2025
■走り方は自らの手で決める
++++
「それじゃ、行くぞ」
「お願いしまーす」
何と何と、これから春風のお兄さんである真宙さんと1対1でのお出かけという、すご~く緊張するイベントが始まる。真宙さんは春風のことを物凄~く気にかけるタイプのお兄さんで、春風から言わせれば“過保護”だそうだ。奏多も、春風にどこの馬の骨かわからない変な虫が付かないか見張っておけと言われていたとのこと。正直めちゃくちゃ怖い。
現状俺は春風の彼氏として、恩師らしいうちの母さんの顔パスみたいな物もあって多分少しは認められている……のだとすれば凄くありがたいんだけど、こうして車に乗せてもらえる程度には春風と付き合うことを許されているのかもしれない。真宙さんの車は端から見ればカスタムが少し厳ついけど、整備は当然完璧だ。
「徹平、今日は頼むな」
「はい。会員カードはバッチリです」
今日は何の用事で真宙さんと出かけているのかと言えば、コヌトコに行きたいから一緒に入らせてくれないかと頼まれたんだ。あそこは会員制の店だから、自分が会員になるか、会員の人と一緒に行くかしないと入れない。俺は母さんから家族会員のカードをもらってるから、たまに自分でも買い物に行ったりする。案外平日に余裕を持ちやすい大学生の方が必要な買い物がサッと出来ていい。
真宙さんは、工場のお得意さまで兄貴分のような人からすき焼きの会に誘われているそうだ。その会に誘われたメンツがとにかく量を食べるから、まとめて買い物が出来るなら用意してほしいと頼まれたんだとか。春風から俺がコヌトコに行けると聞いたことがあったとかで現在に至っている。とにかく量を食べる人が集まってるとか、果林先輩が何人もいるみたいな感じなのかな。じゃあコヌトコじゃないと。
「真宙さんの車、カッコいいですよね。しかもマニュアルでスムーズに運転してて、凄いなって思います」
「お前に俺のレベルで車の話を始めると、俺がお前から考古学の話を聞かされてるレベルで意味わかんねえと思うから掻い摘むが、俺は運転するならマニュアルだって昔っから憧れてたんだ」
「この間、春風のサークルの後輩がマニュアルの軽トラに焚き火の道具とか乗せてきてて、あれを見てもカッコいいなーって思いましたもん」
「ああ、軽トラとかに乗るなら確かにマニュアルの選択肢もあるな。お前、免許は何で取ったんだ?」
「マニュアルで取りました」
「おっ、そうなのか」
「母さんに、将来研究者になる可能性を排除してないなら絶対にマニュアルで取れって言われて」
「くみちゃんがそう言ったのか。俺は研究者がマニュアル車に乗れた方がいい理由はわかんねえが、理由は聞いたか?」
「はい」
母さん曰く、の話だ。国内だけで活動をするならオートマ車でも困らないけど、海外での活動が視野にあるならマニュアル車に乗れないと話にならないとのこと。海外では研究の中でレンタカーを借りることもある。その車がマニュアル車であることも少なくないし、その車をきちんと乗ることが出来るかのテストがあって、それに受からないと車を貸してもらえないこともあるそうだ。
車の運転だけじゃなくてタイヤ交換だとか、バッテリー上がりへの対応など、車周りのあらゆるトラブルへの対応を自分できちんと出来ないと、砂漠の真ん中で立ち往生して死ぬことだってあるのだから、と。研究者になる可能性を排除しないのなら、マニュアル車に触れる機会は適度に持ちなさいと言われている。
「――って話です」
「なるほどな。お前、海外で研究するってなった場合に、それは1日2日の話じゃねえだろ」
「そうですね。多分、短くても半年くらいからの話にはなると思います。……あっ、今すぐそういう話があるとかじゃないです!」
「まあ、何だ。行くんであれば、春風のことも含めた覚悟ってのを持ってもらわねえとな、とは思ったところだ」
「はい」
真宙さんがその手の話を出すと、本当の“将来”のことを踏まえて言ってるんだろうなっていう重みが凄い。だからこそ、俺も適当な返事は出来ないと思ったし、将来何になるにしても、しっかりと考えなきゃいけないなと改めて思った。
「俺はお前の将来のことに口出しはしねえが、春風の将来については他の誰より案じてるっつー自負がある。だからこそ、お前にロクでもねえことをされたら困る」
「はい」
「……まあ、仮にお前が研究者だの学者だのになったとして? 多少は安心してマニュアルのレンタカーに乗れるように練習に付き合ったり、タイヤ交換だの何だのののいろはを教えてやらないことはないぞ。お前がそれを望めばの話だけどな」
「えっ! いいんですか!? 教えてほしいです!」
「この車には乗せねえぞ、保険の関係もある」
「それはさすがに恐れ多いです」
「それこそ工場の代車の軽トラに触らせてやるとか、やり方はいろいろあるだろ」
「え~……本当に嬉しいです、ありがとうございます! やったー!」
「俺は簡単に教えるだけだぞ。その後で安全に運転するのはお前だからな」
「はい、もちろんです!」
現状、進路希望としては研究の道に進む道が無くはない。どこでどんな風にそれをやっていくかはまだ全然見えてないけど、持てるスキルは持っておいた方がいい。それが生存率を上げる物であるなら尚更だ。将来のいろいろなことを踏まえつつ、教習を受けるなら真剣に向き合って。
「え、一応聞くけどよ、砂漠の真ん中で立ち往生してサソリに刺されて死ぬとかもあるのか?」
「多分あると思います。学者さんのエッセイでは、ゾウの鼻に吹っ飛ばされたとか、車で事故ってひっくり返って骨折ったとか。だから海外での研究の時は一番いい保険をかけろって書いてました」
「ゾウに吹っ飛ばされるとか、ヤベえな海外」
「今のはアフリカの話なんで、地域が違えばまた違うみたいですよ」
end.
++++
すがやんはゴティ先輩の左ハンドル車のシートに座らせてもらうのもいいんじゃないだろうか
前年度以前のすき焼き回で塩見さんが「自動車整備工がコヌトコで肉を買ってくる」って言ってたけど、会員カードの出所はここだったか
(phase3)
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「それじゃ、行くぞ」
「お願いしまーす」
何と何と、これから春風のお兄さんである真宙さんと1対1でのお出かけという、すご~く緊張するイベントが始まる。真宙さんは春風のことを物凄~く気にかけるタイプのお兄さんで、春風から言わせれば“過保護”だそうだ。奏多も、春風にどこの馬の骨かわからない変な虫が付かないか見張っておけと言われていたとのこと。正直めちゃくちゃ怖い。
現状俺は春風の彼氏として、恩師らしいうちの母さんの顔パスみたいな物もあって多分少しは認められている……のだとすれば凄くありがたいんだけど、こうして車に乗せてもらえる程度には春風と付き合うことを許されているのかもしれない。真宙さんの車は端から見ればカスタムが少し厳ついけど、整備は当然完璧だ。
「徹平、今日は頼むな」
「はい。会員カードはバッチリです」
今日は何の用事で真宙さんと出かけているのかと言えば、コヌトコに行きたいから一緒に入らせてくれないかと頼まれたんだ。あそこは会員制の店だから、自分が会員になるか、会員の人と一緒に行くかしないと入れない。俺は母さんから家族会員のカードをもらってるから、たまに自分でも買い物に行ったりする。案外平日に余裕を持ちやすい大学生の方が必要な買い物がサッと出来ていい。
真宙さんは、工場のお得意さまで兄貴分のような人からすき焼きの会に誘われているそうだ。その会に誘われたメンツがとにかく量を食べるから、まとめて買い物が出来るなら用意してほしいと頼まれたんだとか。春風から俺がコヌトコに行けると聞いたことがあったとかで現在に至っている。とにかく量を食べる人が集まってるとか、果林先輩が何人もいるみたいな感じなのかな。じゃあコヌトコじゃないと。
「真宙さんの車、カッコいいですよね。しかもマニュアルでスムーズに運転してて、凄いなって思います」
「お前に俺のレベルで車の話を始めると、俺がお前から考古学の話を聞かされてるレベルで意味わかんねえと思うから掻い摘むが、俺は運転するならマニュアルだって昔っから憧れてたんだ」
「この間、春風のサークルの後輩がマニュアルの軽トラに焚き火の道具とか乗せてきてて、あれを見てもカッコいいなーって思いましたもん」
「ああ、軽トラとかに乗るなら確かにマニュアルの選択肢もあるな。お前、免許は何で取ったんだ?」
「マニュアルで取りました」
「おっ、そうなのか」
「母さんに、将来研究者になる可能性を排除してないなら絶対にマニュアルで取れって言われて」
「くみちゃんがそう言ったのか。俺は研究者がマニュアル車に乗れた方がいい理由はわかんねえが、理由は聞いたか?」
「はい」
母さん曰く、の話だ。国内だけで活動をするならオートマ車でも困らないけど、海外での活動が視野にあるならマニュアル車に乗れないと話にならないとのこと。海外では研究の中でレンタカーを借りることもある。その車がマニュアル車であることも少なくないし、その車をきちんと乗ることが出来るかのテストがあって、それに受からないと車を貸してもらえないこともあるそうだ。
車の運転だけじゃなくてタイヤ交換だとか、バッテリー上がりへの対応など、車周りのあらゆるトラブルへの対応を自分できちんと出来ないと、砂漠の真ん中で立ち往生して死ぬことだってあるのだから、と。研究者になる可能性を排除しないのなら、マニュアル車に触れる機会は適度に持ちなさいと言われている。
「――って話です」
「なるほどな。お前、海外で研究するってなった場合に、それは1日2日の話じゃねえだろ」
「そうですね。多分、短くても半年くらいからの話にはなると思います。……あっ、今すぐそういう話があるとかじゃないです!」
「まあ、何だ。行くんであれば、春風のことも含めた覚悟ってのを持ってもらわねえとな、とは思ったところだ」
「はい」
真宙さんがその手の話を出すと、本当の“将来”のことを踏まえて言ってるんだろうなっていう重みが凄い。だからこそ、俺も適当な返事は出来ないと思ったし、将来何になるにしても、しっかりと考えなきゃいけないなと改めて思った。
「俺はお前の将来のことに口出しはしねえが、春風の将来については他の誰より案じてるっつー自負がある。だからこそ、お前にロクでもねえことをされたら困る」
「はい」
「……まあ、仮にお前が研究者だの学者だのになったとして? 多少は安心してマニュアルのレンタカーに乗れるように練習に付き合ったり、タイヤ交換だの何だのののいろはを教えてやらないことはないぞ。お前がそれを望めばの話だけどな」
「えっ! いいんですか!? 教えてほしいです!」
「この車には乗せねえぞ、保険の関係もある」
「それはさすがに恐れ多いです」
「それこそ工場の代車の軽トラに触らせてやるとか、やり方はいろいろあるだろ」
「え~……本当に嬉しいです、ありがとうございます! やったー!」
「俺は簡単に教えるだけだぞ。その後で安全に運転するのはお前だからな」
「はい、もちろんです!」
現状、進路希望としては研究の道に進む道が無くはない。どこでどんな風にそれをやっていくかはまだ全然見えてないけど、持てるスキルは持っておいた方がいい。それが生存率を上げる物であるなら尚更だ。将来のいろいろなことを踏まえつつ、教習を受けるなら真剣に向き合って。
「え、一応聞くけどよ、砂漠の真ん中で立ち往生してサソリに刺されて死ぬとかもあるのか?」
「多分あると思います。学者さんのエッセイでは、ゾウの鼻に吹っ飛ばされたとか、車で事故ってひっくり返って骨折ったとか。だから海外での研究の時は一番いい保険をかけろって書いてました」
「ゾウに吹っ飛ばされるとか、ヤベえな海外」
「今のはアフリカの話なんで、地域が違えばまた違うみたいですよ」
end.
++++
すがやんはゴティ先輩の左ハンドル車のシートに座らせてもらうのもいいんじゃないだろうか
前年度以前のすき焼き回で塩見さんが「自動車整備工がコヌトコで肉を買ってくる」って言ってたけど、会員カードの出所はここだったか
(phase3)
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