2025

■先輩と後輩

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 夏合宿の話を聞かせたい人がいる、という名目で呼び出されたのは西海市のバー・プチメゾン。西海と言えば、俺が今住んでいる豊葦の緑ヶ丘大学前からは凄く遠いというくらいしかイメージになかったし、交通費が痛いなという印象が一番だった。
 話の蓋を開けてみると、話を聞かせたい人というのは高崎先輩で、俺を呼んでくれたFMにしうみの福井さんが手配してくれていた送迎というのも高崎先輩のことだった。つーか豊葦の土地勘があるとかそういうレベルじゃない人が迎えに来てくれて、驚き半分ドン引き半分だった。
 そのバーは夏合宿のモニター会に来てくれたベティさんがやってる店で、何つーか、これがバーかときょろきょろしながらどう振る舞えばいいんだとか考える俺を後目にサキが馴染みの店ムーブをキメてるしでこれにもドン引き。サキ曰くここは「ご飯が美味しい近所の店」らしい。
 実際出てきた食べ物飲み物は全部ウマかった。その場で絞ってオリジナルのブレンドで作ってくれるオレンジジュースは甘いだけじゃなくて程良い苦みがあって、それが病み付きになった。メシで言えばポテトパイが大ヒット。何か、頑張れば作れそうな気もした。
 結局夏合宿の話はそこそこに、高崎先輩や福井さんに人生経験っつーか大人の階段の登り方みたいなモンを聞くのとメシを食うのがメインになっていた感はある。合宿の時にも思ったけど、俺には学がないっつーか、一般常識とか教養の面で足りないモンばっかだなーと。

「じゃ、俺らはそろそろ行くわ」
「皆さんホントにあざっした」
「また今度……」

 来たときと同じように高崎先輩のビッグスクーターの後ろに乗って、メットをかぶる。高崎先輩のメットにはマイクがついていて、これで会話がスムーズに出来る。行きの時に聞いたけど、これはカズ先輩が便利だよって勧めてくれた物だそうだ。

「高崎先輩、店で飲み食いした分めちゃ出してもらっちゃってすみません」
「気にすんな。上から受けた分は下に返せって言うからな。よっぽど気になるならお前も下の連中の世話でもしてやるんだな」
「なるほど、俺もデカい男になるっす! あざっす!」

 店にいる間、結構飲み食いしたし、出てきた料理のサイズもデカかった。高崎先輩に言われるままに注文して、その時は全然気にしてなかったけど、よくよく考えたらどのメニューにも値段が設定されてるのか! って。でも高崎先輩は俺から2000円しか取らなかったんだよなあ。絶対そんなモンじゃないくらい食ってるのに。オレンジジュースが750円だぜ?(でもあれはちゃんと750円分ウマかった)

「あれっ。つーコトは、高崎先輩も後輩の頃は先輩にメシ奢ってもらったりしてたんすか?」
「まあな。1、2年の頃はちょこちょこあった。向島の先輩から急に呼び出されて飲むことになったりな」
「えー! 他校の先輩とそんな仲良かったんすか!」
「当時の向島には変な人がいたんだ。その人とはスキー場の時に同じ班だったんだが、以来、良く言えば目を掛けてもらってたんだろうが、どうも悪乗りが過ぎると言うか、雑に扱ってもいいポジションにされてた気がする」
「へー……。スキー場に行ってた時の話とかも、福井さんからも聞きたかったっすねー」
「お前は本当にその手の話が好きだな」
「だってめっちゃ気になるじゃないすか! 一定の技術がないと選考対象にすらならない行事とか!」

 FMにしうみや、そこで計画されてる学生番組の話も聞いて思ったのは、上手くなりたいってことだ。これはいつだって思ってるけど、より強く思った。家の距離とかの問題もあってその番組に参加するのは難しいだろうけど、そういった場で実際にミキサーとして音を扱うことには興味がある。

「さっきの大樹の話にもあったが、お前は今のMBCCじゃ練習量は多い方なんだろ」
「とは言われてるっすね」
「そういう奴は嫌いじゃねえ」
「あざっす。でも、こう、いつか俺がやりたいっつーか、目標にしてることには全然届いてないんで、まだまだっす」
「その目標、聞いてもいいか」
「全然大丈夫っす。俺が大体「上手くなりてー…!」って悔しさ混じりに衝撃を受けるのって、高木先輩が俺の想像を飛び越えることをポンとしてきた時なんすよ。なんで、高木先輩が大学にいる間に、逆に俺が先輩をビビらすくらい画期的でカッケー音を出したいんす」

 MBCCのサークル室で先輩の練習に鉢合わせた時、夏合宿の番組もそうだ。ササから見せられたこないだのオープンキャンパスでやってた果林先輩との番組もヤバかったけど、一番強く印象に残ってんのは、佐藤ゼミのブースで見た高崎先輩との番組だ。パソコンやサンプラーを使わずに、最低限の機材でとんでもない構成と音だったなと思って。

「アイツのセンスは天性のモンだ。それでいて暇な時には機材を触ってるような奴だから、並大抵のキューシートじゃアイツをぎゃふんと言わせるのは厳しいだろうな」
「実際ゼミでやったオープンキャンパスの2年番組はボロクソに言われましたね」
「どうボロクソに言われたんだ」
「変わった構成にしたつもりだろうけど同じことの繰り返しで、15分を過ぎた頃には手が慣れた。普段ラジオをやってない人らに対する気遣いも出来てないし、これを派手な構成とするなら全然甘い。って言われたっす。その日俺インフルで休んじまって、代打で入ってもらったんすけど」

 一瞬、高崎先輩がフッと笑ったような気がした。顔は見えないけど、会話が出来るメットをかぶっているからこそ聞こえた微かな声だ。

「まあ、何だ。来年の今頃にはお前にも自分に向かってくる後輩がいりゃいいな」
「どーなんすかね? 今の1年は掴み所のない奴らが多いっす」
「お前も言うようになったじゃねえか。伊東と野坂を同期だと思って先輩風吹かせてた奴には見えねえな」
「あーもーそれは言わないでくださいよー! マジで俺の汚点なんっすから!」
「あん時よりは落ち着いたなって思っただけだ」
「マジで恥ずかしいっすホントあの時の俺がバカ過ぎて!」
「さっき久々にムギツー行って、無性に餃子が食いたくなったんだよな。Lは今も餃子焼いてっか?」
「たま~に呼んでくれるっすね」
「美味いよな」
「ウマいっす。メシが進むっす」
「食いてえなあ、餃子」


end.


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ベティさんのご飯を食べさせるためだけにプチメゾンに召集されたシノの帰路の話。
高崎は自分に向かってくる後輩とは結構仲良くしてるけど、先輩との絡みの印象は少ない。フェーズ1の時点で3年だからってのもあるけど。
高崎を急に呼び出してた向島の先輩はどこの何おじちゃんなんやろか

(phase3)

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