2025

■勝ち取れライフワークバランス

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「こっしー、今日が勝負だよ」

 事務所の壁に掛けられたカレンダーを前に、山田さんが鋭い眼光で俺にそう投げかけてくる。弊社、向西倉庫では現在棚卸前の出荷が大爆発中。盆明けくらいからうっすらと残業の日が出てきたけど、今週は21時頃まで残るのが普通の状況になっていた。
 さて、今日は29日の金曜日だ。棚卸はお上とその関係会社が全部一気にやることになっている。厳密な日程は30日、31日の2日間で棚卸作業を、そして9月1日は監査が入るので全社の出荷や荷受がストップする。つか棚卸を当たり前のように日曜に組み込んでるのがおかしいだろ。

「今日が勝負っすか?」
「今日の出荷をいかに早く終わらせて棚卸を始められるかで、日曜に全日出て来なきゃいけないのか、半日でいいのか、はたまた休みに出来るのかが変わってくるからね」
「めっちゃ重要じゃないすか!」

 繁忙期の関係会社倉庫に2連休があると思うなというのがお上界隈の常識らしいので、無理矢理にでも連休を作ることが出来るチャンスがあれば狙っていくぞ、ということらしい。うーん、2連休のありがたみか。出荷量とかは盆前からちょこちょこ調整とか出来なかったのかね。

「おはようございまーす」
「おはようウッチー」
「おーす内山。何か今日が勝負らしいぞ」
「えっ、そうなんですか?」

 そんなことを話している間にもプリンターからは出荷伝票がウィンガシャウィンガシャと吐き出されていて、束がみるみる分厚くなっていく。午前の分は広辞苑くらいの厚さで止まってくれればいいが。

「かくしかかくうまな感じで2連休に出来るか出来ないかの瀬戸際らしい」
「連休……欲しいですねー」
「だろ?」
「単純にこの暑い中で働くのがしんどいですもんね」

 繁忙期で出荷が爆発したとなれば、さすがの俺たちも事務所で涼んでばかりはいられなくなった。基本40度超えの2階で行われる出荷作業に駆り出され、WMSの端末を手に台車を引っ張り、倉庫内を歩いて必要な製品を必要な数だけピッキングする。
 パートさんもいるし人材派遣の人もいるから日中はそれなりに何とかなっているようには見えるけど、定時を過ぎれば一気に人がいなくなる。逆に勝手知ったる社員が作業をするのでミスは減るけど、人が少ない分単純に遅くなるという問題もある。
 そのくらいの時間になると若手がピッキングに回れという空気になるので、俺や内山がひたすら倉庫内を歩くことになる。大石は新倉庫にいることも多いし、長岡は在庫補充や梱包が終わって出荷できるようになったパレットを下ろしたりと元々ある自分の仕事をしている。

「いや、でも今年は出荷量が増えてるのにちょっと速いよ」
「あっ、そうなんですね」
「人材を多く雇ったとかですか?」
「違う違う。これ、あくまでアタシの見解なんだけど、長岡ちゃんの働きが大きいよ」
「長岡のっすか?」
「長岡ちゃん仕事マメでしょ? 出荷終わってからきっちり在庫補充して、ケースもしーっかり作るし要らない空き箱も切って片付けてから帰ってる。それをやってあるのが大きいと見た」
「確かに長岡くんは最後まで片付けの作業やってますよね」
「それをやってあると何がいいんすか?」
「パートさんを時間フルに使えるのが大きいんだよ。片付けとか箱作りにベテランさんの速い手を使うのはもったいないっしょ。だからと言って人材さんにやってもらえばいいかって言えば、またちょっと事情が違う。あと、長岡ちゃんがやってくれてるから他の社員も自分の仕事に回れるし、全員がスムーズに仕事が出来てる。これが今年良くなってる点だよね」

 パートさんの契約形態は9時から15時、16時、17時半(定時まで)の3パターンあるけど、その限られた時間の中で人をどう使うかという効率の点において長岡のマメさがいい風に働いているのでは、とのことだった。確かにここぞという時のパートさんの仕事の勢いはヤバいもんな。

「越野ー、B棟2階の横持ちのシールってもう出てるー?」
「出てるけど、分けてないぞ」
「あっ、大まかにでいいんで分けてもらえると助かる」
「じゃあ、大体で分けるぞ」
「おねがーい」
「大石さんおはようございます」
「内山さんおはよう」
「すぐに横持ちに行っちゃうような感じですか? まだ全然早いですけど。男の人たち7時半から来て荷下ろししてますし、ちょっと休んだ方がいいですよ」
「ありがとう。でも、ちょっとでも進めておいた方が、パートさんが来てすぐ仕事に取りかかってもらえるでしょ。いかに早くパートさんにA棟に行ってもらえるかが勝負なんだよ。この時期は1分1秒、出荷表の1行1ページが大事になってくるから」

 始業時間前にも関わらず仕事を進めておきたいという大石の話にさっきの山田さんの話が重なる。この時期は人材どうこうじゃなくて、パートさんをいかに最大効率で使えるかってのが一番大事なんだろう。そんなことを考えながら横持ち用のシールをミシン目で切り分ける。

「大石、こんなモンでいいか」
「あっ、ありがとう。山田さん、今日って朝礼で大事な話ありそうですかね?」
「今日の出荷を頑張れば夕方から棚卸に入れるとかその程度じゃないかな? ちーちゃんが改めて聞かなきゃいけないような話はなさそう」
「じゃ朝礼はパスするのでよろしくお願いします。じゃ、行ってきまーす」

 結局大石は始業30分前にも関わらず現場へ行ってしまった。朝礼をパスするのも、事務所から一番遠いB棟2階から戻ってきて、また行く時間が単純にもったいないからだろう。

「山田さん、アタシ朝から現場で仕事してきて大丈夫そうですか?」
「えっ、ウッチー頑張るねえ。大丈夫だけど、行く気?」
「1日頑張ってお休みが増えるならその方がいいじゃないですか」
「それはそうだけど」
「圭佑君、俺も行って大丈夫そうっすか」
「うん、大丈夫。何かあれば呼ぶし」
「気付いちまったんすけど、今まで山田さんと圭佑君の2人で事務を回してたんなら、俺と内山は現場にいてもこっちは大体どうにかなるんすよね」

 すべては繁忙期に2連休を得るためだ。体力には自信がある。どんと来い出荷爆発、棚卸!


end.


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繁忙期に2連休があると思うな、とはなかなか酷い。いや、1休があるだけいいのか
監査が入って必ず休みのタイミングで塩見さんは自動車を工場に持って行っているのである

(phase3)

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