2025
■痛みの経験
++++
「ふー、会議ってどうしてこんなに頭使うんだろ」
「会議だからだろうな。でも俺は会議って結構好きだな」
「えー、うちは会議が終わってからわーっと走り回る方が好きかな」
「でも伊東さんて企画立案が出来ないワケではないよね」
「どちらかと言えばっていう、比較でね?」
1時間程度の会議が終わって、会議室から出る。伊東さんは会議でややお疲れなのか、大きく伸びをしながら歩いている。俺はと言えば、会議で何をどうするこうすると話し合うのが好きなので、今回の会議にしてもとても楽しく参加させてもらっていた。伊丹さんに会議楽しいですよねと言うと「そう?」と返答があるので、少数派の可能性があるかもしれない。
多少換気しているとは言え空気の循環がやや少ない会議室よりは、廊下や通路の方が空気が新鮮だなと感じる。ずっと同じ部屋に籠もっているよりも、適宜休憩を挟んだ方がリフレッシュになるのだなという至極当たり前のことにようやく気付いたりもした。会議を終えた後、新幹線を下りて駅から出た後、飲んだ後に店から出た後の空気が特に美味いと思う。この暫定ラインナップは後に変動するかもしれないが。
「お茶でも飲みますかあ」
「そうだな」
「下りよ下りよ」
自分たちのデスクに戻ろうと、歩みを進める。軽快に階段を下りていたつもりだった。右足が段を捉えきれず、踏み外してからは一瞬だった。
「カオちゃん!」
「――……っ、ってぇー…!」
「大丈夫!?」
「ぐねった」
「多分それ歩けないヤツだから、一旦デスクまでは行こう。カオちゃんうちに捕まって」
「すいません、お借りします」
伊東さんの肩を借りながら、やっとやっと歩く。ぐねった方の右足首が、これまでに経験したことのない痛みに襲われている。オフィスの中ではそうそう無い出で立ちだからか、視線が集中しているのがわかる。
「カオちゃんクツ脱ぐよ」
「はい」
「あー、すごい腫れてる。本来なら今すぐにでも病院に行った方がいいんだけど。良くて重度の捻挫っぽそう」
「良くて重度!?」
「うちの経験に基づく勘だけど」
「ああそっか、バスケってこんなのが当たり前にあるのか」
「伊丹さーん! 朝霞クン階段から落ちて足ケガしましたー。どーします? 病院とか」
「うわっ、大分酷そうだね。行って行って。伊東さん、付き添ってあげてくれる?」
「わかりましたー。じゃ、善は急げですし行きましょう」
「はい」
「せーのっ」
「いってえ!」
「病院着くまでは我慢して! 行って来まーす」
「あっ、出来れば診断書貰って来てねー」
「はーい」
痛み止め出してもらおうねーと言いながら、伊東さんは俺のケツを叩くように起立を促した。恐らくは彼女の経験で、こんなところでうだうだ言ってる暇があるならとっとと病院に行けということなのだろう。と言うか、診断書をもらって来いというのはこんなしょーもないケガが労災扱いになってしまうのだろうか。
「うちのかかりつけの病院でいい?」
「お任せします。俺整形外科とかこっち来てから1回しか行ったことないし」
「じゃそうさせてもらうね」
基本的に文化系で激しく体を動かすことがあまりないから、運動中のケガなどには縁遠い。一度ケガで病院にかかったのは大学時代、部活の現役時代に壁を殴った時のことだ。あの時は結構酷い打撲で、当たり所が悪ければ折れてたよと先生に言われたことを思い出す。実際しばらくの間は手が痛んだし、それがよく使う左手だったから生活に支障が出た。
伊東さんの運転でやって来たのは、星港市内にある高崎整形外科クリニックという外観からして綺麗な病院だ。うちからもまあまあ近いので、今後通うことになっても行きやすそうで助かる。中に入ると、受付の人が彼女の顔を見て今日はどうしますかと訊ねて来る。本当に行きつけと言うか、かかりつけ医であることがわかる。
彼女が今日用事があるのは自分ではなく俺であることとその経緯を受付の人に話し、その間に俺はマイナンバーカードを機械に通して受付をする。俺の他にも何人か人がいるので少し待つことになりそうだ。1人だったら本を読むところだけど、今日は伊東さんがいるので話しながら待つのだろう。
「多分レントゲン撮ることにもなるだろうし、カオちゃん持ち合わせ大丈夫? カードも使えるけど」
「あっ、カード使えるんだ。じゃカードで行こう」
カーテンの奥から体操服を着た学生と思しき患者が出て来て、後ろを振り向きながらありがとうございまーすとお礼を言っている。そしてそこから顔を覗かせた白衣の先生の顔がどっかで見た顔に似ている。
「あっ、宮ちゃん。どうしたの? 電気?」
「悠佳先生こんにちは。今日はうちじゃなくって会社の同期の子ですね。うちは付き添いです」
「そう。もうちょっと待っててもらうことにはなるけど」
「大丈夫ですー」
若い先生が奥に引っ込んで行って、先生が普通に伊東さんを昔からの愛称で呼んでいることにもフランク過ぎないかと思ったけど、宮ちゃんってのはリン君とか、高校の同級生が使ってるイメージがある。つまりそれくらいの頃から通ってることがわかる。それよりあの顔だよ。
「伊東さん、先生と友達みたいじゃん」
「高崎クンの一番上のお兄ちゃんだし、何かフランクになっちゃうんだよね」
「ええ!? 高崎の兄貴!?」
「一番上のね」
「って言うか実家!?」
「そーね。高崎クンの実家のクリニック。でもねえ、普通にいい病院なんですよ」
正月に俺の部屋に入り浸ってた奴から実家の話は少し聞いてたけど、聞いてたからこそ偶然実家のクリニックに来てしまったことに変な因果を感じる。自分と祖父さん以外は人が良いって言ってたもんな。兄貴先生も人が良さそうだ。
「朝霞さーん、突き当たりでお待ちくださーい」
「はーい」
「カオちゃん歩ける?」
「厳しいっす」
「付き添います」
end.
++++
慧梨夏は高校の頃から癖になった重い捻挫と格闘し続けている。
そしてちゃんとした要件の場合はちゃんと朝霞クンと呼ぶよ。でも基本はカオちゃん。
(phase3)
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「ふー、会議ってどうしてこんなに頭使うんだろ」
「会議だからだろうな。でも俺は会議って結構好きだな」
「えー、うちは会議が終わってからわーっと走り回る方が好きかな」
「でも伊東さんて企画立案が出来ないワケではないよね」
「どちらかと言えばっていう、比較でね?」
1時間程度の会議が終わって、会議室から出る。伊東さんは会議でややお疲れなのか、大きく伸びをしながら歩いている。俺はと言えば、会議で何をどうするこうすると話し合うのが好きなので、今回の会議にしてもとても楽しく参加させてもらっていた。伊丹さんに会議楽しいですよねと言うと「そう?」と返答があるので、少数派の可能性があるかもしれない。
多少換気しているとは言え空気の循環がやや少ない会議室よりは、廊下や通路の方が空気が新鮮だなと感じる。ずっと同じ部屋に籠もっているよりも、適宜休憩を挟んだ方がリフレッシュになるのだなという至極当たり前のことにようやく気付いたりもした。会議を終えた後、新幹線を下りて駅から出た後、飲んだ後に店から出た後の空気が特に美味いと思う。この暫定ラインナップは後に変動するかもしれないが。
「お茶でも飲みますかあ」
「そうだな」
「下りよ下りよ」
自分たちのデスクに戻ろうと、歩みを進める。軽快に階段を下りていたつもりだった。右足が段を捉えきれず、踏み外してからは一瞬だった。
「カオちゃん!」
「――……っ、ってぇー…!」
「大丈夫!?」
「ぐねった」
「多分それ歩けないヤツだから、一旦デスクまでは行こう。カオちゃんうちに捕まって」
「すいません、お借りします」
伊東さんの肩を借りながら、やっとやっと歩く。ぐねった方の右足首が、これまでに経験したことのない痛みに襲われている。オフィスの中ではそうそう無い出で立ちだからか、視線が集中しているのがわかる。
「カオちゃんクツ脱ぐよ」
「はい」
「あー、すごい腫れてる。本来なら今すぐにでも病院に行った方がいいんだけど。良くて重度の捻挫っぽそう」
「良くて重度!?」
「うちの経験に基づく勘だけど」
「ああそっか、バスケってこんなのが当たり前にあるのか」
「伊丹さーん! 朝霞クン階段から落ちて足ケガしましたー。どーします? 病院とか」
「うわっ、大分酷そうだね。行って行って。伊東さん、付き添ってあげてくれる?」
「わかりましたー。じゃ、善は急げですし行きましょう」
「はい」
「せーのっ」
「いってえ!」
「病院着くまでは我慢して! 行って来まーす」
「あっ、出来れば診断書貰って来てねー」
「はーい」
痛み止め出してもらおうねーと言いながら、伊東さんは俺のケツを叩くように起立を促した。恐らくは彼女の経験で、こんなところでうだうだ言ってる暇があるならとっとと病院に行けということなのだろう。と言うか、診断書をもらって来いというのはこんなしょーもないケガが労災扱いになってしまうのだろうか。
「うちのかかりつけの病院でいい?」
「お任せします。俺整形外科とかこっち来てから1回しか行ったことないし」
「じゃそうさせてもらうね」
基本的に文化系で激しく体を動かすことがあまりないから、運動中のケガなどには縁遠い。一度ケガで病院にかかったのは大学時代、部活の現役時代に壁を殴った時のことだ。あの時は結構酷い打撲で、当たり所が悪ければ折れてたよと先生に言われたことを思い出す。実際しばらくの間は手が痛んだし、それがよく使う左手だったから生活に支障が出た。
伊東さんの運転でやって来たのは、星港市内にある高崎整形外科クリニックという外観からして綺麗な病院だ。うちからもまあまあ近いので、今後通うことになっても行きやすそうで助かる。中に入ると、受付の人が彼女の顔を見て今日はどうしますかと訊ねて来る。本当に行きつけと言うか、かかりつけ医であることがわかる。
彼女が今日用事があるのは自分ではなく俺であることとその経緯を受付の人に話し、その間に俺はマイナンバーカードを機械に通して受付をする。俺の他にも何人か人がいるので少し待つことになりそうだ。1人だったら本を読むところだけど、今日は伊東さんがいるので話しながら待つのだろう。
「多分レントゲン撮ることにもなるだろうし、カオちゃん持ち合わせ大丈夫? カードも使えるけど」
「あっ、カード使えるんだ。じゃカードで行こう」
カーテンの奥から体操服を着た学生と思しき患者が出て来て、後ろを振り向きながらありがとうございまーすとお礼を言っている。そしてそこから顔を覗かせた白衣の先生の顔がどっかで見た顔に似ている。
「あっ、宮ちゃん。どうしたの? 電気?」
「悠佳先生こんにちは。今日はうちじゃなくって会社の同期の子ですね。うちは付き添いです」
「そう。もうちょっと待っててもらうことにはなるけど」
「大丈夫ですー」
若い先生が奥に引っ込んで行って、先生が普通に伊東さんを昔からの愛称で呼んでいることにもフランク過ぎないかと思ったけど、宮ちゃんってのはリン君とか、高校の同級生が使ってるイメージがある。つまりそれくらいの頃から通ってることがわかる。それよりあの顔だよ。
「伊東さん、先生と友達みたいじゃん」
「高崎クンの一番上のお兄ちゃんだし、何かフランクになっちゃうんだよね」
「ええ!? 高崎の兄貴!?」
「一番上のね」
「って言うか実家!?」
「そーね。高崎クンの実家のクリニック。でもねえ、普通にいい病院なんですよ」
正月に俺の部屋に入り浸ってた奴から実家の話は少し聞いてたけど、聞いてたからこそ偶然実家のクリニックに来てしまったことに変な因果を感じる。自分と祖父さん以外は人が良いって言ってたもんな。兄貴先生も人が良さそうだ。
「朝霞さーん、突き当たりでお待ちくださーい」
「はーい」
「カオちゃん歩ける?」
「厳しいっす」
「付き添います」
end.
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慧梨夏は高校の頃から癖になった重い捻挫と格闘し続けている。
そしてちゃんとした要件の場合はちゃんと朝霞クンと呼ぶよ。でも基本はカオちゃん。
(phase3)
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