2025
■残しておきたい日常
++++
「さンむっ」
「会場の中が暑すぎたんだな」
豊葦市の二十歳の集いが行われている会場を、その場で会った向島のうっしーと抜け出す。人が数え切れないほど押し込められていたホールは熱気と話し声で溢れていて、とても籠もっていたんだなと360度から襲う冷気に思う。ただ、この寒さが不快だとは感じなかった。むしろ、清々しささえ覚える。
うっしーとはインターフェイスの活動の中でもガチガチに絡んだことはまだなく、向島にたまに行っているすがやんや、夏合宿で同じ班になった玲那から話に聞いていた程度だ。パッと見た感じでは同い年で生まれ育ちが同じ豊葦市であるというくらいの共通点しかないけど、式典を抜け出すには十分過ぎる話題の種だった。
「そしたら、前走ってくれればついてくわ」
「わかった」
うどんを食べに行こうという話になった。抜け出すなら何か食べに行こうという話になったんだけど、パッと出て来たのがバイト先のはす向かいにあるうどん屋だった。どうせ紹介するならもっといいところがあったかもしれないと思ったところに飛び付いてきたんだ。うっしーはうどんが好物らしい。
「はえー、こんなトコにこんなええ雰囲気の店あったんやなー」
「うっしーは駅周辺で生活が間に合うだろうし、なかなか来ないよな」
「来んなあ」
同じ豊葦市育ちと言えど、豊葦市は広い。豊葦市駅周辺はオフィス街や商業施設もたくさんあって発展しているけど、俺の家の近くはそこまでだし、近くの大学に通う学生もまあまあ住んでいるのでベッドタウン的な役割があるかもしれない。ただ、俺が住んでいるところでも"町"のように見える本当の山にまで豊葦市は広がっている。熊だって出るそうだ。
「うっわメニューヤバッ。どっから選んだらええんや」
「壁にも貼ってあるけど、手元にもあるし、こっちは写真も載ってる」
「いろいろメニューあるけど、こうまで寒かったら鍋焼きが魅力的やな」
「ホントに。俺も久々に鍋焼きうどんにしようかな」
2人で鍋焼きうどんを注文して、しばし待つ。この店はうどん屋としては注文してからの待ち時間がやや長い。少し待つことになるけどとうっしーに断りを入れたら、美味い店のヤツやん待つ待つと期待を膨らませていたようだったので良かった。うどん好きの人が衝撃を受けるかはわからないけど、うどん好きの人にも普通に美味しいとは思うんだ。
「うっしーのカメラって、いつ頃始めた趣味?」
「9月頃かな。ホンマ最近」
「大学生になって新しい趣味を持ち始めるって、何かいいなって思って」
「ササは趣味とかないんか?」
「読書かな。バイト先もそこの本屋だし」
「ホンマに本が好きなんやなあ。継続出来とる趣味があるんもええことやと思うけど」
「ありがとう。ちなみに、写真を始めたきっかけって聞いても?」
「ウチのサークル室に、バリ分厚いアルバムがあるんよ。こないだ卒業した菜月先輩っちゅー人がおった時に撮っとったらしいんやけど、単純に見とったら楽しいやん? そーゆーんを俺も記録しとこ思って、まずはスマホでテキトーに撮るところから始めたんよ」
「でも、こないだ玲那に送って来たすがやんととりぃのマシュマロのヤツとか、くるみがセンスありまくりーって凄く褒めてた」
「そやろ? あれは会心の一枚や!」
あの日は他にもいろいろ撮ったんやけどー、とうっしーはスマホのアルバムを見せてくれる。殿がサツマイモの箱を抱えて運んでいるところや、その芋を3人でアルミホイルに包んでいるところ。外で焚き火の中で芋を焼きながら、発声練習のためにみんなで列を作っているところ。その写真を見ているだけでみんなの声が聞こえてきそうな気がする。
「でもなあ、撮りたいとか、残しときたいって思える日常が贅沢よ」
「それは、残したくないって思う日常にいた人のセリフのように感じるけど」
「ブラック時代のアレな。今日みたいな雪の時とか、電車止まるから会社に泊まっとけ、泊まっとるなら仕事出来るな、当然タイムカードは切っとけみたいな働き方やったやんな」
「うわっ。本当にあるんだな」
「ホンマにあるんよ。この会社ヤベーわと思った時に、給料を大学入試と学費のために貯金しよって決めて、仕事と勉強両立させて、メンタル病みかけて、体ぶっ壊れかけとった時に大学合格やーってなって、人生の春が来た思ったな。あっ、ジュンととりぃ先輩にもゆーとったけど、真面目な奴ほどヤバいと気付いても後戻り出来んくなるからな、ササも気ぃつけえよ」
うっしーのブラック企業在籍時の話は本当に壮絶だなと思ったし、就職活動をする際にはそういった企業を見極めなければならないのだと思うと同時に、そんなことを今のこの時代に平然とやっている企業は早々に淘汰されればいいのにとも思う。記録して、残しておきたいと思える日常が贅沢だという言葉に、次はエッセイ本を読もうかなと思いを馳せる。
「それはそうと、今日は今日で記念やし、何枚かは撮らせてもらうからな」
「えっ、俺を?」
「他に何があるんよ」
「俺、あんまり写真に積極的に写るタイプではないと言うか」
「お前なあ、次たなべ行くんやろ? あの店行ったら問答無用で店のおっちゃんに撮られるんやからここで慣れとけ!」
何やらカチッと音がしたかと思えば、うっしーがインスタントカメラを構えている。スマホとも、コンパクトデジタルカメラとも違う、やや昔のカメラという印象があるそれだ。現像するまで仕上がりがわからない点が少し怖いヤツ。
「撮った?」
「当然。スマホとかデジカメやったらカメラ向けた瞬間被写体に構えられるんよ。近場で自然体を狙うならこれが最速やな、俺調べ」
「えー、どんな風になってるんだろ」
「見るまでわからんのがええんよ。これは写真屋で現像して、返してもらったフィルムを送ったらアプリで画像ファイルとしても見れるんよ」
「へえ、そんな風になってるんだ。俺も今度の薪ストーブの会に持って行ってみようかなあ」
「ええんちゃう? そんなトコやったらフィルムカメラの写真は味出ると思うし」
end.
++++
ササうしのうどん会。まだうどん食べてない。
カメラの話が聞きたいってササが言ってた気がするので写真の話など。
(phase3)
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「さンむっ」
「会場の中が暑すぎたんだな」
豊葦市の二十歳の集いが行われている会場を、その場で会った向島のうっしーと抜け出す。人が数え切れないほど押し込められていたホールは熱気と話し声で溢れていて、とても籠もっていたんだなと360度から襲う冷気に思う。ただ、この寒さが不快だとは感じなかった。むしろ、清々しささえ覚える。
うっしーとはインターフェイスの活動の中でもガチガチに絡んだことはまだなく、向島にたまに行っているすがやんや、夏合宿で同じ班になった玲那から話に聞いていた程度だ。パッと見た感じでは同い年で生まれ育ちが同じ豊葦市であるというくらいの共通点しかないけど、式典を抜け出すには十分過ぎる話題の種だった。
「そしたら、前走ってくれればついてくわ」
「わかった」
うどんを食べに行こうという話になった。抜け出すなら何か食べに行こうという話になったんだけど、パッと出て来たのがバイト先のはす向かいにあるうどん屋だった。どうせ紹介するならもっといいところがあったかもしれないと思ったところに飛び付いてきたんだ。うっしーはうどんが好物らしい。
「はえー、こんなトコにこんなええ雰囲気の店あったんやなー」
「うっしーは駅周辺で生活が間に合うだろうし、なかなか来ないよな」
「来んなあ」
同じ豊葦市育ちと言えど、豊葦市は広い。豊葦市駅周辺はオフィス街や商業施設もたくさんあって発展しているけど、俺の家の近くはそこまでだし、近くの大学に通う学生もまあまあ住んでいるのでベッドタウン的な役割があるかもしれない。ただ、俺が住んでいるところでも"町"のように見える本当の山にまで豊葦市は広がっている。熊だって出るそうだ。
「うっわメニューヤバッ。どっから選んだらええんや」
「壁にも貼ってあるけど、手元にもあるし、こっちは写真も載ってる」
「いろいろメニューあるけど、こうまで寒かったら鍋焼きが魅力的やな」
「ホントに。俺も久々に鍋焼きうどんにしようかな」
2人で鍋焼きうどんを注文して、しばし待つ。この店はうどん屋としては注文してからの待ち時間がやや長い。少し待つことになるけどとうっしーに断りを入れたら、美味い店のヤツやん待つ待つと期待を膨らませていたようだったので良かった。うどん好きの人が衝撃を受けるかはわからないけど、うどん好きの人にも普通に美味しいとは思うんだ。
「うっしーのカメラって、いつ頃始めた趣味?」
「9月頃かな。ホンマ最近」
「大学生になって新しい趣味を持ち始めるって、何かいいなって思って」
「ササは趣味とかないんか?」
「読書かな。バイト先もそこの本屋だし」
「ホンマに本が好きなんやなあ。継続出来とる趣味があるんもええことやと思うけど」
「ありがとう。ちなみに、写真を始めたきっかけって聞いても?」
「ウチのサークル室に、バリ分厚いアルバムがあるんよ。こないだ卒業した菜月先輩っちゅー人がおった時に撮っとったらしいんやけど、単純に見とったら楽しいやん? そーゆーんを俺も記録しとこ思って、まずはスマホでテキトーに撮るところから始めたんよ」
「でも、こないだ玲那に送って来たすがやんととりぃのマシュマロのヤツとか、くるみがセンスありまくりーって凄く褒めてた」
「そやろ? あれは会心の一枚や!」
あの日は他にもいろいろ撮ったんやけどー、とうっしーはスマホのアルバムを見せてくれる。殿がサツマイモの箱を抱えて運んでいるところや、その芋を3人でアルミホイルに包んでいるところ。外で焚き火の中で芋を焼きながら、発声練習のためにみんなで列を作っているところ。その写真を見ているだけでみんなの声が聞こえてきそうな気がする。
「でもなあ、撮りたいとか、残しときたいって思える日常が贅沢よ」
「それは、残したくないって思う日常にいた人のセリフのように感じるけど」
「ブラック時代のアレな。今日みたいな雪の時とか、電車止まるから会社に泊まっとけ、泊まっとるなら仕事出来るな、当然タイムカードは切っとけみたいな働き方やったやんな」
「うわっ。本当にあるんだな」
「ホンマにあるんよ。この会社ヤベーわと思った時に、給料を大学入試と学費のために貯金しよって決めて、仕事と勉強両立させて、メンタル病みかけて、体ぶっ壊れかけとった時に大学合格やーってなって、人生の春が来た思ったな。あっ、ジュンととりぃ先輩にもゆーとったけど、真面目な奴ほどヤバいと気付いても後戻り出来んくなるからな、ササも気ぃつけえよ」
うっしーのブラック企業在籍時の話は本当に壮絶だなと思ったし、就職活動をする際にはそういった企業を見極めなければならないのだと思うと同時に、そんなことを今のこの時代に平然とやっている企業は早々に淘汰されればいいのにとも思う。記録して、残しておきたいと思える日常が贅沢だという言葉に、次はエッセイ本を読もうかなと思いを馳せる。
「それはそうと、今日は今日で記念やし、何枚かは撮らせてもらうからな」
「えっ、俺を?」
「他に何があるんよ」
「俺、あんまり写真に積極的に写るタイプではないと言うか」
「お前なあ、次たなべ行くんやろ? あの店行ったら問答無用で店のおっちゃんに撮られるんやからここで慣れとけ!」
何やらカチッと音がしたかと思えば、うっしーがインスタントカメラを構えている。スマホとも、コンパクトデジタルカメラとも違う、やや昔のカメラという印象があるそれだ。現像するまで仕上がりがわからない点が少し怖いヤツ。
「撮った?」
「当然。スマホとかデジカメやったらカメラ向けた瞬間被写体に構えられるんよ。近場で自然体を狙うならこれが最速やな、俺調べ」
「えー、どんな風になってるんだろ」
「見るまでわからんのがええんよ。これは写真屋で現像して、返してもらったフィルムを送ったらアプリで画像ファイルとしても見れるんよ」
「へえ、そんな風になってるんだ。俺も今度の薪ストーブの会に持って行ってみようかなあ」
「ええんちゃう? そんなトコやったらフィルムカメラの写真は味出ると思うし」
end.
++++
ササうしのうどん会。まだうどん食べてない。
カメラの話が聞きたいってササが言ってた気がするので写真の話など。
(phase3)
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