギリギリだしノサカは安定。
樹理ちゃんがいつからいていつまでいるのかは誰も知らない。
(phase3)
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パソコンの前に座るヒロ先輩の後ろで、腕を組んで険しい顔をしているのは野坂先輩です。私はかつてこれほどまでに厳しい表情をした野坂先輩を見たことがありません。大学祭頃の希くんの件であったり、先日までのOBの先輩の件でも、ここまでではありませんでした。
向島大学では、本日、卒業・進級判定が発表されます。普通にやっていればまず引っかかることはないそうですが(野坂先輩談なので“普通”のレベルが高そうではあります)、ごく稀にボーダーに引っかかりそうになる人がいるそうで、ヒロ先輩がそういうタイプの人なのです。
「いやーS君、春風ちゃん、一大イベントだね! まあ、春風ちゃんも真面目だし、さすがに留年はしないだろうけど」
「普通にやっていれば大丈夫……なのですよね?」
「大丈夫大丈夫!」
大学院生の京川さんも見守ってくれています。京川さんは普段、TAとしてゼミ生の学習支援をしてくれているのです。ちなみに京川さん自身はいられるだけ大学に残るつもりだそうで、進級だとか卒業だとかは気にしていない様子です。不思議な方です。
「ボク卒業出来やんかったらノサカのせいやよ」
「意味が分からない。お前の日頃の行いの積み重ねじゃないか。挙げ句俺が使えないとわかると春風とジュンにまで集りやがって」
「結局ノサカその2人のジャマしとったやん!」
「お前が後輩の邪魔をしてたんだろいい加減にしろ」
ヒロ先輩が私とジュンに授業のノートなどを頼み始めると、野坂先輩が自業自得だから助けるなと言ってヒロ先輩を私たちから引き剥がし、助けすぎない程度に講義の要点や課題の解法などを教え、あくまで自らの手で課題を提出するよう鞭を打っていました。
京川さんは遠巻きにその姿を見ながら「よくやるねえ」と言っていたのですが、野坂先輩は「TAの京川さんが何とかするべきでしょう」と怒っていました。そして肝心のヒロ先輩は「ノサカ復習出来てよかったやん」と。私とジュンは、正直巻き込まれなくて良かったと、サークル室に向かう道中で語り合ったりしたものです。
「さ、もうすぐ発表だぞ。卒業出来てたら俺のおかげだし、卒業出来なくても知ったことか。大人しく追試を受けるんだな。絶っ……対に! 助けないけどな!」
「ノサカのおかげなことはないやろ。ねー樹理ちゃん」
「全部がS君のおかげでもないけど、結構貢献してると思うよ」
「ウソやん!」
「ほら見たか」
自分たちの発表もあるのですが、この部屋での現在の関心事はヒロ先輩の卒業がどうなるかなので、みんなでそれを見守ります。時計の針が10時ちょうどを差し、ヒロ先輩が成績開示ボタンをクリックします
「やったー! 卒業やー!」
「ああー……本当だねえ、成績自体は決して良くないし、単位もこれ以上ないほどギリギリだけど、足りはしてるね」
「やったー! ノサカ見たやろ! ボクだってやれば出来るんやよ! ボクの力でぇーす」
「なぜあれで卒業出来るのか意味が分からない」
「何はともあれヒロ先輩、卒業判定おめでとうございます」
「とりぃありがとう。ボクのこと卒コンで盛大に送ってくれてええよ」
「はい。奈々先輩と希くんにもそのように伝えておきますね」
飛び跳ねながら喜ぶヒロ先輩とは対照的にどっと疲れた顔をしているのは野坂先輩です。ヒロ先輩のこれまでの行いを見てきたので、なぜ卒業出来るのかが不可思議でならないようです。とりあえず、奈々先輩と希くんにはヒロ先輩の卒業判定をLINEで伝えます。
「春風ちゃんも成績見ちゃえば?」
「そうですね。ええと……学籍番号と、パスワードを、っと。はい」
「まあ、危なげない、普通に優秀な子の成績って感じで」
「何も書いていなければ進級ということでいいのですか?」
「何も書いてなければ進級。ヤバかったらヤバいって書かれるから」
「えっ、とりぃまだ2年生やろ? 何でそんな単位持っとるん意味分からん」
「春風が普通でお前が少な過ぎるんだ」
「何やの」
私の成績はSとAがメインでした。野坂先輩によれば、順調にいけば3年生からは一定の余裕が生まれて一般教養の授業も取れるようになってくるので、興味のある科目は春学期からチェックしてもいいのでは、とのことでした。地学の講義を受けてみたいですね。考古学などを取り扱う授業はあるでしょうか。
「さ! 真打ちS君!」
「俺の成績など何が面白いのか」
「さすが、成績表にSしかない子は言うことが違うねえ」
「さすが野坂先輩です」
「そーゆートコイヤミなんやよノサカは」
野坂先輩は現状GPA4.0、オールSの成績をキープしています。4年後期、最後の成績開示でそれをキープ出来ていれば完璧な成績で大学を卒業し、名実共にS君ということになります。野坂先輩が成績開示のボタンをクリックします。
「うん、まあ、普通にやればこんなモンであって」
「はー、S君やったねえ」
「テスト期間中の安全と心の安寧を守ってくれた神に感謝しなければ」
「この後、ケイトくんにお礼参りされますか? 車なら出しますよ」
「あっ、それじゃあお願いします」
「菜月先輩が撮ってくれていたアルバムを、うっしーが引き継ぎまして。あれからいくらか写真が増えたのでぜひご覧になってください」
「へー、じゃあそれもちょっと見てこうかな」
野坂先輩の成績は安定のオールS。さすがです。それを普通にやった成果だというのには正直引いてしまいますが。
「こんなん不正やんノサカばっかり」
「意味が分からない」
「さ、舞台は整ったね。S君は果たして首席なのか! 答えは卒業式にて。サークルってお見送りとか行くんでしょ? 春風ちゃん、答え合わせしてきてね」
「はい、わかりました。……えっ? 京川さんは、まだ大学にいらっしゃるのですか?」
「来年もいるからよろしくね」
end.
++++
春風は無難にいい成績だし、ヒロはギリギリだしノサカは安定。
樹理ちゃんがいつからいていつまでいるのかは誰も知らない。
(phase3)
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